第55話 ひらめき
私のレモネードで二人の気力は復活したようだけれど、状況が良くなったわけではない。
ミラージュ様はあいかわらずぐったりしているし、キャロル先輩の魔力は相変わらず制限されている。
そもそもの環境が悪い。
本当はもう少し森の中心から遠ざかった方がいいのだろうけれど、今日はレース当日だ。観戦客のほか、普通にイベントを楽しみにいた家族連れ等も多い。
国を守る英雄が競馬場でレース当日に大怪我! なんてニュースが世間に飛び出してはならないのだ。
方々に出払っているという使用人の方々も、目立たず内密に、なおかつ信用できる人間を選んで事に当たらなければならないのは大変なのだと思う。現に未だに一人も戻ってこないし、さきほどディーノさんが何通もの声の鳥を飛ばしていたのも頷ける。
…でも、少しだけ腑に落ちないことがある。
いくら能力が制限されているからとはいえ回復魔法のスペシャリストである先輩がこれほどまでに手こずることに違和感を覚えた。
まだ成長途中とはいえキャロル先輩は歴史に名を残すレベルの回復魔法の使い手で、来年には世界すら救えるほどの人になるのに。
よくよくキャロル先輩の手元を見れば、ミラージュ様の紫色に変色した腕。
「…もしかして、毒…?」
「そう毒。傷はなんとか塞がったのだが、毒に手こずっている」
私の独り言のようなつぶやきに返事をしてくれたのはミラージュ様だった。
魔物討伐で負った傷と毒。
回復魔法で一時的に塞いでいた傷と毒が魔法が切れたことで一気に進行した。
「バジリスクだよ」
「…バジリ…」
え、
バジリスク。
蛇の王とも呼ばれ、猛毒を持つ私でも名前を知っている有名な魔物。
ゲーム画面で見た画像や、この世界の書物で見た挿絵、いろいろな情報が脳内を駆け巡る。
この世界ではたしか何メートルもある大蛇だ。
予想を超えた大物の登場に思考が一時フリーズする。
「今回の討伐対象だったんだ」
そう言ってミラージュ様が大きく息を吐いた。
今までぼんやりとしていた魔物のイメージが一気に可視化する。
この国の騎士団は、いやこの人はそんなとんでもない魔物をついさっきまで戦っていたの?
ぞくりと背筋が震える。
さっき一度止まった手の震えが再びぶり返しそうになってきつく拳を作る。
「もっと余裕を持って仕留める予定だったのだけれど、思いの外時間がかかってしまったんだ」
「た、倒したんですか?」
「それはもちろん、安心していいよ」
私を安心させるようにミラージュ様は笑ってくれたが、私の顔は強ばっていた。
だってバジリスクといえばおとぎ話に登場するような伝説級の魔物だし、そんな魔物が今も普通に世界で跋扈しているとか思ってもみなかった。
いや、情報としては知っていたかもしれないけれど全然身近なものではなかった。
それを倒した。
倒したと聞いて物凄く尊敬するとともに同じくらい動揺してしまう。
私たちを魔物から守ってくれる精霊樹。
王都と学園をはじめ、各地に点在する精霊樹や精霊の若木の加護の範囲から遠く離れた場所では、今も魔物に悩まされながら暮らしている人がいる。
魔物による被害、組織される討伐隊、および遠征。
どれもこの世界では当たり前のように行われている日常だ。
「毒の威力が強くて…」
そう言ってキャロル先輩は汗をぬぐう。
そんな伝説級の魔物と力比べをしているなら当然だ。
今は回復魔法と毒が拮抗している状態みたいだけれども、キャロル先輩の気力と体力はいつまで持つか分からないじゃないか。
バジリスクの毒も、右腕からそれ以上にまで広がってはいないようだけれども、どうにかなっちゃったら取り返しがつかない。
だって右手だ。
英雄の利き腕が毒でやばいってそんなの予想以上にピンチじゃないか。
どうしよう、どうしたらいい?
もう一度自分でできることを考えてみる。
この状況をひっくり返せる渾身の妙案じゃなくていい、何か些細なものでも何かないか。
・お兄様関連のことに特に詳しい
・ゲーム内の知識
・おおまかな今後の展開
・人のステータスが見える
・物のパタメーターが見える
これくらいか。
我ながら手札が少ない。
この中で何かプラスになる情報は…。
一つひらめいた。
環境側を変えられないのなら、キャロル先輩の力を底上げしたらどうだろうか。
ちらりと先輩のステータスを確認する。
能力アップの装備品は二つまで装備できるのだけれど、今日は何も装備していない。
ゲーム内の知識だけれど、彼女はあと二つ『何かを装備できる』
例えばシルヴィ君が作る能力を底上げする魔道具のようなアイテムがあれば、今よりもっと力が出せると思う。
可能性としては悪くない。
だめもとでもやってみる価値はある。
「ちょっと失礼いたしますね!」
シルヴィ君に聞いた話の中で一つ、思い出したことがあった。
私は二人をエントランスに残し、いきおいよく玄関から表へ出る。
(と、いけない)
イーズデイル家の前の道に、馬を連れている人がいた。
慌てず騒がず、笑顔で優雅に。何事もないように装って歩かなくては。万が一誰かに見られても花の好きな学生が花を観賞しているようなそんな感じで目的の物を探す…、までもなく割とすぐに目の前にあった。
・日金花(ニルカ):花びらの縁がうっすらと黄色い小さな白い花。昼間に日の光をうんと浴びて夜にほんのりと光るため玄関先などに好んで植えられる
私はおもむろに手を伸ばすと日金花を一本摘み取って自らの髪に差した。
・聖属性 +1
(やっぱり!)
ステータスがアップした。
そう、この世界の花には力がある。それはこのゲームの基本設定の一つ。
精霊の木に守られた国アーデルハイドの草花には微力ながらも魔力を擁しているものが多い。
シルヴィ君が魔道具を作る過程で、魔力の方向性を作るのに花をよく利用するということを以前に聞いたことがあったのだ。
花にはそれぞれ魔力的な属性があり、微弱ながらも特別な力を発揮する。いろいろな花を組み合わせて効力のある花束を作り上げる職業もあるくらいだ。
私はぶちぶちと日金花を摘み取っては花冠に編み上げていく。
これを髪飾りにしてキャロル先輩に装備してもらえれば能力の底上げにならないだろうか。
本当は触媒などを使って効果を上げたり、固定の魔法を使って永続的に使えるようにしたりと技術が必要なのだけれど、今回ばっかりは一瞬でも効果が出ればいい。
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