第56話 何事も工夫次第


「できた!」


 直径10センチメートルほどの日金花ニルカの花冠を作り上げた私は、きびすを返してキャロル先輩の下へと戻る。


「すみません、もう一度失礼します」

「?」


 後ろで一つにまとめていたキャロル先輩の髪を一度ほどき、先ほど作った日金花ニルカの花冠を紫のリボンで無理矢理編み込み、ピンで留める。


 ・日金花ニルカの髪飾り 聖属性+3


 よし! 

 即席の手作りだけれどなんとかなった。

 動いたりしたら落ちてしまうような脆い出来だけれどもひとまずキャロル先輩の髪に留まっている。


「あれ…」


 怪訝な顔をするキャロル先輩とミラージュ様。


(少しは効果があったかしら)


 数値にしてたった3、でもそれでも上昇は上昇だ。

 このパラメーターの上昇がどれだけ能力に影響するかは分からないけれど多少なりとも効果はあったはず。

 …ただそれが、この毒を消し去るほどになるかどうかという話だ。


「どうですか?」

「…不思議、さっきより魔力が上がった気がする…ロゼッタちゃん何をしたの?」

日金花ニルカの力を借りたんです」


 怪訝な顔をする二人の様子をまじまじと観察する。

 さっきよりは顔色が良くなったような気がするけれどもまだ足りない。

 でも路線としては悪くない。こうしてジリ貧の展開を続けるよりは断然いい。

 自由に動ける私が何か打開策を見つけられたら一気楽になるはずだ。


 何か、ほかに何かないか…。

 私は辺りを見回した。

 絵画、何かの胸像、シャンデリア、カーテン、花瓶。特に魔力を帯びるようなものはない。


 そもそも競馬場内では魔法が使えない訳だし、ここは貸出されている厩舎だ。高価な魔道具の備えはないし、あっても効力が低い。魔法の力を上げるなんていう便利なアイテムが都合よく転がっているはずもないのだ。


 失礼にならない程度に家探しをさせてもらおうかと腰を浮かせたとき、思いの外近い場所から魔法の気配を感じた。


 キラキラと輝くコイン型のブローチ。


「これ!」


 私はミラージュ様の胸に飾られていた騎士団のブローチに掴みかかった。


「わっ、何?」


 咄嗟のところでミラージュ様に手を握り込まれてしまった。

 騎士の本気の動き速い! 見事に防がれてしまった。

 じゃ、なくて断りもなく突然掴みかかったのはすみませんでした。


「すみません! あの、これ! このブローチ見せてもらってもいいですか?」


 私の勢いに圧されたのか、ミラージュ様はいいよ、と手を解放してくれた。

 剣と馬のレリーフの騎士団の紋章が描かれたブローチ。


 ・聖騎士のブローチ 聖属性+20

           全ステータス+2


 なんだこれ!!!!!

 ガチレア装備!! あった! 地獄に仏!!!


「これ一瞬貸してくださいませ!! すぐにお返ししますので!」


 返事を聞く前に私はミラージュ様の胸からこのブローチをむしり取り、キャロル先輩の胸に付ける。


 聖属性の効果、さっきの3+20=23! 

 あとなんかもう計算できないけど全ステータス+2!! これでどうだ!


「ロゼッタちゃ…きゃっ!?」


 ブローチを付けた途端、キャロル先輩の手元が白く輝き、つむじ風に巻き上げられたかのようにキラキラとした光が瞬いて吹き上がり、花火の様に落ちて消えた。

 紫色に変色していたミラージュ様の腕も血の気が戻り、元通りの様子。


 よっし!!! やった!!

 私は小さくガッツポーズをする。


「あ、れ? 毒が消えた?」


 目を丸くして自分の手の平を見つめるキャロル先輩。


「良かった」


 大きく息を吐く。

 私でも役に立てた。


「どうやら完治した、ようだ」


 信じられない、といった表情のミラージュ様が右手を閉じたり開いたりして感覚を試している。

 安心したのか、ふらりと力が抜けたキャロル先輩の背を私はあわてて支える。


「ごめん、ちょっとめまいが…」

「大丈夫です! ゆっくり休んでください!」


 くたりと私に体を預けたキャロル先輩の顔が怖いくらいに白い。貧血だ。まさに生も根も尽き果てた様子に感動すら覚える。


 キャロル先輩はめちゃめちゃ頑張ったよ!!

 なんかもう私は感動して目が潤んできた。


「…っ」

 

 キャロル先輩に肩を回して持ち上げる。

 せめて、こんな地べたではなくてゆっくりと休めるところに連れていって上げたい。


 …と思ったけれどぐったりした人間はとても重かった。

 ええと、キャロル先輩が重いわけじゃなくて、私が非力なせいです。

 人間一人の重さにちょっとだけ挫けそうになった。


「代わろう」

「あっ」


 突然重さが無くなった。顔を上げるとミラージュ様がキャロル先輩を抱き上げてスタスタと隣の応接室へ運んでくれた。さすが現役の騎士さま。


「ミラージュ様」

「大丈夫、私にもこれくらいの余力はある」

「それなら良かっ…」


 たと思ったけれど、ミラージュ様の服は血だらけだった。


「しまった」

「…大丈夫です、けっこう乾いていたみたいです」


 応接室のソファに寝かされたキャロル先輩の服を確認したけれど、パッと見た感じ大丈夫だった。着替えもないので血痕は困る。…本当に困る。


「あっ、そうだ。これお返しします」


 私はキャロル先輩の服から騎士団のブローチを外してミラージュ様へと差し出した。

 今回はこのブローチに助けられた。

 きっと魔物討伐に向かう騎士の皆さんのため魔物が苦手とする聖属性が付与されているんだろう。お守りみたいな感じ?

 ずっと目の前にあったのに気づかなかったのは迂闊だったけれど。


「…ふむ」


 ミラージュ様がまじまじとブローチを見つめている。

 もしかしてこのブローチに能力を底上げする効果があるのを知らなかったのかな。ミラージュ様も聖属性の才能を持っているので、能力は底上げされていたと思うけれど。

(実はパラメーターなんかもちょっと覗いたりした。さすが英雄!って感じだった)


 魔法効果を数値で計測する機器があれば問題なくその理由が分かると思うのだろうけれど、何で分かったのかと聞かれるとちょっと困るな。答えられないからな…。


「君は良い目を持っているね」


 笑顔でそう言って、ミラージュ様は着替えてくると部屋を出て行った。


 よかった、追求はされなかった。


「ふう…」


 ソファに寄りかかって足を伸ばす。応接室には絨毯が敷いてあるのでエントランスの床よりだいぶいい。


 正直、ずっと緊張していたので私も疲れた。

 ひとまず何とかなったものの情報の処理が全然追いついていない。あと情緒の方面も。

 ちょっと一人で脳内を整理したい。


 たぶんミラージュ様はしばらく戻ってこないと思う。騎士だし、勘が良さそうだし、休んでいる女性がいるのだから空気を読んでくれるはず。


 目を閉じると部屋のどこからか時計の針の進む音が聞こえる。

 


 情報を隠す側と隠される側。

 ここが分岐点な気がする。


 キャロル先輩はその非凡な才能により否応が無く隠す側になるだろう。

 

 …私もお兄様もどちらかといえば隠される側。

 でも、この先お兄様がキャロル先輩の隣に立つ日が来るのだとしたら、私たちもそちら側にいかなくてはならない。


 必要なのは、決意と心構え。


 大きく深呼吸する。

 キャロル先輩を一人だけでそっち側になんていかせません。

 もちろん私も、お兄様も。






 ****




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