六賞 偽妹誕生!

 アドプレッサが事後処理をしている間、メインクーンもその手伝いをすることになった。

 アドプレッサにしてみれば一介いっかいの冒険者を関わらせるなど不本意なことこの上なかったにちがいない。だが、とりあえずメインクーン以外、使える相手がいなかったのだ。

 使用人たちになにが起きたのか説明し、安心させ、武器をもって押し寄せた兵士たちを説得して、持ち場に帰らせる。決死の覚悟で蜂起ほうきしてやってきたのに、きてみればすべては終わった後。グラウカの首を見せられ、総領主自らの手でケリを付けられたと知った兵士たちの表情はまったく見物だった。

 事後処理に奔走ほんそうしながらメインクーンは事態をまとめていた。

 スノードロップ伯グラウカは元々の小悪党というわけではなかった。アドプレッサの父、つまり先代のエリンジウム公が健在であった頃はそれなりに真面目に領主の仕事をこなしていた。上等とまでは言えないまでもまずまずの統治者振りではあったのだ。

 『まあ、名君とか、両君なんて柄じゃないが、とくに悪辣って言うわけでもなし、領主としちゃあましな方だろうよ』

 領民たちもそう思い、グラウカの統治を受け入れていた。

 実際、グラウカは領民や商人から賄賂わいろを受け取り私腹を肥やす、と言う程度の悪事は行っていたが、とくに租税が高いというわけでもなかったし、積極的に領民を害したり、めぼしい娘を無理やり側室に仕立てあげたり、などと言うことはしなかった。だから、領民の側も、

 『まあ、少しばかり賄賂を受け取るぐらい、かわいいもんさ』

 と言う気分で、それなりにうまくやっていたのだ。

 それがかわったのはここ数年の天候不順がきっかけだった。

 もともと、北方大陸のしかも高地にあると言うことでスノードロップは気候が寒冷であり、一年の半分近くを雪に覆われていた。それが、幻想的な風景として観光地として有名になっていたわけだが、雪が多いと言うことは反面、農作物が収穫しにくい、と言うことでもある。実際、農耕はほとんど不可能であり、牧畜によって食料を得ていた。家畜を飼い、肉と乳を自分たちの食用に当て、毛皮を売る。そうすることで〝マウンド〟としての収入を得ていたのだ。

 ところがここ数年、とくに寒さが強くなり、冬は長く、夏は短くなった。そのために牧草が充分に育つことができず、貴重な家畜たちが死んでいった。

 スノードロップの民にとっては死活問題である。家畜がいなくなれば食料も、毛皮による収入も得られなくなる。観光収入もあるとは言え、それだけでは足りない。そもそも、家畜の乳も肉もないとなれば観光客相手に食事を提供することもできず、観光収入を得ることができない。よそから食料を買い込んで提供したりすれば稼いだ金は取り引きに使われ、手元にはほとんど残らない。

 『何とかしろ!』

 追い詰められた領民たちは領主であるグラウカに詰め寄った。

 とは言え、相手が天候ではグラウカどころか、どんな名君だってどうすることも出来ない。効果的な策など何も打てず、非難の声はふくれあがるばかり。しかし、ふくれあがったのは領民の不満ばかりではない。グラウカの不満もまた、ふくれあがっていた。

 天候不順も、その結果としての家畜たちの死も、共に自分の責任ではない。それなのに、領民たちは自分のせいにして抗議の声を張りあげている。

 ――理不尽じゃないか。

 グラウカは思った。

 ――自分がいままでどんなに町の発展のために尽くしてきたか。それを忘れ、一方的に責め立てるなど恩知らずもはなはだしい。

 力を合わせて苦難を乗り越えるべきときに、ひたすら自分を責め立てる領民たちの態度は、グラウカには身勝手で卑劣なものにしか思えなかった。

 ――裏切られた。

 グラウカはそう思った。

 そのことに深い恨みを抱き、復讐をはじめた。兵を動員し、領民の不平不満を抑え込む策に出たのだ。そうして、スノードロップの民はグラウカの圧政に苦しむことになる。

 ちょうどその頃、先代エリンジウム公が亡くなり、まだ年若いアドプレッサが跡を継ぐと、大それた野心を抱くようになった。

 ――おれがエリンジウム公爵家の跡目を継ぐ!

 いかにも大それたことではあったがそれが可能だと思わせるだけの条件があった。それが先代エリンジウム公の一子、アドプレッサの出生に関する疑惑だった。つまり――。

 アドプレッサは公爵家の血を引いていないのではないか?

