第59話 激励


 こちらの話がひと段落したころにちょうどロイド先輩とラックさんが二頭、併せ馬の形で戻って来た。


「兄上!」

「やあ弟、元気でやっているかい」

「無事に回復されたんですね、よかった!」

「ああ。お前のガールフレンドのお陰で命拾いしたよ」


 ひらひらと手を振るミラージュ様の様子を見て顔をゆがめるロイド先輩。


 あれ…ロイド先輩のこの反応…。

 もしかして、ミラージュ様の怪我が治ったこと知らせてなかったんじゃ…。


 ちらりとモブAを見るとしれっとした顔のまま無反応。

 あ、この人『気が散るから』とかいう理由で黙ってたな? なんかそういう合理的な感じするもんね。


「ロイド様、そろそろお時間です」

「分かりました」


 時間を告げ、腕まくりをして馬場の中へと入っていったディーノさんにロイド先輩が手綱を引き渡す。


「後、頼みます」

「承知いたしました」


 ロイド先輩が乗っていた馬にディーノさんが乗り、そのままラックさんと一緒にクールダウンへ向かった。


「兄上、ご無事でよかった!」

「心配を掛けて悪かったねロイド。レースもよろしく頼むよ」

「はい。善処します」


 感極まった様子のロイド先輩が表情を歪めるのを見て、何だか私まで泣いてしまいそうになる。


 良かったね、ロイド先輩。

 普段から冷静で、あまり感情を表に出すことの無いロイド先輩だけれど、さすがに今回ばかりはとてもしんどかったと思う。お兄様の事、レースの事、ものすごいプレッシャーに襲われていただろうし。


「兄上も今日は無理せずにお休みください。必ずですよ」

「…分かった」


 弟からの嘆願にミラージュ様は一瞬逡巡したものの素直に頷いた。

 さすが弟!!

 よかった、私たちではミラージュ様を止められなかったけれど、さすがロイド様! 自分の兄のことはよく分かってる!


 実はちらっとパラメーターを見たから実は知っているんだ、私。

 元気になったように見えてもミラージュ様は瀕死の重傷から回復したばかり。

 治癒に使った分だけ体力がごっそり減っていた。


 本人は大丈夫と言っていたけれど、それがやせ我慢なのか、騎士の基本体力がもともと凄いのか私には判別ができなかったのよね。でもゲームのHPで言ったら普通に赤色に近い黄色ゲージって感じ。

 失血に毒のダメージ。とてもじゃないけれどレースに出られる体調ではないはずなのに、普通に元気で今もまた馬に乗っちゃうんじゃないかって私はこっそり心配だったんだ。

 パラメータが見えていても分かんないことってある。


「キャロル嬢、ロゼッタ嬢、二人とも大変なことに巻き込んでしまってすまない」


 ラチを跨いで馬場から出てきたロイド先輩に開口一番、謝罪された。


「そんなことないです!」

「全然大丈夫です!」


 ピシッと頭を下げるロイド様に慌てる私たち。

 とんでも展開におののいてビビり散らかしたのは本当だけれど、こんなに大変な状況でむしろ少しでもお役に立てて本気でよかったと思っている。

 キャロル先輩も私も全然迷惑だなんて思ってないというか、むしろロイド先輩の方がこの先さらに難関な試練が待っているのだし。


「ロバート、悪いがレース中二人の事をよろしく頼む」

「ああ、任せろ」


 モブAが私たちのエスコートお守りを任されていた。私はともかくキャロル先輩はせっかくのデートがとんでもないことになってしまったものね。


「はい、タオル」

「ありがとうございます」


 待機スペースに用意されていた荷物からタオルを取り出したミラージュ様がロイド先輩へと渡す。よく見たらロイド先輩はびっしょりと汗をかいているし息も荒い。


「そうだ! 冷えたレモネードを持ってきたんです! よかったらどうぞ!」


 そう、せっかく作ったから持ってきたのです! 水筒に入れて(割った)氷も入れたので冷たいし、初夏の気候にはオススメ!


「ありがとう。いただくよ」


 そう言ってロイド先輩は水筒を受け取り、一気に飲み干した。

 すごく喉が渇いていたのか、ものすごい勢いで減っていくレモネード。

 持ってきていて良かったけれど、もっと持ってくればよかった。

 私たちが安心してお茶をしている間にもロイド先輩は本当にずっと特訓していたんだね。


「染み渡るな…」

「これね、ロゼッタちゃんが作ってくれたんですよ!」

「私もいただいた」


 空っぽになった水筒を受け取る私の両脇からキャロル先輩とミラージュ様がすかさず声を上げる。


「そうかありがとう。いつも思っていたけれど、君は気が利くな」

「いえ! わたくし、これくらいしかお役に立つことができませんし、他に何もできませんから…」

「そんなことはない。いてくれるだけでとても助かっている」


 私の言葉を遮るようにして、ロイド先輩から感謝の言葉を掛けられ、やさしい手がポンと私の頭に置かれた。


 え。

 これはいわゆる頭ポンではないでしょうか。

 熱い手から伝わる熱がじんわりと伝わってくる。


「……」


 無力感に襲われていたさっきまでの私が今、心の中でちょっとだけ泣きそうになっだ。なんていうか、こんな私でもがんばったことが少しだけ認められたようで、なんだかとてもうれしい。

