第37話 みんなパンが食べたい
「そういえばロゼッタ嬢、調理部に入部したんだって?」
月曜日、生徒会室にて。
脈絡もなく笑顔の生徒会長、アルフレート先輩に声を掛けられました、びっくり。
ていうか、この王子様はもう本当に何で知ってるの~?
情報網が秀逸過ぎて怖い。
「…まだ体験入部ですけれど、どうして知っているんですか」
「とある筋からの情報で」
デスクに肘を付き、アルフレート先輩は優雅に笑う。
怖っ!
うわあ…、とある筋ってなんだろう。学園内で密偵でも雇ってるのかしら!?
私の調査と腕の違いを見せつけられている感じがしますね~。
…最後のはひがみです、すみません。
「ところで、私は焼き立てのパンというものを食べたことがないのだけれど、とても興味があるので今度作ったら少しでいいから持ってきてくれないか」
「ええ!?」
突然の申し出!
「材料費は私が持つから」
「いや、そういう問題ではなくてですね…!?」
たしかにこの間のパンは素人の出来でも美味しかったけれど、あれは私の腕前ではなくてですね!? キャロル先輩とか調理部の皆さんのおかげです。
というか、なんで王子様が私の作った素人料理なんて欲しがるの? パン作りなんて完全なる初心者だよ!? 何のレパートリーもないよ???
「アルフレート」
「殿下」
ほらきた。
例によってお付きの二人(ユージン先輩とロイド先輩)から制止が入る。
王子を挟んで左右のデスクからばっちりなタイミングで声が揃うとか本当に統率が取れてるよねぇこの番犬。
でも、今回ばっかりは二人が正しい。
いやそりゃそうでしょ、私だってそう思うよ。
王子様の口に入るもので、ちゃんとした料理人じゃない人間が作った手作りなんて危ないよね?
…あ、でもこの王子様ゲーム内でもバレンタインとか、ヒロインからのチョコレート笑顔で貰ってたからそういうの気にしないのかも。
「いいじゃないか、学園の管理下にあるものだし、彼女が作るなら問題ないだろう? ここでいただくお茶と同じじゃないか」
「それはそうですが…」
渋るお付きの二人。
確かに私はこの生徒会室では結構な頻度でお茶を用意している。
…割と毎日。
お茶くみ要員? いえいえ、単に私が飲みたいからです。
だって生徒会室に用意されたお茶のバリエーションってとても多いし、食堂のお茶より美味しいんだもの。
たっぷりのお湯を沸かして、自分用のお茶をいれる。美味しいタイミングを逃したら茶葉がもったいないので、ついでに皆さんの分も入れる。
…なにも問題ないですよね???
ていうか、私の意見は聞かないんですかね~王子。
収奪確定? いやまあ普通に嫌だとしても断れないですけれども。
にこにこ笑顔と渋面の従者。
この図わりとよく見るなあ…。
てか王子様ってこんなカツアゲみたいなことする人だったっけ?
ゲームではもうちょっとキラキラしててTHEプリンス!って感じだったと思うのだけれども。
「あの、わたくしパン作りは素人なのですが…」
むしろパン作りが得意な令嬢の方が少ないと思う。
「いいんだ、むしろそういうのが楽しいじゃないか」
「はい?」
「君が作った、というのがポイントなんだよ」
ん? 何? どういうこと?
「焦げたパンとか、膨らまなかった固いパンとかそういうの、食べたことがないから興味がある」
「ぐっ」
なんという上げて落とす作戦、私はゲテモノ担当か?
暗に私が失敗作を作ると思っているな。くそー!
たぶん私が一人で作ったとしたら必ずその通りだよチクショウ。
そりゃあ王子様のお食事に焦げたパンとか出てくるわけないよね!! 一生無いと思うよ。
「君らも食べたことがないだろう?」
そう言ってアルフレート先輩はお付きの二人に水を向ける。
またそうやって、周りを巻き込んで私をディスるメンバーを増やさないで欲しいんですけども。
「無い」
「俺は、ある」
珍しく分かれた。
え、ロイド先輩あるの?
「訓練の一環で、キャンプに行ったときに」
「あ、なるほどね」
いわゆる野戦飯か…、それなら推して知るべし的な?
いやいや、私の料理はゲテモノとかではないんで! ちゃんとした食材使いますし! いくら失敗してもそこまで酷くはないはず。はず、…よね?
「となるとやっぱり毒味は必要だな」
うわあ毒味って言っちゃったよ。
前から思っていたんだけど、みんな私への当たり強くない? 紳士は今日はお休みですか? 私の愛想笑いがいつまでも持つと思うなよ?
「またそれだ。毒見とか、しきたりとかのせいで、私はいつも出来立て熱々のパンは食べられないんだ」
「!!」
王子様が拗ねた。
あのパーフェクト、完璧の、ロイヤルスマイルの王子様が!! パンで!
珍しいもの見た!
こんな姿はゲームでもついぞお目にかかったこと無いぞ!?
この世界の主食はパンだけど、それでもやっぱり熱々パリパリの皮は香ばしくて美味しいし、焼き立てのパンは格別だ。
たっぷりと蒸気を含んだもっちりとした生地。あれを食べられないなんてそれはちょっと可哀そうかも。
焼き立てのパンと炊き立てのほかほかご飯を食べられないのは悲劇!
「む…」
お付きの二人も微妙な顔をしている。
王子様には王子様にも苦労はあるよね。
私は今までちょっと苦手だったパーフェクト王子様にはじめて親近感を覚えたりなどした!
たしかに学園内という(王子様的に)セキュリティの緩めな今の環境であれば叶えられるささやかな願いなのかもしれない。
「あの、でも私が作ったというか、この間は大事なところは違う人が担当していて、私はパン生地をちょこっと丸めただけなのですけれど…」
そもそも私は最初から用意された生地を成形しただけで、発酵やオーブンの調整は他の人がやっていたし、部活動で作る料理は分担制だし何人かの手によって作られることは間違いない。
つまり実は私はほとんど作っていない!
「失敗、しないと思いますよ」
部活動で作る分には。
…材料ももったいないし、わざと失敗作を量産したりしないと思う。
「もちろん、美味しく食べられるならそれはそれで大歓迎さ! 失敗の話はハードルを下げたかっただけなんだ。最初から失敗するだなんて失礼なことを言ってごめんね」
あー、王子様お帰りなさい。
あざとい笑顔でさすがのフォロー。でもほかの伯爵令嬢には初手からやめたほうが良いですよ、普通に傷つくと思うんで!
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