第33話 はじめまして好きです。


 大きなカブが抜けました! はい! わたしです!


「ふぁい…」


 小枝を絡め、木の葉をまといて石畳の上にへたり込みます。

 でも大丈夫か、と問われれば大丈夫って答えちゃう。だって日本人だもの。

 なんだか視界が一回転したおかげで目がぐるぐるしてるけど。


 植木の中ってけっこう暗かったなあ…。お外まぶしい。


 いやもう正直何も考えられないです。

 自分がどんな姿勢で刺さってたのか正直分からないけど、たぶん体半分くらいは埋まってたと思う!! 何だっけあれあのホラーのやつ!! 犬〇家?

 恥ずかしいやら痛いやら、あと出場亀申し訳ないやらで全く言葉が出てこない。


 ホントこの状況どうしたらいいの!?



「ちょっと失礼しますね」


 くらげのようにふにゃふにゃな私の耳元で、鈴を振るような優しい声がした。


「え…」


 右の頬には温かい魔力。

 目の端に金色の輝き。

 するすると消えていく痛み。


 あれ、これって回復魔法!?

 …キャロル先輩!?!?


「まだ痛みますか?」

「はい? いえ! あのっ、あわわ、大丈夫です!」


 驚いて顔を上げると目の前に憧れのキャロル先輩が!!!

 金色のまつげに覆われたぱっちりとした大きな深いピンク色の瞳が私の事を心配そうに見つめいている。


 あわわわ、視界一杯に突然の美少女!!

 美しさの暴力に感動で脳が瞬間沸騰した。


 はじめまして好きです!

 いままでずっとストーキングしてましたがこんなに至近距離でお会いするのは初めてですね!!! 


 やせ我慢ではなく、本当にみるみるうちに擦り傷、刺し傷が治っていった。全然まったく本当にもう痛くない!

 ていうか目がおっきい!! 睫毛長い! 髪ふわふわ!! 天使さま!!!


 だめだ、私。

 突然の展開に全くついていけません。

 脳の処理速度が遅すぎる。


「傷は全部治ったと思うけど、どうですか?」

「あのっ、はい! ありがとうございます…もう痛くないです!」

 

 石畳にへたっていた私は、ささっと身を起こして正座する。


 さすが、聖属性特化型の回復魔法の天才!!

 魔法の腕も鮮やかで見事です。


 もはやあちこち痛すぎてどこを怪我してたかも分からなかったけれど、今は完全回復です!(精神ダメージ以外)


「よかったら、リボンも直しましょうか?」

「え?」


 リボン??

 あっ! そうか、小枝に引っかかって髪もぐしゃぐしゃだ!

 なんと伯爵令嬢にあるまじき失態!!


「…お願いします」


 絞り出すようにしてお願いする。

 キャロル先輩の手を煩わせるのは大変申し訳ないけれど、たぶん酷い状況になっているのだと思う。このままだとお部屋にも戻れない。


「はい。じゃあ一度ほどきますね」


 そう言ってキャロル先輩は私の髪をほどき、するするとキレイまとめ直してくれた。

 

 ていうかヒロインがすごくやさしい!!! 

 魔力もあったかくて優しかったけれど、手櫛で整えてくれる手つきもとっても優しかった。

 ナターリア先輩も優しいけれど、キャロル先輩もすごく優しい、好きです。


 そして気付く。


 せっかくのお二人のお忍び(?)デートだったのに、私が強烈に邪魔してしまったこと。


 うわわわわ、ホントごめんなさい!!

 

 申し訳なさに泣けてくる。

 本当に本当にこんなはずではなかったのに!!

 でも(一応)初対面だし、知らないことになってるから何も言えない~!!



「書類はこれで全部か」


 いつのまにか、私がばら撒いた書類をロイド先輩が集めてきてくれた。

 結局つかみきれずに盛大にばら撒いたからね。中庭一杯に飛んで行ったし、私が下敷きにしちゃって破けたやつもある。

 …あれは作り直しだわ。


「すみません、ご迷惑をおかけいたしました」


 私はその場に深々と土下座をした。

 穴があったら入りたいとはまさにこの状況! 

(いや嘘です、穴みたいなのにはもう入った(?)から入りたくない!)


「いや、無事ならよかった。怪我も癒えたな」


 ロイド先輩が私の前に膝をつき、傷の様子を伺った。


 凄いですね、ロイド先輩! 後輩が植え込みに刺さっても動揺の色なし!! 

 さすが紳士で優しいロイド先輩! 普通に怪我と体の心配をしてくれます。


 ぱんつの事には触れません。そうだよね…紳士だもんね! 

 確認したいけれど怖くて聞けないですね。


「はい」(精神的にはだいぶ重傷ですが)


「これは急ぎの案件か?」

「いや、あの、そのっ…」


 急ぎっていうか、単に私が仕事を片付けて、お二人の元に行きたかっただけというか…。あれ? でもむしろ現状が目的地なのでもはや目的は叶っているよね…??


