第51話 魔法が使えない


 競馬場には独自のルールがある。

 その最たる例として『魔封石』という特別な石が上げられる。

『魔封石』とはその名の通り『魔法を封じる』石だ。

 魔法をライフラインとして扱うわが国では本来禁忌と言ってもよいほどの危険物だが、ことこの場所では無くてはならない物となる。


 『魔法による不正を防ぐ』この一点において。


『魔封石』はレース会場を中心に同心円状に配備されており、中心から離れるほどに徐々に効力を弱めていく。これはこの界隈における共通の認識であり絶対のルールなのだとか。



「お友達がレースに出場だなんて、大変な事になりましたね」


 急ぎイーズデイル家の厩舎へとモブAを先頭にして黙々と歩く中、ラックさんが神妙な顔でつぶやいた。

 

「いくら英雄の弟さんだと言っても、専用の訓練を受けたことのない生徒さんなんでしょう? いくらなんでも危険すぎます」


 そうだ。いくらロイド先輩が馬に乗れて、人より運動神経がよくてもいきなりレースに挑むことになるなんて突然すぎる。


『即死しなければ命は助かる』だなんて言いますがそれだって、プロに向けての言葉ですからね」

「えっ!?」


 聞き捨てならない不穏な言葉に私は目を剝いた。

 競走馬のレースってそんな危険なの?

 いや、それ以上にプロでもそんなに危険なのに素人のロイド先輩が出ちゃって本当に大丈夫なの!?


 一人だけ事情が分からず動揺する私を見てモブAが口を開く。


「この森では魔法が使えないって説明はしたよな」

「えっ、はい!」


 私もここがそういう場所であることは事前に説明を受けたし、森林公園の入り口の看板にもいくつも同じ注意書きがあった。



「ここでは回復魔法も使えないんだ」

「えっと…それじゃあ…」

「もちろん魔法道具も使えない」


 その言葉を聞いて血の気が引く気がした。

 魔法だけではなく、魔法道具が使えない?


 そんな中で先ほどキャロル先輩はロイド先輩のお兄様が大怪我をしたと言っていなかっただろうか。


「厳密に言えば施設場内に配備された特別治療士のみ魔法を使うことができるが、特別治療士は会場内に数人しか配備されてないし、基本的に持ち場を離れることはできないことになっている」


 歩きながら淡々と語るモブAと頷くラックさん。二人の神妙な様子にあらためて事の重大さを知る。


 魔法が使えないと聞いたときも『ふーんそうなんだ、確かに賭け事をする場所で魔法が使えたらズルし放題だもんね』なんて単純に納得した。

 でも、事はそう簡単な話ではなかった。


 魔法が使える世の中において、魔法が使えないということは不便なだけではなく、今まで無意識に自分の身を守ってくれていた『文明』からも遠いという事なのだ。


 さっきのラックさんの話はつまり『万が一レース中に事故が起こったとしても特別治療士が駆けつけるまでに生きていれば回復魔法が間に合う』という意味で…。


 ぞくり、と背筋が震える。

 魔法が無いという事は恐ろしい。


 『ここ』はそういう場所なのだとあらためて認識した。


 もちろん魔力を持たない一般市民にとって魔法が使えないのは至極当然のことだし、彼らにとってはこの森も普通の森となんら変わりはなく感じられるのだと思う。

 私もこんな事態にならなければ気が付きもしなかっただろう。多少不便を感じるくらいで。

 そう、通常であれば。


 普段以上にモブAがピリピリしているのもそういう背景があるからか、と今更ながらに納得した。



 広く長い森の道を黙々と歩く私たちの下へ、先ほどとは違う水色の『声の鳥』が舞い降り、モブAの指先に止まる。


『ロバート、この大事な時にすまない。事情があって急遽俺が騎手として出場することになった。レース経験が無いので助けてほしい。第二練習馬場で用意して待っている』


 ロイド先輩の声で話す『声の鳥』。まぎれもなくロイド先輩からのSOSだった。


「くそっ」


 モブAは腹立たし気にロイド先輩からの声の鳥を消し、自分も同じ様に声の鳥を作り出す。


『てめえモンキーできるのかよ! 今向かっているから大人しく馬のウォーミングアップだけしとけ!』


 そう言葉をにせて鳥を飛ばす。

 イラつきを全く隠さない声ではあったけれど全面的に協力するのだという意図は伝わると思う。


「あいつは何に巻き込まれてんだよ、くそっ」


 言葉は荒いけれど、モブAがロイド先輩を本心で心配している様子なのはすごく分かった。




 ***



 森の中の小道を抜け、イーズデイル家に割り振られた厩舎にたどり着いた私たちは庭先でいくつもの『声の鳥』を飛ばしている使用人の男性に迎えられた。


「聞いております、ロイド様のご学友の方ですね」


 そう言ってにっこりと笑う男性、ディーノさんは穏やかな笑顔で私たちを招き入れた。


「おじゃまします…」


 門扉をくぐり、綺麗に整えられた敷地内へと足を踏み入れ、建物へと向かう敷石を踏む。

 目の前には白い洋館。

 玄関への道を挟むようにして左右には花壇が広がり、色とりどりの花が咲き乱れている。


 なんというか、その… 比べてはいけないけれど、さっきのモブAのお家に割り当てられた厩舎とは全然違った。


 あちらは厩舎に人間が住まわせてもらっているって感じだったけれど、こちらはシンプルな洋館に厩舎が設置されているという印象、ちゃんと人間用に見える。


 …まるで避暑地の別荘にでも来たかと錯覚してしまいそうだ。


 聞こえるのは馬のいななきと小鳥のさえずり、葉擦れの音など。誰かが大怪我をしているような緊迫した気配は全くない。


 あんまりにも静かで平和な情景に少しだけ油断してしまった。


 通されたエントランスで飛び込んできた光景に『もしかしたらさっきの一報は勘違いだったのでは』なんて甘い考えは一瞬で吹き飛んだ。


「!!」


 地べたにお情け程度シーツを敷き、青ざめた顔で横たわる血染めの騎士とそのかたわらに膝をつき、彼に回復魔法を掛けるキャロル先輩。



「お静かに」


 優しげな声色で、けれど容赦なくディーノさんが私たちを制する。


「…やあ、君たちがロイドの友人だね。こんな姿で出迎えることになり、大変申し訳ない」


 横たわる騎士がかすれた声で私たちを出迎えた。

 年の頃は20代なかば、肩口で切り揃えられた鳥の羽毛のように揺れる金の髪とアンバーの目、すらりとした長身に長い手足。ロイド先輩にはあまり似ていないけれど、おそらくこの方がミラージュ様だろう。


「恐れ入ります。我が主に代わり、経緯はわたくしからご説明させていただきます。緊急事態につき立ち話でご容赦願います」


 そう言ってディーノさんは私たちに頭を下げる。

 もちろん私たちもこの状況を前にして異を唱えるつもりなど全くない。私もモブAも、ラックさんも静かに頷いた。

 目の前で座り込んでいるキャロル先輩に声を掛けたいけれどもそこはぐっと我慢。まずは現状の確認からだ。





 ****




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