第52話 英雄ミラージュ
「恐れ入ります、我が主に代わり経緯はわたくしからご説明させていただきます」
少々長くなりまずが、と前置きをしてディーノさんが語り始める。
丁寧に簡潔に、分かりやすく話してくれた内容は私にとって知らない話ばかりだった。
まず武勇や剣技・騎乗技術ばかりが注目されているが、ミラージュ様は騎士の中でも珍しく回復魔法の心得があり、軽い手傷は自らで治している事。
『英雄は怪我などしない』ではなく『怪我をしても自分で治していた』というのが正しい。
他国との国交も順調で小競り合い等もない我が国では騎士はもっぱら魔物から国民を守るために存在しているのだか、政治も民衆も分かりやすい英雄を欲しがるのが世の常であり、安心感や羨望、国政における人気取り…そんな思惑が錯綜し、いつの間にか英雄ミラージュは怪我をしてはいけない存在となった。
「こちらの都合で申し訳ございませんが、ご理解いただければと思います」
そう言ってディーノさんは深々と頭を下げる。
英雄が負傷したと広まれば一大事、だからこんな状態になってもすぐに助けを呼べず、内々にどうにかしようとしているのだという。
「そんな大事なことを、俺たちに話していいんですか」
モブAが固い声でディーノさんに尋ねる。
私も同じことを思った。
これは私たちが知っていていいレベルの話なのだろうか。
「ロイド様よりお二方は信頼のおける友人であると伺っておりますので、その点は心配しておりません」
そう言い切るディーノさん。
…ロイド先輩にそんなに信頼していただいてありがたい気持ちももちろんあるけれど、あまりにもシビアな現状に腰が引けてしまう。
ていうかロイド先輩、モブAとまともに話すの今日が初めてじゃなかったっけ? あの人の距離感ってどうなってるの? 行きのケンカのやり取り? あれで彼の信頼を勝ち取ったのだとするとモブA凄いね。でも、モブAは実際良いやつだしロイド先輩の人を見る目は確かだと思います。
「何卒、お力を貸していただきたく、お願い申し上げます」
そう言ってディーノさんは再び頭を下げる。
ここまでが前置き。
ひとまずそちらの都合は分かったし、大事にしたくないことも理解した。
問題なのは『自分で回復魔法を掛けることができるはずの英雄ミラージュが何故今まさに血だらけで倒れ伏しているのか』だ。
「誠に申し上げにくいのですが…」とディーノさんは複雑な顔をしながら説明を再開した。
「こちらは事故になります」
「事故?」
すわ魔物の襲来か、殺人未遂現場かと気負っていたが少しだけ肩の力を抜く。
「皆様は『魔道の小道』をご存じでしょうか」
「魔道の小道…というと、あの遠い場所を一瞬で移動できるという…?」
「はい。『魔道の小道』または『妖精の小道』とも呼ばれる特別な移動方法です」
いわゆるワープシステム。
国が使用許可をがっちりと管理している、使用料がとってもお高いこの国独自の移動方法。
「当家のミラージュは今回の件で西の国境付近からここへ直通の『道』の利用許可をいただいていたのですが、それが逆によくありませんでした」
『魔封石』『回復魔法』『魔道の小道』
今までの情報の全てを当てはめると、ぱちりとパズルのピースがはまったような気がした。
「それで…事故」
なるほど、つまり前日まで国境周辺で魔物の討伐を行っていたミラージュ様は怪我を負ったまま競馬場に来てしまったのだ。
「……」
それならこの状況もあるうる。
なぜなら競馬場では魔法が使えないから。
しまったと思った時はもう手遅れで、魔力を封じられたことにより傷が開き、かといって『英雄』という立場上安易に助けを求めることもできず、自力でこの屋敷にたどり着いたものの、安心感と失血でそのままこの場に崩れ落ちたのだとか。
「『魔封石』のことは事前にお伝えしていたはずなのですが…」
急いでいたのでうっかりしてしまった。
紛れもない本人による自爆事故。
たまたまその場に居合わせたキャロル先輩がとっさに回復魔法を掛けた事でなんとか持ち直し、今は小康状態を保っている。
我が国の英雄、うっかりで…絶体絶命のピンチ。
ディーノさんが眉間にしわを寄せてうめくのも分からないでもない。
「そんなことって…」
…でも、それならミラージュ様はいつだって怪我をしているってこと?
なんだろう…言いようもない怒りがふつふつと湧き上がる。
ありがたくて、申し訳なくて、腹立たしい。
そもそもの怪我だってお務めの中で負った傷だと思うし、それは私たち国民を守るために負った傷だ。確かに聞いた感じでは怪我は完全に治してから来るべきだとは思うけれど、本来であればもっともっと大事にされて、いたわらなくちゃいけないと思う。
「最近では怪我を隠すのもお上手になって…」
ぽつりと愚痴をこぼしたディーノさんの言葉に口惜しさが見え隠れしていた。
今回の怪我もずっと隠していたのだろう。
ちらりと目をやるとミラージュ様もばつの悪そうな顔をしていた。
私はこのミラージュ様に会ったのは初めてだし、どんな人なのかも良く知っているわけではないけれど、きっと…本当にこんな玄関口で転がしていい人じゃないんだということは分かった。
「分かりました。わたくしにできることでしたら何でも言ってください」
心から、そう思う。
「ありがとうございます。今、方々に人をやって内密に特別治癒士を手配できないか、もしくは荷車を用いて森の外までお運びする案を並行しております」
なるほど、だからこの屋敷は今こんなに静かなのか。
たしかにこれは緊急事態。明らかに人不足。今から見知らぬ人に助けてもらうよりは確かに私たちの方が信用ができるというものだ。
本来はゲストであるはずのキャロル先輩までも、こんな玄関のエントランスで跪くことになっているのかようやく理解した
「リングベイル家のロバート様、ろくなおもてなしも出来ず、大変心苦しくおりますが、ロイド様が騎手としてきちんと勤めを果たせるようアドバイスをいただきたく存じます」
そう言ってディーノさんはモブAに深々と頭を下げた。
これがもう一つの緊急案件。
騎手を務める予定であったミラージュ様の代役として、レースに騎乗することになったロイド先輩が目下、猛特訓中なのだ。
レースまであと数時間。
練習するにしてももうあまり時間がない。
「…分かりました。声の鳥でロイドから簡単に説明されているので大丈夫です。案内してください」
凶悪なまでに渋い顔したモブAが、ディーノさんの申し出を受け、ラックさんもそれに頷く。
「イワシーミスの他に何頭連れてきているのですか?」
「2頭です」
「ではラック、お前が乗れ」
「はい坊ちゃん」
イワシーミスはすでにレース本番向けて検査場に出向いているのでここにはいないし、1頭は今ロイド先輩が乗っている。
なるほど、だからモブAはラックさんを連れてきたのね。ラックさんはリングベイル家の騎手でもあるから。
「すでに2頭の馬装は済んでおりますので、馬場までご案内します」
「頼む」
二人はディーノさんと話し合いながら練習馬場へと向かう。
「あの、わたくしは…」
「お前はあっちについていてやれ」
「ロゼッタ様、おかまいできず大変申し訳ございませんがしばらくの間、お二人の事をよろしくお願いいたします」
モブAとディーノさんに揃って指示される。
あちら…とはもちろんキャロル先輩とミラージュ様だ。
もちろん私に異論はない。そもそも私はキャロル先輩に呼ばれたのだし…。
でも、ここに来て急にどうしたらいいか分からなくなった。
この状況で私にできることって何?
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