第48話 ニンジンとリンゴ



「ところで、こちらのお馬さんがナギサちゃんですか?」


 目の前の洗い場で良い感じの干されている栗毛の馬。

 そういえば、ナギサちゃんの情報も何も知らなかった。


「こいつ違う。ナギサはもう準備に出している」

「あ、そうなんですか」

「こいつはもう第一レースで出走して4番取って帰ってきたドリーンだ」


 出走する馬もう一頭いたのか! すごいな!!


 ドリーンは栗毛の馬体に額から鼻梁までが白く、お目々がくりんとしていて、とても愛嬌があるお顔をしている。

 うん、かわいい。まつげもばっしばしで、白いソックスがとてもまぶしい。


 ここは厩舎と言っても競馬場内に作られた簡易厩舎なので、人と馬とのスペースがとても近い。このテーブルから五歩くらいの距離にもう馬だ。


「あの…、ちょっと触ってもいいですか」

「いいぞ」


 本日の(私の)目的だったウサギやモルモットでは無いけれど、ちょっとだけ触れ合ったりしたい。

 ドリーンの鼻梁をそっと撫でてみる。

 …とても大人しい。

 まだ水気を含んだたてがみ、額の短い毛はもう既に乾いていた。

 うふふ、久しぶりの動物の感触。あったかくてほっこりする。


 淑女のたしなみとしてロゼッタも乗馬はちょこっとはできるけれど、学園に来てからは全然そんな機会は無かったし、そもそも『私』の意識が目覚めてからは馬との遭遇は初めてである。正直ちゃんと馬に乗れるかどうかもあやしいな。


「噛まれないように気を付けろよ」

「はーい」


 ふれあい広場には行けそうも無いけれど、これはこれで楽しいかもしれない。

 と、そうだ!


「レースが終わったのなら、ニンジンをあげてもよろしいでしょうか!」


 大事なレースの前には変なものを食べさせちゃいけないと聞いたことがある。たしか、お茶の葉っぱもダメだとか。でもレースが終わっているこの子にならあげでもいいんじゃない?


「ああ、いいぞ」


 やったー! 

 いそいそとリュックから取り出し、ドリーンへニンジンを差し出してみる。するとさっきまで眠そうだった様子から一転し、目を爛々と輝かせて喰らいついた。


 ぼりぼり、ごりごり、あっという間に丸ごと1本ニンジンが消えていく。


 馬ってさー、本当にニンジンが好きだよね!

 なんていうか知識としては知っていたけどこうして実際に馬がニンジンを食べているのを見ると『ほんとにニンジンが好きなんだ!』ってなんか感心しちゃう。


 ニンジンを食べている仲間の気配を察したのか、馬房の中に引っ込んでいたもう一頭が窓から顔を出してぶひひんとニンジンをねだる。


 え! その窓、お馬さんのお部屋だったの!?!?


 モブAが背にして座っている場所から少し離れた壁からひょっこりと黒い馬が生えていた。

 完全に人間の事務所か何かだと思っていたけど、中を覗けばほとんどがお馬さんのお部屋スペース!! モブAとさっき私が座っていたテーブルセットが唯一人間がゆったりできる場所だったみたい。あとは馬具とか、紐とか? あとお馬さんのご飯なんかがぎゅうぎゅうに詰まっていた。

 この小屋めっちゃ省スペース!! むしろ人間の居場所が超少ない!!

 

「悪いが、あっちにもあげてくれないか」


 モブAがその黒いお馬さんを指刺した。


「もちろんですわ!」


 大丈夫! たくさん持ってきたのでニンジンもまだまだあるよ!


「こっちはパティ黒鹿毛の牝だ」


 パティちゃんにニンジンをあげていると、のっそりとモブAが近づいて来てパティの頭を撫でる。ちなみにパティはガン無視。ニンジンに夢中だ。


「一体何頭連れてきているのですか?」

「3頭」

「こいつも昨日の障害飛越のレースに出て成績は5位」

「まあそうだったんですね、では褒めてあげなくては。おつかれさまでした、ニンジンどうぞ」


 パティに追加のニンジンをあげると、今度はドリーンが我も我もとお代わりを要求する。

 ニンジンの効果は絶大だ。

 なんだか急に忙しい。さっきまで二頭とも物音も立てていなかったのに。

 これがニンジンパワー!!

