第2話
「結局、貴族学園で得られたものは何もなかった……」
ベアトリス・アルヴォルの言葉を聞いてルイーザ・ユクシノは全てが面倒くさそうに溜息をついた。
「どうしたのだルイーザ」
「いえ、何か感慨深げな言葉を聞いたような気がしたのですが、
「練習は大事だろう」
「いや、そうですけどね」
ルイーザは投げやりに答える。分かっていたのだ。ベアトリスと会話など通じない。興味があるのはどちらが強いか。とか、新しい技とかそんなの。同じ二十歳の貴族令嬢たちは王族や俳優らにキャーキャー黄色い歓声を上げているというのに、この伯爵令嬢とやらはそんなのには全く興味がない。
「たまには息抜きも必要じゃありませんか?」
「ん? 息抜きと?」
「そうです。体を休めることも鍛えることの一部であるかと」
「そうか。じゃあ、剣の練習はやめて走ることにするか。気持ちいいぞ走るのは」
余計なことを言った。ルイーザは心のなかで怨嗟の声を上げる。あなたは気持ちが良いのかもしれませんが、私は気持ち悪くて半刻ほど吐きましたよ。と喉からでかかる言葉を飲み込む。
「そうではございません。戦うということは必ずしも体だけではありません。見るのも練習でございます」
「なるほど。道場へ行ってみよと。そこで他の人間の練習を見ることで得られるものもあると言うことだな」
「簡単に言うとそうでございます」
「だが、既に王都の道場はすべて回り尽くしたぞ。最近では行くと睨まれるのだが」
ああっ、そうでした。見ているうちに自分もやりたくなって、相手のことをボコボコにしてしまい、見学と称していたのが実際は道場破りになっていて、いつの間にか看板がいくつも部屋に飾られていますわ。
「では、騎士団にでも……」
「あそこも、怪我人が出すぎて行きづらくなっているんだがな。団長がいれば良いんだけど、ああ見えて団長も忙しいようだし」
それはそうだ。騎士団といえども、朝から晩まで剣の練習をしているわけではない。国を守る仕事があるし、それ以外の庶務や雑務も沢山ある。花嫁修業中の伯爵令嬢ほど時間が余っているわけではない。
「やはり走るか!」
「ベアトリス様、武者修行という言葉をご存知ですか?」
「猪武者なら知っているが? あの手の武芸者を単調とか直線的と馬鹿にする向きもあるが、それは浅はかだと思う。やはり、初撃に全身全霊を集中させて攻撃してくるのは油断ままならない。ちょっとしたミスが命取りになりかねないことを忘れてはいけない」
「そんな話はしてないってベアトリス様。王都はもう相手になる人が数少ないですし、その人達もベアトリス様のことをいっつも相手にしてられないからどっか遠くに行って強い人を探しましょうって言ってるんです」
「んあ?」
ベアトリスは少し頭を傾げてからポンと手を打つ。
「流石ルイーザ。学園を主席で卒業しただけのことはある」
ベアトリスに褒められてルイーザはちっとも嬉しくない。そんなに頭を使った発言をしたわけではないのだ。寧ろ、もしかして馬鹿にされているんじゃないか。意図的でからかわれているのではないか。などと考えてしまうが、ベアトリスの何も考えていなさそうな表情を見て杞憂であることを再認識する。
「そこで、ユーフインに行ってみるのが良いと思います」
ルイーザはベアトリスが乗り気になったのを見て、話を進める。ユーフインは王都から一週間ほどの距離にある温泉地だ。そこに、強い人間がいるかどうかなんか知らない。温泉に入ってのんびりしたくなったのだ。もし、そこで修行とか練習とかさせられても体をほぐすことができると思ったのだ。
なにせ、ルイーザはベアトリスに散々、つきあわされている。今となっては、剣技もかなりのものだ。もし、ルイーザにベアトリスと同じだけの筋力があれば、互角以上に戦えるほどの腕前だ。
「ユーフインって強いのか?」
「人名ではございません。地名でござします。温泉が有名ですので、各地から有名な剣客が休養にやってくるのでございます」
ルイーザは自分が適当なことをシャーシャーと無意識のうちに言ってしまうことに少しだけ罪悪感を抱いたが、すぐにこれくらいの報酬があっても悪くはないと思い直すことにした。
「なるほどわかった。父上に頼んでみよう」
ベアトリスはレイピアを振り回してから、伯爵のもとに向かう。多分、決闘になることだろう。勝てばユーフインに行くことができるようになるはずだ。
ルイーザはベアトリスの戦闘狂は勘弁して欲しいと思っていが、この時は強くあって欲しいと願っていた。
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