第36話 度し難い真実、崩壊の始まり

 夜明けがもう少しと迫る中、本部を襲撃した俺はある場所に向けて一点に駆けていた。

 ハロさんからの言及を頼りに集会所へと足を早めていく。


 目的は決まっている。脳に蠢いていた理性を振り払い、真っ直ぐな気持ちでいる。    

 息を切らしながら進むと夜明け前から異様なほどに騒がしい紹介所へと到着した。


 内容は聞かずとも分かる。

 深呼吸をすると俺は勢いよく集会所の扉を蹴破った。


「「「「ッ!?」」」」


 扉付近にいた冒険者が一斉に何事かと振り返り、俺の顔を見た途端、まるで死神を見るような目線を向ける。


「なっ……お前は……!」


 こいつらに用はない。

 密集している冒険者を掻き分ける為に強引に拳を叩き込んで奥へと進んでいく。


「な、何だ!? ぐあっ!?」


「お前はッ! ぶぐっ!?」


 拳には殴った際の返り血が飛び散る。

 俺はそれを拭うことなく、通路の邪魔をする冒険者を無作為に退けていく。


 すると突然、冒険者達が脇へと退き始め道が出来上がる。

 奥に見えるのはギルド運営の幹部、リシャルやアストル、そしてステラさんだった。


「……ここに乗り込んで来るとはね、マックス君」


 彼女らへと歩を進める俺に向けてステラさんはいつも通りの微笑を向ける。

 周りの者は困惑したような表情を浮かべながら、武器に手を掛け、魔法陣を敷くがステラさんはそれを咎めた。


 辺りを一回見回すと、俺はゆっくりと彼女に向けて口を開いた。


「いきなりの来訪申し訳ありません、ステラさん」


 その言葉にステラさんは穏やかながら突き放すような冷たい言葉で答える。


「これはまた急にだね。だが残念だけどここは今の君を受け入れられる場所ではない」


「構いません。俺は許しを請えて、また冒険者として活動させてくれなんて事を願いに来たわけではありませんから」


「なら何故ここに来た? 君の言葉で理由を教えてくれるかな?」


 まるで子供をあやすような口調と声質で訊ねるステラさんの質問に、俺は一度目を瞑ってから答えた。


「……俺が起こしているとされる出来事は貴方も認知しているでしょう。レッド・アシアンとの関わり、蘭塔からの脱走、『アバランチ』との接触」


「そうだが、改めて周知の事実を話して君に一体何の意味があるんだい?」


「えぇそうです、表面だけで話すなら……間違いなく周知の事実でしょう」


「どういうことだい?」


「もし俺の逮捕劇、そして危険薬物のレッド・アシアンを誰かがたった一人で裏で糸を引いていると言ったらどうしますか?」


 俺の発言に周囲は少しばかりざわつき始め「何を言っているんだこいつ?」とのような声が耳に入る。 

 

 辺りの反応に見向きもせず、俺は確信へと迫る言葉を端的に述べた。

 

「ステラさん、いやステラ、だろ」


 疑問を示す「はっ……?」という言葉が冒険者達から聞こえ歪な静寂が流れる。

 数秒後、徐々に我に返り始め、俺に向けた罵声が飛び交う。


「なっ、何を言っているんだこいつは!?」


「ふざけるないきなり現れてギルドマスターを黒幕扱いするとか!」


「こいつイかれてるぜッ!」


「最低……今すぐステラ様に対するその無礼を撤回しなさい!」 


「失せろ犯罪者ッ!」

 

