第3話

 ベアトリスとルイーザがゴジャッペ城に到着したのが昨晩のこと。夜遅かったためベアトリスは自室に、ルイーザは客室にて一晩ゆっくりと休んでから城の主であるアルヴォル伯爵の元へ向かう。


 なーんで、家族なのにわざわざ謁見の間で会うのよ。とルイーザは寝ぼけながら部屋に入る。もう冬が近づいているからか、早朝の謁見の間はやたらとヒンヤリする。石畳の上にカーペットが敷かれているものの王城のように美しく敷き詰められているわけでもなく、ただ城主がいる部屋の奥まで敷かれているだけ。勿論、絵画など飾られているわけでもなく、謁見の間と名付けられている割には質素だ。


 だが、それは仕方がないこと。ゴジャッペ城は隣国との最前線にある拠点の城で、装飾など必要とされていない。それに、城主も芸術には全く興味がない。武勇でその地位を得た男で、美術も音楽も社交界も庶民並の知識しか無い。


「父上、母上、ベアトリス戻りました」


 ベアトリスが部屋に入るなり大きな声を出す。部屋の奥にいる二人に聞こえるようにとの意図だろうが、部屋の中には城主とその妻、ベアトリスとルイーザしかいない。城を守る兵士たちは、常駐しておらず城下や畑で働いている。城にいるのは執事とメイドらだが、人数が少ないのにこの大きな城での仕事は多いため、この場所には不在だ。だから、近づいて話せばいいだけなのに。とルイーザは思いながらベアトリスの後ろを歩いていると城主と夫人が立ち上がった。


「よく帰ってきたベアトリス」

「殿下とのご結婚はいつを?」


 夫人の言葉を聞いてルイーザはいぶかしむ。婚約破棄の情報は既に伝えられているはず。今更どうしてそんな話をするのか。考えをまとめようとしていると、ベアトリスが答える。


「先日、決闘しました!」

「あああ……」


 その場に崩れ落ちる夫人。その気持ちわかります。ルイーザは同情したくなる。


「当然、勝ったのだよな」


 と、これは城主の言葉。眉をしかめているが、気にしているのはそこ?


「当たり前です。殿下はもう少し本気で剣技を学ばねばなりません」

「それでは結婚は無理だな」


 ははは、と笑い合う父と娘。そして、両手を床についている母。ああ、自分はこの家に生まれなくて良かった。と再確認するルイーザ。


「残念ながら父上、王都で学べるものは無くなりました」

「ほう。王都で最強となったか?」

「いえ、騎士団長らは互角かと。ただ、彼らは修行を怠けているので、そのうち完全に追い抜けることでしょう」

「そうかそうか。やはり最強こそ人類の憧れよ」

「はい父上。今日こそ超えてみせましょうぞ!」


 ベアトリスは城主である父親との距離を瞬時に詰めて蹴りを放つ。無駄のない流れる動きに一瞬にて父親は吹き飛ばされ……ずに、弾け飛んだのはベアトリスだった。


「まだまだだな。貴族学園での修行はそんなものか」


 城主はベアトリスの動きを完全に読んでいた。城主はカカシではない。一流の武芸者。来るとわかっている攻撃に対して、攻撃を仕掛けていた。自分めがけて飛んできた足に向かって正拳を放つことで、逆にバランスを崩したベアトリスが後ろに飛ばされてしまったのだ。


「流石、父上。ですが、こんなもので終わる私ではありませぬ」

「いいぞ、来いよ」


 城主とベアトリスが戦闘を始めるのを見てルイーザは城主夫人に近づく。戦闘に巻き込まれないようにしながら、夫人に声をかける。


「多分、半刻はこのままと思われますので、朝の食事に行きませんか?」

「ルイーザちゃん。どうしてあなたという人がいながら婚約破棄など……」

「それもお話いたします故」

「納得できる話でなければ許しませんからね」

「勿論でございます」


 ルイーザは面倒臭いと思いながらも手を貸して夫人を立ち上がらせてゆっくりと謁見の間から出ていく。背後でまだ戦いが続いているようだったが、全く気にせずに朝ごはんを食べることを決意していた。


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