 と、いうものだ。

 実は先代エリンジウム公は公爵家の人間ではない。もともとは騎士階級の出身であり、誠実な人柄で腕もたち、頭脳も明晰めいせき、という点が先々代のエリンジウム公に気に入られ、その娘を妻にめとる、という形で公爵家の跡目を継いだ。

 階級意識の強いヴェガにあっては騎士階級の出身者が一、二を争う大貴族の跡目を継ぐ、というだけで、もう充分に腹立たしい。さらに重要なのは――。

 もし、アドプレッサが正妻の子でなければアドプレッサは公爵家の血を引いていないことになる、という点だ。

 実はその疑惑はアドプレッサが生まれた頃からあった。なぜなら、誰もいつ生まれたのかを知らなかったからだ。先代エリンジウム公の妻がいつ身篭もり、いつ生んだのか、それを知る者は誰もいなかった。ある日突然、エリンジウム公の子としてアドプレッサが人々に紹介されたのだ。

 そのため、その直後から『アドプレッサは公爵家の血を引いていないのではないか。公爵がどこかの娘に生ませた不義ふぎの子なのではないか?』との憶測は飛びかっていた。

 先代エリンジウム公の妻はすでに亡く、子はアドプレッサひとり。そして、アドプレッサが先代の妻の子でなければ公爵家を継ぐ資格を失う。そうなれば公爵家は絶える。絶やさないためには誰かが継がなければならない。いったい、誰が?

 『先代の部下として、スノードロップ伯として実績を重ねたおれが跡目をついでなにが悪い!』

 グラウカはそう思ったのだ。

 身勝手で恩知らずの領民たちのことなどグラウカはとっくに相手をする気をなくしていた。こんな田舎町でこんな連中を相手にくすぶっているのはもうごめんだ。もっと出世して、もっといい暮らしをしてやるんだ!

 グラウカは大貴族とは言えないがれっきとした貴族の出。騎士と平民の間に生まれた子が公爵になりおおせるよりはよっぽとましだ――と、階級意識の高いヴェガの貴族たちは思う。そうなれば……。

 そして、アドプレッサが公爵家の血を引いていない証拠を手に入れようとした。そしてついに手に入れた。先代エリンジウム公が自分の子を生ませた町娘に対して当てた手紙を。

 その手紙を使ってアドプレッサを失脚させ、まんまと公爵家を継ぐつもりだったのだ。それと察知したアドプレッサがグラウカの口を封じるためにやってきた、というわけだった。

 「なるほど。随員ずいいんのひとりも連れてこれないわけよね」

 メインクーンは納得した。自分ひとりで秘密裏に処理しなければならないことだったわけだ。

 ところが、一足遅く、肝心の手紙はすでに発送されてしまった後だという。ヴェガきっての大貴族も抜き差しならない窮地に追い込まれたわけだ。

 ――チャンスね。

 メインクーンは心に思った。

 ――あの人には悪いけどわたしにとっては天の恵み。ものにさせてもらうわ。

 メインクーンは決意を込めて執務室に向かった。

 執務室ではアドプレッサが椅子に座り、事後処理の書類仕事を行なっていた。なかに入り、報告する。

 「というわけで、こっちは一通り終わったわ」

 「そうか。ご苦労」

 アドプレッサは短く言った。まるっきり不愛想な鉄面皮だが他人の労をねぎらう程度の気遣いはあるらしい。メインクーンはそのままその場に立ち尽くしてアドプレッサを見つめていたが、青年公爵はそんなことにも気がつかいない様子で書類に没頭している。

 メインクーンは声を掛けた。

 「ねえ」

 その声にアドプレッサは驚いたように顔をあげた。まだこの場にメインクーンがいるのが意外だったらしい。

 「まだいたのか。もう用は済んだだろう。さっさと帰れ。報酬の件なら指示してある」

 「そうじゃなくて。あなた、これからどうするの? 大陸一階級意識の強いヴェガ王国。あなたのお父さんも騎士階級の出身ということでずいぶん白い目で見られていたそうじゃない」

 「……つまらんことを知っている」

 さしものアドプレッサも今回ばかりは鉄面皮を保つことは出来なかった。露骨に顔をしかめ、苦虫を一万匹ばかりまとめて噛み潰した。

 「まして、公爵家の血を継がない人間がその地位を受け継いだなんて知られたら大騒ぎよね。まあ、縛り首は免れないところでしょうね」

 「だからなんだ? おれが縛り首になるところを見物したいとでも言うのか?」

 「わたしが助けてあげると言ってるのよ」

 「なに?」

 「あなたの妹になってあげる」

 「なんだと⁉」

 「要するに、あなたの他に手紙にある子供がいればいいわけでしょう? わたしがその子になってあげるわよ。まさか、手紙に生まれた日時まで書いてはいないだろうし、ごまかせるわよ。幸い、あなたとそれほど歳もはなれていないようだし。そのかわり……」

