第53話 決意ひとつ


 屋敷の裏にある練習用の馬場へと向かうモブAたちを見送り、エントランスに一人残された私は、キャロル先輩と同じように床に膝を着いた。


「キャロル先輩大丈夫ですか」

「ロゼッタちゃん、来てくれてありがとう」

「遅くなってすみません」

「ううん、早かったよ」


 なるべく急いで来たけれど、それでもやっぱり時間がかかってしまったと思う。

 先輩の手元を見れば、白く淡い回復魔法の輝きがミラージュ様の腕に添えられている。


 先ほど受けた説明から察するにキャロル先輩はあのSOSの声の鳥を送る以前からずっと魔法を掛け続けていることになるだろう。


(それだけでも十分に長い…)


 どちらかというと魔法は瞬発力で発動させるものだが、回復魔法は少しだけ勝手が違う。

 基本的に対象者が回復するまで魔法を掛け続ける必要がある。

 人間でも、動物でも、魔法を掛ける相手の症状や怪我の具合、体調などを常に観察しながら魔力を調整しなくてはならないとても繊細で根気のいる魔法なのだ。


「今ね、イーズデイル家の方が応援を呼んできてくれているの」

「はい」

「だから、私はそれまでこの状況を維持できればと思っているんだ」


 維持。

 キャロル先輩の力を持ってしても魔封石の影響下であるこの場においては維持が精いっぱいなのか。


 聖属性特化型、回復魔法の使い手。

 庶民の出身ながらも、その稀有な才能に王族すら一目置く存在となる(予定)のキャロル先輩をしても解決できない問題に対し、私は何ができるのだろう。


「キャロル先輩、何かわたくしにできるお手伝いできることはありますか?」

「ありがとう…そうだ『髪の毛』まとめてほしいかな…」


 真剣な表情で対象を見つめるキャロル先輩の頬を汗が伝う。

 すでに長時間魔法を使い続けている先輩は尊敬に値する。


 私は自分の髪を留めていたリボンをサッとほどき、キャロル先輩の髪をひとまとめにする。そしてポケットから取り出したハンカチで頬に流れる汗を拭いた。


 けど…それだけだ。

 この場で私にできる事なんてほかに無い。


 何か他にできる事…と横たわるミラージュ様を見れば、薄いシーツを下敷きにして固い床に横たわっている。キャロル先輩も同様だ。


「わたくし、何か下に敷くものなどを探してまいりますね」


 言うが早いか私は一番近い隣の部屋へと飛び込んだ。

 いくら初夏の陽気でもずっと地べたに腰を下ろしているのでは冷えてしまうだろう。

 ミラージュ様には、何か枕の代わりになるものを、キャロル先輩はクッションのようなものを。


 ちょうどよく革張りのソファがあり、パッチワークのような模様のクッション二つを発見。それらを両腕に抱えて急いで二人の下へと戻る。


「ミラージュ様、頭を失礼いたしますね」

「うん、ありがとう」


 柔らかな金髪が揺れる首の下にそっと手を差し入れてクッションを差し込んだ。これで少しは寝心地が良くなったと思うけれどどうだろう。


「苦しくありませんか?」

「大丈夫、とても楽になった」


 そう言ってミラージュ様は柔らかく笑む。

 キリッとしていて騎士然としたロイド先輩とは全然違った魅力を持ったタイプだ。優しそうで、キラキラしていて柔らかい感じ。英雄として人気があるというのも頷ける。

 今はちょっと、…騎士の衣装が血だらけなのが少し恐ろしいのだけれども。


「キャロル先輩、よかったらこちらのクッションを使ってください。ずっと同じ体制でいると体にも良くないですよ」

「…うん、そうだね。そうする」


 キャロル先輩の集中力を乱さないように、そっと脇にクッションを置き、少しずつ移動させた。


「ミラージュ様もキャロル先輩も寒くないですか? もし寒いようだったらわたくし何か掛けるものを探してまいります」


 使用人の方々が出払っている今、私にできる事は雑用のみ。


「うん、私は寒くないので大丈夫」

「私も平気かな」


 外は初夏の陽気なのでそちらは必要なかったか。

 あと、できる事と言えば…。


 何もない。


 自分の能力、頼れる先、他にできる事など何も思いつかない。

 勢い勇んで駆け付けたくせに我ながら情けない。

 私にはこの逆境を跳ね除けるだけの知識も、知恵も才能も無かった。


 これ以上できる事と言ったら側についていて応援することぐらいだ。



 …ああ、なんて私は不甲斐ないんだろう。


 私は自分にできる事の少なさに愕然とした。

 助けてあげたいのに、何もできない。圧倒的な無力感が私を襲う。


 そも、ミラージュ様という国の英雄ですら困難とすることを肩代わりできるキャロル先輩がむしろ『特別』な存在なのだ。


 聖属性特化、回復魔法の達人。

 ゲームヒロインの潜在能力は伊達じゃない。

 この国ではいま戦争はしていないけれど、魔物の脅威はあり、これから先のゲームの展開でもいろいろと魔物による事件が起こったりして回復魔法は重宝されるだろう。


 彼女は否が応にも運命に巻き込まれていく。

 ヒロインであるがゆえに。


 でも、私は違う。

 さっきから平気な顔をしてあれこれやっているけれども、実はずっと心臓がドキドキしている。大丈夫なふりは全部演技だ。その証拠に力を抜けば今にも手が震えてしまいそう。


 血だらけの服、床に投げ出された力の抜けた四肢。

 今にも死にそうな顔色の人間。


 それがとんでもなく怖い。

 何もできないまま、取り返しのつかないことになってしまいそうなのが心底恐ろしい。

 組んだ両手が知らずに震えてくる。


 怖い。

 声にならない声が喉の奥に詰まって苦しい。


「大丈夫だよ、ロゼッタちゃんが来てくれてとっても心強い」


 何もできずにしょぼくれていた私にキャロル先輩が声を掛けてくれた。

 顔を上げるとキャロル先輩がにっこりと笑う。


「…すみません」


 ずっと魔法を使い続けている先輩の方が大変なのに。

 そういえば、怪我している人などには周りが不安そうな顔をしてはいけないんだったっけ。

 ダメだ私、中身は大人なのに、そういうちゃんとした事ちっともできていない。


「ううん、本当の事だから。私も心細かったの」


(!)


 その言葉でハッとした。

 そうだ、キャロル先輩だってまだ17歳の学生で、初めて訪れた見知らぬ場所で、大人もいない中たったひとり怪我人と向き合っていて、不安で心細いに決まっている。


 考えてみればそれはとても当たり前の事で。


 ヒロインだから、とかヒロインじゃないから、とか。

 能力があるから平気という話ではない。



 私と違わない。


 ゲームの双璧を成すヒロインだから、とか二軍だから、とかそんなことで私とキャロル先輩の間に線を引いてしまってはいけないのだ。


 キャロル先輩だって怖い。

 怖いけど、勇気を振り絞ってできる事をしているんだ。

 

 とにかく私も自分が今できることをしよう。

 凹んでいる暇はない。





 ****




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