第54話 ロゼッタ奮起する



「そうだ、飲み物とかいかがですか。わたくし準備してきます」

「…うん、そうだね。お願いしてもいいかな」


 ぐちゃぐちゃ悩むのは後。

 ひとまず何でもいいから手を体を動かそう。


「奥のキッチンは自由に使っていいよ」


 今まで黙って私たちの様子を眺めていたミラージュ様が柔らかな声で笑う。

 人を安心させるようなその笑顔は私に勇気とガッツをくれた。


「はい!ありがとうございます」


 二人に好き嫌いを簡単に確認して早速キッチンへと向かう。

 イーズデイル家の使用人が食材をたくさん用意しておいているとのことなので探せば何か出てくるだろう。


 通路を曲がって、扉の無い入り口をくぐると細長い間取りのキッチンがある。


 食材や食器を探しながら何ができるか考える。

 凹んでいる暇があるのなら、できる事を探せ。


 コップがある、お皿もある、お鍋はここ、包丁はここ、まな板はここ。


 ずっとどきどきしている心臓も、震える手も馴染みのあるものを確認することで少しずつ落ち着いてくる。


 そう、震える手で包丁を使ったらアブナイ。

 そんな常識も思い出した。


 大きく深呼吸。


 慌ててビャッとやって失敗しないように。

 指を切ったりして私まで怪我してキャロル先輩のお世話になんてかかったらダメ。

 こういう時こそ落ち着いて、もう一つ深呼吸。


 砂糖、塩、スパイス、調味料もろもろ。

 だいたいなんでも揃っている。



 …さて、目の前には大きな冷蔵庫。

 食材は何があるだろう。


 意を決して扉を開けると上段に大きな氷が設置されてあった。


「え、昭和…?」


 あまりにも意外な仕組みに脳がフリーズした。

 ぽかんと口を開けて鎮座する氷を見上げてしまった。

 あの、テレビでしか見たことのない、氷屋さんが作るっていう大きな氷。ノコギリで切ったりする…。



 そうか、家電も使えないのか。

 歴史の資料集で見たことがある上に氷を設置して食材を冷やすタイプの冷蔵庫だ。


 …まさかこの世界で実物を見ることになるとは…。


 そういえば魔道具も使えないんだった。

 いや、ぎりぎり使えなくも無いけれど著しく効果が落ちるというか…。


 電力の代わりに上手く魔法を使っているこの世界では魔法が使えない場所だと文化レベルが電力供給前に一気にさかのぼる。


 この件については貧乏でもお金持ちでも変わらないのだな、なんて思った。

 昭和の冷蔵庫の突然の登場に、なんだか肩の力が抜けてしまった。


 …そうだよ、

 魔法が使えなくても生活はできる。

 昔の人だって知恵と工夫でなんとかやってきたんだ。

 無力な私でもできる事はゼロじゃない。


 いろいろあって動揺していた脳みそが一気に冷静さを取り戻した。

 喉の奥や指先もいつの間にか震えが止まっている。


 よし、


 レモンがあったので即席のレモネードを作ろう。

 私は運動部とかには縁が無かったけれど、レモン漬け~みたいなのを重宝していたと聞いたことがある。マンガでも読んだことあるし、ビタミンCだし、疲労回復にもなる思うの!


 レシピは適当! レモン果汁と砂糖と蜂蜜を混ぜたもの水で割る。

 もちろんお代わりもできるように保存用の密閉瓶にスライスしたレモンとお砂糖、蜂蜜で漬けておく。


 味見をしてみると甘くて酸っぱくて爽やかで美味しい。

 たぶん合ってる。


 二人分のコップにレモネードを用意した。


(本当は冷やして出してあげたいのだけれど…)


 私の実力では冷却の魔法は発動すらしない。

 力不足で悔しい。


 …なんて、めげると思ったか!


 魔法が使えなければ工夫すればいいんだ!

 私はアイスピックと木づちを振り上げると冷蔵庫に保管されていた氷をガンガンと割った。

 飛び散った氷を頭から被る。


(つめたいっ)


 が、これぐらいの困難があった方が『心が上向きになる』なんて思った。

 人間の心って不思議。


 いい感じに細かく割れた氷をコップに入れて飾りにスライスしたレモンを浮かべると見た目にも爽やかなレモネードが出来上がった。




 ****



「お待たせしました~…?」


 お盆にレモネードを載せて二人の元へ戻ると二人はくすくすと笑っている。さっきまでの緊迫した空気は消えていてなんとなく雰囲気も柔らかい。


「?? どうかしました?」


 笑顔を浮かべて私を迎える二人に訪ねた。


「だって、すっごい音がしたから工事でもしてるのかと思った…」

「普通のレモネードが出てきたので逆に驚いていたところだ」


 そう言って二人に笑われた。


 あ、アイスピックの音!?

 お屋敷に人がいなくて静かなので響きまくってたのか!


「えっと、すみません。氷を割っていたので…」

「うん分かった」

「冷たい方が美味しいと思って…」

「うんうん、ありがとう」


 にこにこ笑顔の二人を前にしてとても居心地が悪い。

 しまった、アイスピックで氷を割るのは令嬢っぽくなかったかもしれない。

 あと己の不甲斐なさを木づちに込めて振っていたので音も荒々しかったかもしれない。恥ずかしい。


「つらくありませんか?」

「ありがとう、大丈夫だよ」


 上体を起こしたミラージュ様の背を支えてコップを渡す。

 相変わらず青白い顔をしているけれど、笑ったせいで少しだけ元気になってくれたようだ。


「美味しい。もうひと頑張りできそう」


 氷を浮かべたレモネードを飲んで笑うキャロル先輩もさっきよりずいぶん明るい表情になった。よかった。

 同じ頑張るにしても悲壮な感じでいるよりすごくいいと思う。


「うん、とても生き返る」


 ミラージュ様も気に入ってくれたみたい。

 適当に作ったレモネードだったけれど好評で良かった。


「お代わりもありますので遠慮せずどうぞ」


 張り切って氷を割ったので、氷はピッチャーに一山ある。

 あとでロイド先輩にも差し入れを持っていこうかな。


「ロイドのガールフレンドを独り占めしてしまってすまないな…だが君達がいてくれて助かった」


 ミラージュ様が笑う。 

 今も継続して魔法を掛け続けているキャロル先輩はともかく、私は特に何もしていませんけれど、そうおっしゃってくれるのであれば良かったかな。




 ****



 ≪ロゼッタの適当レモネード≫

 ・スライスしたレモン4つ

 ・砂糖たくさん(100グラムくらい)

 ・はちみつ 大さじ3


 洗ったレモンをスライスして1/3瓶に詰める。

 砂糖とはちみつを入れる。

 レモンのスライスと砂糖はちみつを交互に入れる。

 瓶の蓋をしっかりと閉めて、出てきたシロップを瓶をころころ転がしてまんべんなくいきわたるようにする。

 出てきたシロップを水やお湯で割って飲むと美味しいよ。


 ※時間が無い場合はレモンを絞って果汁にして足す



 ****



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