 メインクーンはキッパリと言った。

 「わたしをエリンジウム公爵家の一員として迎え入れて」

 「なに⁉」

 「わたしは力が欲しいの。この世界を根こそぎかえるだけの力がね。そのためには大国の貴族ぐらいにはならなくちゃいけないでしょう」

 「力が欲しいだと? 冒険者風情が何を望む? 領主にでもなって一生、富貴ふうきに包まれて生きたいのか?」

 「戦争を殺すため」

 「なに?」

 アドプレッサが思わず驚くほどに真摯しんしな声と表情とでメインクーンは語った。

 「わたしは物心付いたときから母とふたり、戦火に追われて旅をしていた。ひどい旅だった。食べるものもろくにない。道ばたの雑草を食べ、水たまりの水をすすった。修道院の炊き出しにすがり、それも、スープを盛ってもらう器がなかったから、母が自分の手に盛って焼けただれた手からスープを飲ませてくれた。戦争がわたしとわたしの母を苦しめた。だから、わたしは決めた。戦争を殺す。戦争を殺してわたしとわたしの母の仇を取るってね。そのために……力がいるの」

 淡々と、決して感情を乱すことなく、メインクーンは語り続ける。その態度が逆にかの人の怒りの激しさと決意の深さとを物語っていた。

 アドプレッサはじっとメインクーンを見つめた。その目に宿る感情は明らかにいままでとはちがっていた。

 「……この戦争を起こしたのはシリウスの国王マヤカだ。マヤカを打ち倒そうとでも言うのか?」

 その言葉に――。

 メインクーンは静かにかぶりを振った。

 「戦争はマヤカの生まれる前からあったし、マヤカが死んだあとにも起こる。わたしはあくまでも『戦争そのもの』を殺したいの。『戦争を起こした誰か』ではなくてね。そのために、この世界を根こそぎ作り替える。そのためには巨大な力がいる。そういうことよ」

 「世の中を作り替えるだと? ずいぶんと大きく出たな。そんなことが本当に出来るつもりか?」

 「やる」

 キッパリと――。

 メインクーンはそう言い切った。

 「……ふん」

 アドプレッサはしばしの間、メインクーンの目をじっと見つめていた。やがて、視線をそらし、小さく答えた。

 「だめだ」

 「どうして? あなたにとっても選択の余地はないはずよ。なんとかごまかさなければ縛り首なんだから。あなたにはきょうだいが必要。わたしには貴族の名が必要。バレればふたりそろって縛り首。これほど強力な連合はないはずよ」

 「母上のことを考えろ」

 「はっ?」

 「そんな嘘を付けばお前の母上はたちまち捕らえられ、拷問にかけてでも真相をしゃべらされる。自分の野心のために母上を危険にさらすつもりか」

 その言葉にメインクーンは目をパチクリさせた。

 「なに? 他人の母親のことを心配してくれるの? 意外とやさしいのね」

 「ば、馬鹿を言うな! おれはただ、そんな嘘はすぐにバレると言っているんだ」

 「ありがとう。わたしの母を心配してくれて。それはうれしいわ。でも、だいじょうぶよ。わたしの母は絶対、安全なところにいるから」

 「お前は政敵を追い落とそうとする貴族の執念深さを知らんのだ。どこに隠れようとも必ず見付けだし、自分たちにとって都合のいい証言を引きずりだす」

 「だいじょうぶなんだって」

 「それほど自分の母親を危険にさらしたいのか」

 「もう手遅れよ。わたしの母は死んだんだから」

 「なに?」

 「一年ほど前にね。もともと、病弱でもあったから。それで、わたしは旅に出たの。戦争を殺すためにね」

 メインクーンはあっけらかんとした口調で言った。アドプレッサは決まり悪そうな表情をすると顔をそらした。押し出すように言った。

 「……兄弟や姉妹はいるのか?」

 「いないわよ。少なくとも、わたしは知らない。母から聞いたこともない」

 「……そうか」

 アドプレッサはそう言ったきり押し黙った。やがて、立ちあがった。その目にある種の決意が光っていた。

 「……たしかに、手をこまねいて縛り首になるわけにはいかんな。真相を知っているお前を野放しにするのも危険だ。よかろう。共犯に引きずり込むとしよう」

 「そうこなくちゃね」

 アドプレッサの言葉にメインクーンはうなずいて見せた。

 「そうと決まればすぐにユーコミスに戻るぞ。国王側が兵を用意する前に手を打たねばならん」

 「了解」

 メインクーンはそう言って隣に並んで歩き出す。部屋を出たところで声をかけた。

 「ねえ」

 「なんだ?」

 「ひょっとして、わたしが天涯孤独てんがいこどくって知って引き取る気になった?」

 「ば、馬鹿を言うな! 利用できるものは利用する主義だというだけだ」

 その言葉にメインクーンはわざとらしく溜め息をついた。

 「まったく。どうして人間ってこう、本心をごまかすのかしらね。面倒くさいだけでしょうに。そう言うの、ツンデレって言うんだっけ?」

 「誰がツンデレだ⁉」

 「照れなくていいわよ。ツンデレって人気だそうじゃない。とにかく、これからよろしくね、お兄ちゃん」

 「お兄ちゃんはよせ!」

 惨劇さんげきのあったばかりの領主の館に――。

 白皙はくせき貴公子きこうしの叫びが満ちたのだった。


               第一話完

               第二話につづく

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