 怒り狂う者、呆れる者、困惑する者、周知の反応は様々だが共通して全員がステラを擁護し、俺へと嫌悪の感情をぶつける。


「マックス……いきなり君は何を言って」


「寝言は寝てから言えこの若造ッ! 一体何の根拠があってそのような事を!」


 運営側の幹部からも罵声が向けられ、アストレは優しく、リシャルは激しく、俺へと批判の声を浴びせた。


 罵詈雑言が響き渡る中、ステラ穏やかな笑みを絶やさず手を上げ周囲を黙らせる。


「あまり笑えないジョークだね。憶測というのは「私情でしかない」」


「そうでしょう?」


「ッ……」


 常日頃、口癖のように話していたステラの言葉を被せるように奪い取る。

 饒舌だった彼女は言葉を詰まらせた。


「確実なる正しい証拠、それがアンタが白黒をつけるための判断材料だ」


「何が言いたい?」


「だから見せてやるよ。アンタが黒だって確実な証拠をな」


 決意を固め、俺はある一枚の写真をステラに向けて見せびらかす。

 フェイスから何度も見させられた裏路地でのリビルとの密会写真だ。


 彼の相手はローブに身を包んでいる。

 その写真を見た途端、常に余裕を見せていた彼女の顔が一瞬だけ歪んだのを俺は見逃さなかった。


「俺の仲間が撮った裏路地でのリビルとの密会写真と思われる代物です」


「それが何だと? 写真に私は写っていないが」


「写ってない……これを見てもそんなことが言えるのか?」


 俺は写真の前で指を一度回すとフェイスが照合に使った白い魔法陣が出現する。

 ローブが粒子のように消滅を始めやがては一人の女性が姿を現す。


 長身に水色のポニーテール、見た者を魅了する端正な顔の正体はステラだった。


「「「「「えっ!?」」」」」


「何ッ!?」


「これは……」


 ローブが外れた写真を周囲に見せると冒険者は愚かリシャルやアストレなどの幹部も驚きの声を上げる。


「ある優れた情報屋によって撮られた写真だ。魔法照合による解析の結果、アンタが一致したって訳だ」


「だから何だと言うんだい? 仮にそのローブの正体が私だとしてそれが何故黒幕に繋がる? リビルと世間話をしていただけかもしれないだろう?」


「世間話をこんな誰も見ないような裏路地でしかもローブに身を包んですることか? 俺と世間話をしていた時は堂々と人前で会話していたよな?」


 相手を細胞レベルで威圧するようなプレッシャーにも動じずに彼女を追い詰める。

 俺とステラの掛け合いに誰も野次を飛ばすものはおらず、固唾を呑んでいた。


「先日、俺はリビル達『アルコバレーノ』を『アバランチ』と共に壊滅させた。その際、リビルは死に際に「誰かに依頼された」と発言した。『アバランチ』共々俺を潰そうと依頼したのはアンタだ」


 確実な証拠を持って彼女に挑む。

 私情ではない理詰めによって、だが彼女も全く引けを取ることはない。

 

「なら問おう。私が君と『アバランチ』を陥れなくてはならない理由は何だ? 意味もなく君達を潰した愉快犯とでも言うのか?」 


「いや、アンタは確かな理由を持って凶行に移った。その根拠は……アンタがレッド・アシアンの開発者であり裏組織や治安維持部隊と取り引きしているからだよ」


「「「「はぁぁぁっ!?」」」」


 俺の発言に冒険者、運営側含めて全員が驚愕し、囂囂たる声が飛び交う。

 一部は「ステラ様に何ということを! デタラメを言うな!」と騒ぎ立てていた。


「何?」 


「完全無欠の『剣聖』もミスは犯してしまうんだな。証拠を消しとけば良かったものを」


 ここからはダメ押しだ。 

 俺は懐から治安維持部隊本部から奪取した『霊峰履歴書』の書物を提示する。


「今日治安維持部隊本部から奪った産物だ。この記録媒体には過去三十年の霊峰へ向かった冒険者の履歴が記されている。結果として近年でこの場所に向かったのは三年前のアンタだけだった」


「……それが?」


「レッド・アシアンは服用することで魔力を異常発達させる効果がある。代わりに理性を失うがな。この薬の主成分の一つであるバビロンの葉は霊峰でしか採取出来ない」


 徐々に笑顔が消え始め、眉を顰めるステラへと俺は勢いよく指を差す。

 真犯人を当てている名探偵にでもなった気分だ。

 

「つまりレッド・アシアンを完成させるには霊峰へと向かわなければならない。これだけ言えば犯人は誰か一目瞭然だろ?」


「……私はただ霊峰を危険区域かどうかを調査する為に向かっただけだよ。それ以上でもそれ以下でもない」


「なら何故ほぼ同時期からレッド・アシアンが蔓延を始めた? この薬の開発レシピを作れるのは霊峰へと向かった者のみだ」


 完全に言葉を詰まらせている。

 反論出来る証拠がないんだ、トドメを刺すなら……今しかないッ!


