第35話 審判

 その日、ギルド内は騒がしく混沌と化していた。 

 ギルド運営の命令により集会所には全ての冒険者が招集され、夜明け前だというのに場は異様な熱気に包まれている。


「おい、何なんだこんな早朝から……」


「ステラさんの命令だってよ、何かを発表するらしい」


「まだ日の出していない時にか?」


 欠伸をしながら集会場へと入る冒険者達。

 中には昨晩の酒が残っているのか二日酔い気味で気分悪そうにしている者もいた。


 戸惑いの声が交差していく。

 しかし察しのいい熟練の冒険者は聞かずとも肌で何が起こるかを察知していた。

 ヒソヒソと話している若年層に対し、中年の冒険者は言葉を開いた。


「バカだなお前ら、どうせあの件についての話に決まってるだろうよ。話が大きくなりすぎて収集も難しいな」


「あの件?」


「マックス、それだけで分かるだろう?」


「「「ッ!!」」」


 その単語が鼓膜に響いた瞬間、各々がぶち撒けていた考察は崩れ落ちる。

 同時に納得という表情を一斉に浮かべる。


 昨日から世間を騒がせているマックスの薬物関連による逮捕、及び蘭塔からの脱走。

 また『アバランチ』と結託しているとの情報もありこの国一番の注目度を集めていた。


 マックスが属していたギルド運営にも批判や不安の声が募っており、冒険者達も未曾有の事態が起きていることを自覚していた。

 

「運営も昨日からずっと会議、会議、会議で処罰の議論をしていたからな。まっ今日はその結論の発表会だろうよ」


「だが何故だ? 別に掲示板などに通達すれば良いことじゃないか? 何でワザワザ俺達を集めて」


「さぁな、でもアピールか何かだろうよ、紙の通達だけじゃ不満を抱く奴もいるだろうしな」


 各々が薄々とこれから起きる出来事に対し察していく中、集会所の奥から扉が開かれゾロゾロと運営サイドの人間が現れる。


 リシャルにアストルなどの幹部達、そしてギルドマスターである『剣聖』のステラも爽快に姿を見せた。


 冒険者達が彼女を視認した途端、自由に話していた声がピタリと止む。

 静まり返った集会所で、まず声を開いたのは初老の幹部であるリシャルだった。


「これからギルドマスターによる緊急集会を行う! 全員途中の退席はせず最後まで聞くように」


 緊張感が走る中、続いて言葉を発したのは若年の幹部であるアストルだ。

 優しい声で緊迫する空気を解いていく。


「そんなに気張らずにお聞きください。ではギルドマスターお願いします」


「ありがとうアストル」


 アストルの誘導にステラはゆっくりと壇上へと上がっていく。

 何百人もいる冒険者を一通り見回すと彼女は軽く息を吐きながらゆっくり口を開いた。


「皆、突然の招集にも関わらず集まってくれて感謝する。既に周知の事実だと思うが今回の事件についての話をさせて貰おう」


 凛とした声で語り始める彼女に対して誰もが真剣な眼差しを向ける。

 熱狂的な支持を抱く一部の者はステラの声に女神を拝むような視線を見せていた。

 

「まず初めに、これから話すことはギルド運営が確実なる証拠に基づいて判断をしたことだ。何も知らない民衆の外野の声に動かされたとは思わないで欲しい」


 その言葉を聞き、多くの冒険者は何も言わず無言を貫き耳を傾ける。

 彼女のカリスマに似たような一面が辺りを威圧し、納得させていた。


 まるで王様のような、凛としたオーラが彼ら、彼女らを魅了していた。


「今回ギルド、いやリエレル国においても五本の指に入る世間を騒がす事件が起きた。マックス・リアリズムの逮捕。赤き悪魔と言われるレッド・アシアンに関与した疑いでね」


 彼女はわざとらしい身振り手振りのオーバーな動きをしながら演説を行っていく。

 ミュージカルのような雰囲気に見る者の眠気も吹き飛んでいった。


「更には蘭塔からの脱走、そして……『アバランチ』と共謀をしていることッ! ここまでのスキャンダルとは私も思わなかった」


 『アバランチ』という言葉が発せられた瞬間、会場にも閃光のように緊張が走る。

 独自の理念の元、ゲリラ的に破壊活動を行っていくテロ組織。

 