 一瞬答えに詰まる。


「急ぎでは無いです…」


 うん、書類はこのまま生徒会室に持ち帰ろう。お二人の邪魔になってしまうし。

 でもせっかくのイベントだ。私はこのまま二人の様子をどこかから見ている方法は無いものか。

 そんな中、唐突に私のお腹がぐううと鳴った。


「!!?」


 うっそだろ! このタイミングでお前。

 恥さらしおかわりか!!


 目を丸くする先輩方。

 聞こえましたか、聞こえましたね?

 だってお昼だもん!


 羞恥!! もうやだ、伯爵令嬢やめたい。


 一瞬だけ正気を取り戻した私ですが、いろいろダメすぎて再び思考停止。

 いくらなんでも紳士淑女の前でこの体たらく。

 ロゼッタの評判が地に落ちちゃう!! 本気で不甲斐なくて申し訳ない。


 でもでも言い訳をするようだけどもなんだかいい匂いがするんだもん!


 目の前のリアルカップルが私を見て微笑ましく笑う。


「食うか?」

「よかったらどうぞ」


 きらきらとした二人組が何かを私に差し出した。


 食べるって何を!?


 差し出されたのはランチバスケット。

 中には焼きたてのパンとサンドイッチ。

 いい匂いの元はこれだ!

 

「!!」


 あああああ!!! 今日はランチイベントだったのか!!!!

 キャロル先輩の手作り!!


「もしよかったら、なんですが…」


 キャロル先輩がおずおずとお手拭きを差し出してくれる。

 咄嗟に受け取る私。


「あっ、素人が作ったパンなのでその…お口に合わないかもしれないのですが…」


 ここまで親切にしてくれてその発言。

 ここで断るという選択肢は無い。


「いえ、すっごく美味しそうです!! いただいてしまってもいいんですか!」


 もうだめです。

 リア充カップルまぶしすぎて流されることしかできません。


 完全に出歯亀なんですけれど、お二人が神のように優しいのでランチの仲間に入れてくれました。


 嘘みたいな展開。

 バターロール美味しいです。


 さっきまでベンチで肩を並べていた二人だったのに、三人になったのでテーブル席へを移動した。


 これ一体どういう状況なの!?

 キャロル先輩とお知り合いになりたかったのは事実だけれど、こういう展開は想定していませんでしたよ!?


 ロイド先輩がキャロル先輩に私の事を生徒会の後輩だとか仕事ができるとか、ジーク・イオリスの妹だとかと説明してくれている。


 サンドイッチ美味しいです。


 完全にキャパオーバー。途中から何を話したか全く覚えていません。



 ランチを終えて、去り際にキャロル先輩がこっそり耳打ちして教えてくれました。


「大丈夫、パンツはちょこっとしか見えませんでしたよ」


 あああああ、やっぱり見えてたんですね~~~!!!

 知りたかった情報をありがとうございます!!! 全然大丈夫じゃないけども!!

 とにもかくにも恥!!






 ****


 おまけの小話




 とある放課後、私は隣のクラスの天才ショタ魔道具師のシルヴィくんのところに来た。


「ところで、ちょっとご相談なのですが」

「うん、なあに?」


 私は今一番欲しいアイテムの相談をする。


「記憶を消す魔法道具とかってないかな?」

「…あるけど…禁止されているよ?」


 やっぱりダメか!

 何度かお話したり、お店に通ううちにシルヴィくんとは結構仲良くなったんだけど、「どんな魔道具が欲しいか」などの意見を聞かれたりしていたのでちょっと聞いてみただけです。

 あの恥ずべき出会いを一度無かったことにできないかとか思ったのだけれど専門家が言うならダメなんだろう。


「ボクは国で禁止されている魔道具は作ってないからね」


 むむむと唸るわたしに念を押すシルヴィ君。

 仲良くなるにつれ、こうやってちゃんとダメなことはダメと言ってくれる。

 彼は幼いけれど王宮お抱えの天才魔道具師だからね!


 そして年下に諭される私。

 いや、もしかしたらちょこっとだけならOKなやつとかあるのかなー?って思っただけなの。念のための確認だったの! ほんと!


 だってキャロル先輩との出会いがあれだってこの先もずっと話されたりするの辛くない?

 精神系の魔法を使えば記憶の操作もできるって教科書に書いてあったから。

 合法なゾーンあるかな?って。


「はい、すみません」


 いや、もうやめよう。

 忘れるのが一番!



 ちなみに私が開けてしまった植木の穴はモブBに頼んで塞いでもらったんだけど、たまたま側にいたモブAが聞き耳を立ててた上に爆笑したのは許さんからな。





 ****


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