「ステラ、アンタは霊峰への移動を禁止することで薬物の開発レシピを独占した。裏組織にレッド・アシアンのサンプルを渡し複製魔法で量産することで渡すことで代わりに多額の金、治安維持部隊には金を渡すことで自身の悪行を黙認させていた」


 言葉の剣をこれでもかと彼女に刺す。

 容赦せず、言い逃れのが出来ないほどに。


「『アバランチ』を陥れたのはレッド・アシアン根絶を掲げる奴らが邪魔だったから。そして俺を嵌めたのは世間に強烈なインパクトを与えるため。黒幕は全部お前だッ!!」


 全身全霊を込め、俺は激情を身を任せて全てを言い切った。

 緊張と興奮からか喋っていただけなのに激しく息が上がっている。

 

 俺の推理に誰もが言葉を失い、熱気的な支持者達も遂には口を噤む。

 ステラが黒幕である可能性を否定出来ず信じられないといった表情を浮かべていた。


「ここにいる全員信じられないと思っているはずだ。俺だって受け入れるのに少し時間がかかったよ」

 

 空間には度し難い静寂が流れていく。

 当の本人であるステラは……顔に両手を当てるとゆっくりと髪を掻き上げた。

 

「はぁ……治安維持部隊に消去を命じるべきだった。ここまで奴らが無能だったとわね」


「「「「ッ!?」」」」


 彼女の目に光はなかった。

 人間の皮が剥がれたような悪魔の形相。

 

 別人のように豹変した表情に周りは畏怖の感情を植え付けられる。

 それと同時に彼女自身が罪を認め、自らが黒幕であることを明かしていた。

 

「ここまでは私も予想をしていなかった。油断というのを認めざるを得ない」


「ス、ステラ貴様まさか本当に……!」


 唖然とする幹部達。

 ギルドマスターが黒幕だという事実に誰しもが唖然とする。

 思わずリシャルはステラへと驚愕混じりに近付いていく。


 だが、その時だった。


「老いぼれ、君はもう廃棄物だ」


 ズバッ__。


 肉と骨が切れるような音。

 リシャルは突如として胸元から鮮血を潮吹きのように吹き出し倒れ伏せる。

 何事かとステラを見ると彼女はいつの間にか抜剣をしており刃先には血が溢れていた。


「何っ……!?」

 

 一瞬の出来事に思考回路が追い付かない。

 目の前で起きた速すぎる惨劇に俺は何も対処が出来なかった。


「ヒッ……」


 吹き出した鮮血は数人の冒険者に返り血として防具や皮膚に飛び散る。

 誰しも思考が真っ白になる中、女性冒険者の絶叫が響き渡った。


「イヤァァァァァァァァァァァァ!!!」


 鼓膜を揺らす悲鳴。

 それを皮切りに冒険者達も現実を理解し始め混乱が一気に伝染していく。

 

「嘘だろっ!?」


「『剣聖』が……人を斬った!?」


「あ、ああぁ!」


「ス、ステラ……様」


 誰しもがステラが見せた凶行に困惑の言葉を出し、熱狂者達も絶望に満たされている。

 倒れたリシャルは虫の息で既に助かりそうにはない。

 

「ステラお前ッ!!」


 俺は即座に臨戦態勢を取り、冷静さを保っていた熟練の冒険者達やアストなどの幹部も追随するように彼女へと警戒を向けた。


 四方八方を囲まれ、逃げ出せるチャンスはない。

 詰みと言ってもいい状況だがステラは上辺だけの薄情な笑顔を見せていた。


「マックス君、荒削りだが良い推理ぶりだ。だが視野が狭いね。君も『アバランチ』も」


「何だと……?」


「『アバランチ』は無法の集団だ。どれだけ法で追い詰めようと意味がないことを私が分かっていなかったと?」


 確かに『アバランチ』は無法の集団。

 法で攻められても強引に暴力で未来を掴もうとするのが奴らだ。

 しかしそれが何だというんだ?