 ちらりと両脇を見れは、うんうんと笑顔で頷くキャロル先輩とミラージュ様。


「あの、レース…がんばってください」

「ああ」


 ロイド先輩に『ありがとう』というのは何か違う気がしたので代わりに応援の言葉を口にした。私が応援するのはイワシ―ミスではなくてナギサだけれど、ロイド先輩は人間だし、別枠ってことでいいよね。


(ごめんて)


 若干モブAの目線が痛いような気がするのは気のせいだと思おう。


 そしてデジャヴ。

 私、こういう展開見たことある気がする…。


 そうっ! これってばまるでスポ根漫画のマネージャーでは!?!?

 もしくはスポーツドリンクのCM!!

 そんなことに気づいてしまったら何故かとんでもなく恥ずかしくなった。


 ガチだこれ!!

 いや違う、これはそうっ恥ずかしいとかじゃなくて感動!

 自分には縁がない世界だと思っていたから余計に! びっくりして!!

 ていうか、この世界は乙女ゲームの世界だと思っていたのに、いつの間にかスポ根の世界になってしまったのかしら!?



「すぐに向かうのかい?」

「はい、あちらに必要な装備は全て用意してあるそうなので」


 真っ赤になった私を尻目にロイド先輩とミラージュ様は普通に会話を交わしている。そう、あわあわしているのは私一人。


「そうか。ひとつアドバイスをしよう。返し馬の時に1週本気で走っておいで」

「はい」

「あと、反応が良いから気を付けて。振り落とされないように」

「はい」

「常に横っ飛びするぐらいだと思ってくれ」

「…そんなにですか…」

「うん、だから一周走る間に慣れておくんだ」

「分かりました」


 ミラージュ様のアドバイスを神妙に聞いていたロイド先輩がうめく。

 ロイド先輩、イワシーミスに乗ったこと無いんだ。


「馬によってそんなに違うものなんですか?」


 キャロル先輩が少し離れて立つモブAに尋ねた。

 同感。私もちょこっと馬に乗ったことはあるけれど、そんなに何頭にも乗ったことが無いのでよく分からない。


「全然違う。砂利道で走る荷馬車と空を飛ぶ騎獣くらい違う」

「そうなんですね、知りませんでした」


 キャロル先輩が感心したように頷く。

 平民出身のキャロル先輩はもちろん、たしなむ程度の乗馬力しかない私も普通に知らなかった。


 …そういえばもう一人のヒロインのナターリア先輩は馬術部だから、ナターリア先輩だったら今この場にいても的確なアドバイスとかしてあげられるのかなぁ…なんて、あたらめてヒロインズの凄さを知る。


「ではそろそろ向かいます」

「うん、頼んだよ」


 ロイド先輩、本当にもう出発するみたい。

 本当にゆっくり休む時間もないんだ、大変だ。

 私には何もアドバイスなどはできないけれど、せめて応援だけはしよう。


「頑張ってください! 私も応援していますから!」


 キャロル先輩がロイド先輩に向かって小さくガッツポーズ作る。


「ありがとう、頑張って来る」


 そう言って言葉を交わす二人を見て気が付いた。


 し ま っ た !! 

 差し入れとかするマネージャーの役はキャロル先輩のポジションだったのに、私がやってしまった!!

 応援だってキャロル先輩の方が先でよかったのに、なんて迂闊!

 モブAもやらかしたけど、私も同じくらい邪魔しちゃってるじゃん!!


 歓喜と後悔と心配と。

 何だかもう情緒がしっちゃかめっちゃか!


 知ってたけど、もはや全然デートじゃない。

 でももう、こうなったら最後まで見守るしかないよね。



「即死するなよ」

「!!」


 ロイド先輩の後ろ姿に突然物騒な言葉を掛けるモブA。

 ギョッとする私とキャロル先輩。なんでこんなタイミングでそんな言葉をチョイスした!? 縁起でもない。


「肝に銘じておく」


 振り返り神妙な顔をして頷くロイド先輩。

 軽口の様でいて、けっして大げさではない二人のやり取り。

 ふわふわしていた気持ちは吹き飛んで、なんとなく嫌な予感がする。


「ロゼッタちゃん…」

「はい」


 身を寄せて来るキャロル先輩の手をぎゅっと握りしめて、私たちはロイド先輩を見送った。


 だって思い出しちゃったんだもの『即死しなければ命は助かる』っていう話。

 そんなにいつもいつも事故が起こるわけではないけれど、全く無いわけじゃない。私たちだって魔法が使えないことで、あれだけ苦労したというのに。


 これからロイド先輩が向かう先は、まさに完全に魔法が使えない場所なのだから。






 ****




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