第47話 厩舎にて



「うわーー! 坊ちゃんが女の子連れてきた!!」

「かわいいじゃん!」

「お嬢さん学校の子? ぼっちゃんの彼女?」


 広い自然公園の遊歩道を通り、モブA…もといロバート様のご実家、リングベイル家に割り当てられた木造の簡易厩舎にたどり着いた途端、にぎやかなダミ声に迎えられた。


 ひええ、突然むさくるしい男衆に囲まれた!!

 ここは荒くれ者の集会場か!?


「うるせえ! お前等!! 散れ!! 仕事しろ!!」


 モブAが彼らに怒鳴り散らすと、小さいの、ひょろっとしたの、でっかいの、の荒くれ者3名はクモの子散らすように飛んで逃げた…いや、完全には逃げていない。距離を取ってニヤニヤとこちらを眺めている。


「…っ」


 何今の人たち、柄悪っ!! 強面だし無精ひげだし目つきがめっちゃ悪い。まるで見本のようなゴロツキだ。

 いやでも淑女たるもの、こんなことぐらいで醜態をさらしたりしません。

 あ、まってもしかして逆!? こういうとき令嬢はむしろおびえたり気絶したりすべき!?


「クラスメイトの妹だ。間違ってもちょっかい出すなよ」


 遠巻きにチラチラと覗いてくる勢にモブAはさらにプレッシャーをかけると「はーい」という素直で良いお返事が返ってきた。


 思いの外よくしつけをされている…みたい、じゃなくてあの人たち誰? 人相・風体悪すぎて全然堅気に見えないのだけど???


「あのあの…??」

「うちの従業員たちだ。口が悪くてすまない」


 ああそうなんだ。へえ…、あなた様も十分口が悪いですが、そうかこれはもしやリングベイル家丸ごと口が悪いという話かもしれないね。ちょっと納得。

 簡単に厩舎を案内をされ遠巻きに「ごゆっくり~」なんて声を掛けてくれる。

 …見た目に反して悪い人じゃないんだなって。

 ニコニコニヤニヤとしたその表情がちょっと勘に触らないでもないけれど。


 いや、あの一応デートなのでガールフレンド連れてきた~みたいに見えてるのかもしれないけれど、いや見えてるのか。


 私がしっかりしろ。

 これはデート(?)なのだから、むしろ向こうの対応の方が正しい。

 こういう場合はどうするんだ。恥ずかしそうにご挨拶だ。

 私の愛想笑いが炸裂するぞ!!

 ひとまず皆さんと距離が遠いので今はぺこりと頭を下げておくか。

 

 曲がりなりにもここは他所様のテリトリー。

 伯爵令嬢としてぼろを出すわけにはいかない。


 モブAは厩舎の軒先に備え付けられた簡易テーブルセットに私のリュックを置くとどっかりと腰を下ろし、大きくため息をついた。


「ロバート様…」

「なんだ」

「お隣、よろしいでしょうか」

「もちろんどうぞ」


 勧められるがままに私もちょこんと腰を下ろす。

 このテーブルセットは互いに向き合う形ではなく『馬』を見る形にセッティングされている。つまり壁を背にして小さなテーブルを挟んで二人で馬を見る。


 そう、眼前には洗い場。

 今さっき洗われたばかりなのか、栗毛の馬が良い感じで干されている。

 ぽかぽかとした日差しの下とても眠たそうだ。


 なんて平和な光景! 心がやすまりますね!


「……」

「……」


 競馬場って聞いたけど、森林浴をしている気分にもなるなあ、これ。

 遠くにお祭りっぽいにぎわいを感じるけれども、ここはただただ静か。聞こえるのは馬のいななきと小鳥のさえずり、葉擦れの音など。思ったより居心地は悪くない。

 

 嘘、あの遠巻きにチラチラ覗いてくる3人組は除く。


「…ダブルデートだったんですけど…」

「悪かった」


 モブAが食い気味にかぶせて謝ってきた。

 わあ、素直。

 いやまあ私も怒っている訳では無いのだけれど、単に驚いたというか。

 まさかあんな風にガチ喧嘩するとか思わなかったよ、っていうさ。


 それに、無理矢理デートに誘ったのは私だしね。


「いえ、わたくしも勉強が足りずに不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、お前は悪くない。全面的に俺が悪い」


 モブA思ったより凹んでいる。

 うん、まあたぶんあんな感じで口喧嘩になる予定では無かったんだろうなあ…本人的にも。


「どっかのタイミングで、嫌味を言ってやろうと思っていたことは事実だが、あいつは三男坊だし、そもそも今回の件にはほとんど関わってなかったんだろう。実際当惑していたしな」


 あ、うん。たしかにそんな感じだった。

 ロイド先輩のお家はたしかに大貴族で、騎士の一族としていろいろなお仕事を手掛けているとは思うけれど、馬は基本的に買う側だよね。モブAからするとお客さん側(?)っていうことになるのかなあ。


「俺がしたのはただの八つ当たりだった。お前やキャロル嬢はとんだとばっちりだったな、すまなかった。反省している」


 殊勝な声音で謝罪するモブA。

 いや待って、知ってたけどすごく人間ができているな?

 こんなに潔く謝られるとむしろ好感しかないのだけれど。

 さっきまではちょっとピリピリして怖かったけれど、もう怖くないし。

 たぶん生産者側にもいろいろあるんだろうと思うな。


「えーと、わたくしは大丈夫ですわ!…ちょっと驚いただけですし…あ、でもキャロル先輩は本当にご存じなかったと思いますので大変驚かれたと思います」

「そうだな」

「帰りにフォローいたしましょう! わたくしも一緒に謝ってさしあげますので」

「助かる」


 よし、これで解決。

 私も無理やり誘ったことだし、当初の予定はめちゃめちゃになったけど、これでチャラにしよう。

 …まてよ? チャラにするのは勿体なくないか。


「では貸しひとつにいたしましょう」

「高いな」


 そう言ってモブAは笑った。

 おお、良かった。機嫌が持ち直したかな。

 いやもうすでにモブAにはお兄様の件で頼りにしてるけど、また次もこんなことがある時は頼りにしちゃうからね!


 いつかまとめてお礼しようという気は…ある。



 というか、どんどんロイド先輩のデートイベントとかけ離れていくんですけど…? ある意味「競馬場」と聞いた当初のイメージ通りというか…、やっぱりメインヒロインじゃないとあんな風にほんわかはしないのかな~。




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