 この場面、全員がリシャル殺しによってステラに臨戦態勢を取っている。

 他にも『アバランチ』がいる以上、いくら『剣聖』だろうと打破できる状況じゃない。


 頭でもトチ狂ったか?

 そうも思ったが彼女は暴走してそのようなことを言っているようにも見えない。


「だから私はこう考えた。無法には……無法で挑むのがセオリーだとね。つまりこうなることは私の想定内だ」


「お前一体ッ!?」

 

 得体の知れない彼女に警戒しているとステラは懐から瓶のような物を取り出す。

 中には……赤黒い煙のような物が奇々怪々に漂っていた。


「マックス君、今から起こる出来事は全て君が真実に辿り着いたせいだよ」


 地獄へと誘うような魔物の表情を見せ、ステラは突然、瓶を地面へと叩き割った。

 中で蠢いていた煙達は煙幕のように集会所を即座に包み込む。


「ッ! 闇よ、障壁を閉ざせ! シャドウ・フィールドッ!」


 直感的に危険だと察知した俺は煙を遮断する闇属性の全方位バリアを展開する。

 どうにか奇襲を防いだものの、辺りは地獄を体現したように赤く染まっていた。

 

 数十秒後、段々と煙が晴れていき、やがては何事もなかったように消えていく。


「んだよ……コレは」


 恐る恐るバリアを解除すると周りは眠ったように全員倒れていた。

 俺と、目の前で嘲笑うように見下ろしているステラの二人を除いて。


「ステラ貴様一体何をしたッ!!」


「私は『剣聖』だ。しかし無属性を扱い枷のない戦いをする『アバランチ』複数人相手は少々分が悪い。単独で挑むというのならね」


「単独……?」


「軍隊なら別だ。一人一人の魔力が異常発達した私に従順な兵士達がいるならこの物語は逆転する」 


 彼女の着飾ったような言葉に眠る真意に俺は即座に気付く。


「魔力の異常発達……まさか今のはレッド・アシアンを!?」


「あぁそういえば君はまだ赤き悪魔の力を見たことがなかったのか。なら体感したまえ、レッド・アシアンが何なのかを」


 彼女が指を鳴らした途端、眠っていた冒険者達は一斉にゆっくりと立ち上がり始めた。

 だが……明らかに様子がおかしい、全員目の視点が定まっておらず、頬には花のような赤い紋様が浮き出ている。


「クス……リ……」


「よこせ……よこ、よこせ、よこせ」


「お……れ……たち……に……もっと……オクスリ……くださ……」


「「「「クスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリ」」」」


「ッ!?」


 壊れたように一斉に呟かれる「クスリ」という単語。

 正気を失った様子で何百人もの冒険者がまるで操られた人形のように変貌していた。


「アッハハッ、いい傀儡が出来たね」


「ステラ……お前……ッ!」


「レッド・アシアンは中毒性が高くてね。吸ってしまった者は正義の判断基準が薬を持っているか、持っていないか、となる」


 ステラは右手を天にかかげると勢いよく俺へと指を差した。

 同時に周りの冒険者達も一斉に俺へと虚ろな目を向ける。


「命令だ、目の前の男を殺しなさい。首を取った者には新しい薬を上げる」


 その言葉が終わった瞬間、周囲は「クスリ」と連呼しながら俺へと殺意を感じさせる形相で睨み始めた。


「オイオイ……嘘だろッ!?」


「さぁ、聖戦の時間だ。君はこの地獄を乗り切って私を止められるかな?」


 彼女が高らかに指を鳴らすと、冒険者達は一斉に俺へと襲いかかった。


「「「「「ア"ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」」」」」







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