 蘭塔での襲撃、有力チームであった『アルコバレーノ』の壊滅などの情報が出回り冒険者にも恐怖を植え付けていた。


「さて、君達はこの現実を踏まえてマックス・リアリズムにどんな気分を抱いた? 率直な感想を聞かせてほしい」


 抑揚のついた声で穏やかながらも何処か厳かな雰囲気を含んでいる。

 各々が頭の中で思考を巡らせ、下を向きながら脳内で言葉を並べていく。


 張り詰めた空気の中、初めに声を上げた男を皮切りに続々と思いが噴出していく。


「……処罰するべきだろ。『アバランチ』と手を組んでいる奴に慈悲はない」


「そうよ……そうよッ! あんな有名人気取りの犯罪者なんて潰すべきッ!」


「あいつに助けられたこともあるが、だからと言って許したらこっちが危うくなる」


「世間だって嫌悪の声上げてんだ。厳粛に対処するのが当然だろッ!」


「そもそも元からあいつは何処かムカつく部分があったんだ。罰を食らって当然だろ!」


「ギルドマスター、今すぐに処罰をッ!」


「ステラ様、崇高なるご判断をッ!」


 飛び交うのはマックス、そして『アバランチ』に対する罵詈雑言の嵐。

 不安と憤怒が混じったような声が次々と発せられ歪な熱気が場を支配する。


 何かに背中を押されたように鎖が外れた冒険者達は狂犬のように叫ぶ。

 その空気に応えるように、ステラはソッと手を上げ場を沈めた。


「ありがとう。君達の素直で本能的な言葉を聞かせてくれて」


 慈愛に満ちた表情を見せたと思うと豹変したように真剣な顔へと変貌する。


「我々ギルド運営はこの事態を重く見ている。私情なる憶測ではなく、確実なる証拠による事実に基づき決断を下そうと思う」

  

 静まり返る集会所。

 誰もが固唾を飲み込み、ステラの次の言葉を待つ。


「我々ギルド運営は冒険者であるマックス・アナリズムの資格を永久剥奪に__」


 そうステラが審判を告げ終えようとしたその時だった。

 

「な、何だ!? ぐあっ!?」


「お前はッ! ぶぐっ!?」


 打撃音と共に響く男達の痛みを表すような野太い声。

 入り口付近は騒然とした声が広がり、次々と殴られるような鈍い音が鳴り響く。


「な、何だ?」


「おい状況を説明しろッ!」


 リシャルやアストレなども異変に気付き冒険者達へと説明を求める。

 誰しもが突然の異変に狼狽する中、ステラは冷静に言葉を紡ぐ。


「リシャル、退かせろ」


「はっ?」


「冒険者を脇に退かせなさい。私からも見えるように」


「な、何をして」


「聞こえなかった?」


「ッ! ど、退け! 貴様ら全員ギルドマスターにも見えるよう脇へと退けろッ!」


 ステラの眼光に反論を殺され、リシャルは咄嗟に周りへと指示を出す。

 理解が追い付かぬままに言われるがまま冒険者達は脇へと詰めるように退いていく。


 困惑が場を支配する中、集会所の入口には一人の若い少年が立っていた。

 周りには殴られたのか数人の冒険者が血を撒き散らしながら蹲っている。


「なっ……!?」


「嘘だろッ!?」


「ヒッ!?」


 その姿を見た瞬間、ステラを除く全員が驚愕の声を上げ無意識に後退っていく。

 銀の短髪に中性的な顔立ち。黒い上着を羽織り、蒼い瞳を輝かせ周りを睨む。

  

 拳からは返り血を溢れ落ち、殺意に満たされた形相にかつての彼の姿はない。

 まるで何かが外れたような、壊れてしまったような、そんな雰囲気を纏っていた。


「……ここに乗り込んで来るとはね」


 彼の顔を見下ろし、ステラは微笑と共に静かに呟いた。


「マックス君」



 

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