 ニンジンもっと持ってくればよかったかも。後でナギサちゃんにもあげたいし。



「そうだ、リンゴがあったよな」

「はい、あります」


 そうだったリンゴも持ってきたのでした!!

 私はごそごそとマイリュックからリンゴを取り出した。

 ててーん! 美味しいリンゴだよ!


「一番正しいリンゴのやり方を教えてやる」


 モブAは私からリンゴを受け取ると、パティの前に立ち、皮を軽く服でこすってからおもむろに食べ始めた。


「ええ!? ロバート様!?」


 何で今食べた???

 パティにあげるんじゃなかったの???


 リンゴの登場に目を輝かせたパティも目の前でそのリンゴを食べられ、なおかつ甘い芳醇な香りがあたりに広まったからたまらない。


「ぶふっ!ぶふふっ!」


 パティがどれだけ首を伸ばしても届かない位置でモブAは仁王立ちをして問答無用でもりもりとリンゴを食べている。


 食べる姿を見せつけている!?


 ガリっとかじる一口がまたでかい。

 もしゃもしゃとリンゴを咀嚼するモブA。

 口を伸ばしたり傾けたりと百面相しながらリンゴを欲しがるパティ。そわそわウロウロ、ヒヒンブフフとパティはいななき必死におねだりをしている。


「このリンゴ美味いな」


 みるみると欠けていく丸いリンゴ。

 減っていくリンゴをリアルタイムで見せつけられているパティの顔がもうとにかく凄い。顔を右に傾けたり、左に傾けたり、唇を左右に伸ばして必死! ベロが出てくる。ベロを伸ばすが届かない!! なんていうかもう必死すぎて言葉では言い表せない!! 馬ってそんないろんな顔できたんだね!


 ハラハラする!!! ハラハラしちゃう!! 

 リンゴ!リンゴ! なくなっちゃう!!

 

 あわわわ、なんかもう可哀そう。

 あんなに欲しそうな顔されたら私だったらもうあげちゃう!

 パティの角度が、顔の角度がエグイよ!! 

 最高に可愛い顔と変顔を交互に繰り広げてくる!! なんて芸達者なの!?


 そんなこんなの数十秒。



「さすが坊ちゃん、鬼」

「俺はあそこまではできねえ」

「もうリンゴ半分無えぞ」


 振り返ると、先ほどの3人組が苦笑いしながらこちらを見ていた。

 え?これいつものことなの?? みんなやってるの??? リンゴ目の前で食べちゃうの???


「ふん、もっと精神力を鍛えろお前たち」


 そう言ってモブAは芯が見えるほどに欠けたりんごをパティの馬房に放り投げた。

 喜んでリンゴに飛びつくパティ。あれほど焦らされてもひとまずリンゴが食べられたら幸せそうなのでいいか。…いいか?



「ドリーンには丸ごとあげますので!!」

「なんだ、やらないのか?」

「やりませんよ! かわいそうじゃないですか!」


 私はもう一つりんごを取り出すと待ってましたとばかりに喜ぶドリーンに差し出した。ガブリ、と勢いよくかみ砕かれるリンゴ。

 一口目は問題なくもりもりしていたのに、欲張りな唇が二口めは全部寄こせというので全部口の中に消えた。


「あっ!!」


 丸ごと!?


 リンゴほぼ丸ごと一個をもごもごと咀嚼するドリーンだが、案の定頬張りすぎたリンゴと果汁が口の端から滝の様に流れ落ちた。


 ぼたぼたぼた!!!びちゃあああああ!!!っと原型をとどめないリンゴの果汁とかけらがドリーンの足元に飛び散る。


「ああああ、リンゴがジュースになって地面に!!」


 たしかにこれはこれで綺麗な食べ方では無かったかも!

 絶叫する私にモブAがゲラゲラと笑う。



 分かった!! 

 今度からりんをもう少し小さくカットするか飼い葉桶に入れればいいと思う!!




 ****


 ※キャベツは馬にあげてはいけません




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