第2話 夢じゃなかった


 朝、学生寮の一室。

 カーテン越しの朝の陽ざしと耳に届く小鳥たちのさえずり。

 今朝はとても早く目が覚めた。


 おはようございます。

 一晩、寝て起きたけれど私は『ロゼッタ』のままでした。


「夢じゃないのか…」


 私は目の前で自由に動く10代のピチピチの手を眺め、大きく息を吐いた。


 わたくしは、ロゼッタ・イオリス。

 ゲーム『シャインクリスタル~祈りと魔法の国』のいち登場人物。


 ベッドから体を起こして見知らぬ部屋を眺める。

 白い壁に木目調の柱と家具、窓にはシンプルなレースのカーテン。貴族の子息が生活するのに違和感のない程度の豪奢な作り。

 …ありがたいことに個室。


 デスク上のカレンダーを見れば今日は魔法学園に入学して三日目の朝。

 昨日の新入生歓迎パーティーでやらかしたことはどうやら夢ではないみたい。


(やっちまったな…)


 入学早々、あんなに大勢の人の前でやらかしてしまった。

 新入生としてのロゼッタの記憶ももちろんちゃんとある。


 昨日はホールから逃走した後、『ジークお兄様』には泣いて謝罪したものの、その後は猛烈な気まずさに襲われて夕食も取らずに自室に閉じこもってそのまま寝た。

 寝て起きたら元に戻るかと少しだけ思っていたのだけれど、そんなことはまったくなかった。

 事実、先ほどから腹の虫がくうくうと空腹であると主張している。

 こういうリアルな生理現象って現状が夢ではない事をより実感させてくるよね。


 幸いジークお兄様もそれなりのシスコンで、ロゼッタには甘々なのでなし崩しに全部許された訳だけれれども、正直今日クラスメイトに顔を合わせるのがつらい。

 絶対奇異の目で見られること間違いない。


(…ふぅ)


 頭を押さえてため息を一つ。

 しかしやってしまったことは仕方がない。

 顔も名前も覚えていないクラスメイトの事はひとまず気にしないことにして私は私の事に注力しよう。…むしろそれが一番大事だよね。



 私は身支度を整えて備え付けの鏡台に座りまじまじと己の姿を確認する。

 兄と同じ柔らかな淡いブルーの髪、きれいに切りそろえられたぱっつん前髪。縦ロールの髪をきっちりとポニーテールにしてアクセントに紫のリボン。

 黒目がちのアメジストの瞳が自分を見返していた。


「かわいい…」


 鏡に映った自分の姿に見惚れてしまう。

『え、あのウザジークにこんなに可愛い妹がいた!?!?』とゲーム中盤でプレーヤーの度肝を抜いたロゼッタだ。

 本物だ。ちなみに声もかわいいんだ。


 いや、こんなに可愛い子になれるなんてそりゃーもう人生楽しくなるだろうけども。…そういうことじゃない、ちょっと待ってほしい。


 昨日、覚醒(?)した時にあった二重人格っぽい感覚はすでになく、『ロゼッタ』の意識は感じない。

 ほぼ『私』一人だけの人格である。


 これはラノベで浴びるほど読んだ異世界転生? トリップ? 的な状況なのだろうか。

 …私ってば不慮の事故なんかにあったっけ??? 

 もちろん都合の良い神様とかにもあった記憶はないし、当然チート的な能力のプレゼントとか、転生の目的なんかも何にもされてない。


 今後の目標的なものがなんにもない。

 この冒頭のチュートリアル全スキップしちゃったみたいな唐突さなんだろう…。

 

 あらためて告白するが『私』はオタクだ。

 少女漫画も少年漫画も大好きで、ラノベもチートものやハーレム物、悪役令嬢シリーズも大好きでよく読んでいたけれど、ロゼッタは悪役令嬢という立ち位置としてはちょっと弱いし、ヒロインのライバルになるキャラでもない。いいとこ後半でストーリーの進行を進める脇役キャラだったと思う。


「うん、何にも起こらないね…」


 ゲームによくあるチュートリアルみたいに都合よくご案内キャラでも現れないかと思ったけれど、起きてからこちら不思議なことは何ひとつ起こらなかった。


 ここって精霊と魔法の世界なのだから、精霊とかが現れていろいろ説明してくれたりしてもいいのにね。


 特にこういう私が一人でいる時に…とか、物語的にはね??



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