第4話

「はははははは……」


 ベアトリスと城主である父親が笑いながら食堂に入って来たのはルイーザが食事を終えた後だった。優雅に紅茶を飲みながらアルヴォル夫人の愚痴を聞き飽きた頃のことだ。


「いつの間にか強くなったな。流石は儂の娘だ」

「いえいえ、父上にはまだまだ敵いません」

「謙遜しなくても良いぞ。ほぼ互角であったことは儂が保証しよう」

「確かに、技術面では追いついてきた実感はありましたが、やはり精神面の鍛錬がまだ甘いことを再認識いたしました」

「いつも話している通り、勝ちを意識した瞬間が一番危うい。隙が生まれ易いのだ。だからと言って安全な勝ちばかりを追求しているといつの間にか不利になっていることもある。全ては鍛錬だな」

「はい。やはり走り込んで足腰を鍛え直します」


 もう、走り込みは止めようよ。ルイーザは喉からでかかる言葉を紅茶で無理矢理に喉の奥に流し込む。このまま久しぶりの父娘の再開を楽しませても構わないと思いつつも、夫人の視線が辛い。愚痴もこれ以上聞かされるのは勘弁。本題に入る必要がある。


「ベアトリス様、例の件、如何でしたか?」

「「例の件とは?」」


 ベアトリスと城主の声が重なるハモる


 予想していたが、やはりか。とルイーザは心の中で吐き捨てる。どうせ、殴り合っているうちに楽しくなって、何のために殴り合っていたのかさっぱり忘れてしまい。お互いに疲れて殴りあうのを止めた後は恒例の闘いの反省会になって、メチャクチャ楽しくなって盛り上がって、それでお腹いっぱい。満足してしまったのだろう。


「先日のユーフインの件です」

「ユーフイン? 強いのか?」


 これはベアトリスではなく城主の言葉。親子二人で同じことを言うのか。クラクラして目が回りそうになるルイーザだが、お腹に力を入れて気合を入れる。ここで挫けては折角の温泉旅行(しかも費用は伯爵家持ち)が無くなってしまう。温泉に行って温泉まんじゅうを食べるという夢が消滅する。


「いいえ、ユーフインは土地の名前でございます。温泉があり湯治のため剣豪が集まって来ている可能性がありますので修行をしてこようかと」

「おお、ルイーザ嬢も修行をしたいかと。どれどれ、どの程度強くなったか試してみるか?」

「いえいえ、城主様に稽古をつけていただくなど恐れ多いことでございます。それに修行されるのはベアトリス様で、私は身の回りのお世話をさせて頂くだけでございます」

「何言ってるのルイーザ。最近、かなり強くなったじゃない。父上にも見てもらいなよ」


 五月蝿い黙れベアトリス様。ルイーザは再び必死にでかかった言葉を飲み込む。


「拳を交えることで語り合えるのがおとこというもの」

「済みません城主様。私は単なる女なので」

「女も語り合えるぞ」


 マジで口を閉じといてベアトリス様。ルイーザは貧乏ゆすりしてしまうのを止められない。もう、これは諦めるしか無いか。そう苛立ちマックスになり始めたルイーザに助け舟を出したのは、予想外の人物だった。


「ユーフインに行ってらっしゃいな二人で」


 城主夫人の言葉にルイーザは驚く。一番反対をすると思っていた人物からの言葉だからだ。


「その代わり、帰ってきたら付き合ってもらうことがあります。それで良ければですが」


 やはり、か。城主夫人は暴れ馬であるベアトリスに先に人参を与えることにしたのだ。お腹いっぱいになって大人しくなったところで、社交界にでも追い立てようという魂胆。ルイーザ的にはそれでオッケー。温泉旅行でゆっくりしてからその後のことを考えれば良い。それにベアトリスが無理やり結婚をさせられたとしても、それはそれでルイーザの重荷が一つ無くなるようなもの。悪いことではない。


「ズルいぞベアトリスだけ。儂も温泉で修行をしたいぞ」

「何を言ってるのですかアナタ! 城主としての立場をお忘れになったのですか!」

「いや、それでなくても、儂は最近、稽古ができておらんから体が鈍って……」

「お金がなく部下に本来の仕事ではない仕事を与えて働いてもらっているのをお忘れですか!」

「わ、わかっとるわ。言ってみただけのことよ」


 城主はそれまでの鬱憤うっぷんを晴らすかのような城主夫人の勢いに負けて言葉を失う。武芸全般、無敵のアルヴォル伯爵ではあるが、言葉の勝負では夫人に勝てそうにもない。


「ルイーザさん、お任せしてよろしい?」

「はい。誠心誠意対応させていただきます」


 ルイーザは人参を食べさせられたのは自分も一緒だな。と思いつつ城主夫人に頭を下げる。温泉旅行はちょっと役得感もあるが、その後のことを考えれば美味しいだけの話でもない。それに、三年間の学園生活のお礼の意味合いまで考えれば妥当な報酬に違いない。そうルイーザが心のなかで言い聞かせている横で、食事を終えたベアトリスが胡桃くるみを素手で割りながら食べていた。



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