第50話 魔物の影


 皆でわいわいとお兄様談義をしていると、買い出しに出ていたトビーさんが熱々のケバブをたくさん持って帰ってきた。


 わーいケバブ!

 ちょうどお腹も空いてきたのでナイスなタイミングです!!


 甘口、ピリ辛、辛口、激辛。それぞれたくさん買ってきていて、大きなバスケットから次々と取り出しては厩舎内の比較的きれいなスペースにビニールシートを広げて並べていく。

 まるでピクニックの様。


 私はピリ辛のケバブを渡されるとぱくりとかぶりついた。


「おいしい!」


 お肉たっぷり、キャベツもシャキシャキ!この世界のケバブもちゃんとおいしい~!!

 わたくし伯爵令嬢ですが、今はいったんお休みします。だってかぶりついた方が美味しいものね。

 この真っ白な包装紙も日本と同じでなんだか懐かしいな。

 とっても辛いのは食べられないけれどこのピリ辛がいいんだよね。

 売っているところ見た訳じゃないけれど、こちらの世界でもあの大きい塊のお肉が屋台で焼かれているのかしら…。


 美味しい美味しいと喜ぶ私に、トビーさんも皆さんも喜んでいる。

 ありがとうございます。こちらこそ、大変良い思いをさせていただいています。

 トビーさんのいない間に『楽しいお兄様談義』をしていたことを伝えると、彼もやっぱりお兄様推しだった。仲間だ。


 そして私は現金にこう思う


 むしろこっちのデートプランで良かった!! 最高!! 怪我の功名!!


 ケバブが食べられただけでも、私的には大満足なんだけれども、さらにお兄様の推しトークができたので最高に楽しかった!!! 日々のストレスが吹っ飛んだよね!

 オタクにオタク語りするなってもうこれは息をするなと同義だもの。


 『はー、異世界の空気美味しいです!!』


 …若干モブAがドン引きしている気がしないでもないけれども気にしない。



 ところでキャロル先輩たちはお昼に何を食べているんだろうな~。

 向こうはお貴族さまだからお上品なランチなのかな?(こちらも貴族です)。あちらもあちらで楽しんでいるといいな。


「でもあれだろ? イーズデイル家の次男坊ってあの英雄ミラージュ様だろ? あの対人戦等も負け無しで、騎乗技術が半端ないって噂の、どんな驢馬でも彼がまたがれば天馬のように優雅に勇敢に魔物に突撃するっていう…」



 そうなの?

 私はもぐもぐとケバブを咀嚼しながら話を聞く。


 ロイド先輩のお兄様って英雄って呼ばれてるの?

 プロフィール欄になんかすごい兄がいるのは書いてあった気がするけれど、家族関係まではあんまり把握してなかったりするんだよね。たぶん一度はちゃんと読んだことあると思うんだけど。ぶっちゃけ名前も今初めて知ったかも…。


「今も西の国境あたりの魔物討伐に出ていて、今回のレース為に一日だけ戻ってくるんだろう?」

「そりゃあ忙しいことで」

「本音を言えば来てくれなくても良かったんだがな~」

「わかる~」


 そうなんだ、全然知らなかった。


 もしかしたら設定資料集にもそんな情報あったかもしれないけれど、私のいち推しはお兄様だったので、ロイド先輩のことはあんまり覚えていないんだよね…ごめんね。

 でもたしか、出来の良い兄弟に対して少しだけコンプレックスがあったようななかったような…。


(でも、魔物か…)


 このゲーム『シャインクリスタル~祈りと魔法の国』には魔物が登場する。

 今は学園内で生活しているので、魔物の話題なんかは全く無いのだけれど、王都を離れて特に精霊樹が無いエリアには魔物が普通に跋扈しているようだ。

 我がイオリス家の所有する領地はどちらかというと、精霊樹の加護が厚い穏やかな東の地方を任されているので、実は『ロゼッタ』も魔物を見たことはない。


(実際この目で見たら怖いんだろうな…)


 ゲーム画面ではありふれた存在の魔物だけれど、実際に目の前に現れたら私はきちんと対応できるだろうか。


 私達貴族…というか『魔力を持つ者』は率先して魔物と対峙しなくてはならない。

 男女問わず。だから私達貴族は特権階級でいられるし、領民を守るという大義名分がある。

 それがこの国のルールだ。

 まあ、その為にもいま学園で魔法を習っている訳なんだけれど。



「だから本人の人気も相まって一番人気なわけだ」


 なるほど納得。

『英雄』が見たい人も『馬』を見たい人もいるってことね。


 競馬の事はよく知らないけれど『英雄』が目的の人ならば、純粋に応援っていう意味合いもあって馬券を買ったりするのかもね。

 それでレース実績がなくても一番人気っていうことになるんだ。


「英雄が『凄い馬』って言うんだから、それはきっと本当に『凄い馬』なのだろう」


 競馬ファンもそれほど馬鹿じゃない。

 金をかけるのだから真剣も真剣。

 ちょっと『良い』くらいの馬だったら一番人気になんてならないのだ。



「うちは今回はじめて王国杯に手が届くとこまで来たのにな~」

「昨年にしてくれればよかったのに」

「ほんとそれな」

「しかもうちの大本命の、大成功したナギサの代に当たらなくてもな~」

「ナギサが勝つ」

「それは疑ってない」

「絶対に勝つ」


 三者三様にナギサちゃんの勝利を願っている。

 もちろん私も応援するよ。ナギサちゃんチームだし!


「イワシーミスがどんなすごい馬であろうと勝つのはナギサだ」

「イワシーミスはいい感じで頑張ってくれればいい」

「王国杯優勝っていう肩書きあるとないとじゃ種牡馬としてのランクが違ってくるしな」

 

 なるほどなるほど、モブAがぼやいていたのはこれか。

 ちらりとモブAを覗き見ればフンと視線を逸らされた。


「たしか、父親が同じって…」


 聞いた気がするけれど。

 モブAはあの後黙ってしまったので詳細がよく分からなかったのだ。


「そうなんですよ、お嬢さん」

「ナギサの父親のシズオはね、そりゃー良い種牡馬だったんですが、ナギサ達の代を種付けした後に事故で亡くなってしまってね、この代が最後の産駒なんですよ」

「そうなんですか」


 最後の産駒ってそういうことか。

 つまり血統を大事にするお馬さん業界にとってシズオの血統を持っているナギサはすっごく貴重なお馬さんであって、それと同じ様にイワシ―ミスも貴重な血統っていう認識でいいのかな。


「なるほど」


 ようやく分かってきたぞ。


「もちろん優勝するのはうちのナギサだが、イワシーミスにみっともないレースをされては困る」


 ここでモブAが口を挟んできた。

 なるほど、価値を下げられちゃ困るってことか。それであの口論ね。

 関係者の方々の話を聞いてようやく分かってきたぞ。




 突然私の下に桃色に発光する『声の鳥』が舞い降りた。


「あれ!? これってキャロル先輩から??」


 声の鳥っていうのは、手紙を鳥の姿に変えたモノとはまた違って、小鳥の姿のままキャロル先輩の声でメッセージを届けるっていう『手紙の鳥』の亜種なんだけど…、まあ今はそんなことはいいか。

 『声の鳥』のくちばしをつついて開封する。


『ロゼッタちゃん大変なの! ロイド様のお兄様が大怪我をしてしまっていて、今治療中なの。それでロイド様が代わりにレースに出ることになっちゃって…私もうどうしたらいいか…!』


「えっ!!??」


 な…んだって!???

 ロイド先輩のお兄様って、あのさっき話題に出ていた『英雄ミラージュ』のこと???


「ろ、ロバート様!!」


 緊急事態。

 一緒にこのメッセージを聞いていたモブAが、大きくうなずいて立ち上がった。


「トビー…いやラック、俺達と一緒に来い。トビーとテッパンはここで待機、連絡を待て」

「はい!」

「貴賓席にいる親父からの指示があったらそっちを優先していい」

「わかりやした!」


 モブAは素早く皆に指示を出すと、荷物をまとめて私の背中を押す。



「向かうぞ」

「はい!」



 なんていうかもう、ドキドキどころじゃない!






 ****





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