第34話 赤き悪魔、青き真実

 こっから霊峰の情報を引き抜いて真実へと辿り着くッ!

 ……と意気込んだまでは良かったのだが。


「これ……全部霊峰関連の書物……?」


「俺も驚きだが、そうみたいだな」


 床にズラリと並べられた書物の数々。


 巨体を活かし、ゴッドハンドが持ってきてくれた霊峰に関する書物の数はざっと数えても五十冊以上はあった。


 しかも一つ一つが辞書かってくらい分厚い……はっきり言おう、心が折れそうだ。

 前世でもこの世界でも特に本を読む習慣がなかった俺にとってこれは地獄そのもの。


 まだ厨二病を使って戦闘していた方がそこまで頭を使わずに気が楽だった……。


「あ〜ボクそういう知的行為とか反吐が出るほどに無理だからグッドナイト〜!」


「ちょオイ!?」


 追い打ちをかけるように自分勝手なトラウマは書物を見て早々に白旗を上げ身体を寝そべり睡眠を取ってしまう。


 自由過ぎて怒る気力もなくなる……。

 無理矢理にでも起こそうとしたが「機嫌を損ねるのは危険だ」とゴッドハンドから咎められ断念する結果となった。


「はぁ……仕方がない。やるしかないか」


「夜明けまでには終わるさ。トラウマは使い物にならんし気を引き締めていこう」


「へいへい」


 ゴッドハンドの言葉に諦めた俺は霊峰についての書物を読み漁っていくことにした。

 闇魔法に書物を一気に読むなんて魔法はあって欲しかったが存在しない。


 修羅の道だが一冊一冊、俺は一文字も逃さず貪るように読み進めていく。


「えっと……これが霊峰の歴史で……こっちが霊峰でのモンスター討伐の記録……こいつらは……あーもう! 面倒臭ェェ!!」


 ナンバリングもタイトルとかもないからこそ、虱潰しの方法しかない。

 この不親切め……国家組織なら名前くらいつけとけよカスがッ!

 

「アッハッハ、もっと気楽に読めよ。後が持たないぜ?」


 そんな俺の姿を見て反対側で同じく読み漁っていたゴッドハンドは笑い声を上げる。

 殺人マシンのような見た目とは裏腹に全く音を上げず彼は黙々と書物を読んでいた。


 そのギャップに耐えられず俺は思わず彼に声をかけてしまう。


「……ずいぶんと余裕だな。そんな機械的な身なりで趣味が読書なのか?」


「小さい頃からの唯一の趣味だよ。この身体にはなりたくてなった訳じゃないがな」


「えっ?」


 その言葉に引っ掛かり……俺は捲っていたページの手を止め顔を見上げた。


「なりたくてなった訳じゃない? なんだよそれ、改造でもされたのか?」


「そうだ、元は人間の身体だったが四肢を失った際に『アバランチ』にな」


「はっ……?」


 冗談のつもりで言ったつもりだったのだがゴッドハンドから放たれたまさかの返答に俺は腑抜けた声を出してしまう。


「昔は、と言ってももう三十年も前だがお前くらいの年齢の時は俺も違う国で冒険者をやってたんだよ」


 彼から説明された経緯。

 ゴッドハンドは元々ある国のしがないルーキーの冒険者であった。

 だが高難易度のクエストの際にモンスターに襲われ重傷を負う。


 その際に四肢を失ってしまい、命は取り留めたものの冒険者としては再起不能の身体へとなってしまった……と言う。


「そんな時に助けてくれたのが『アバランチ』だったんだよ。舌を噛みちぎって自殺でもしようかと思っていた時期にな」


「じゃあアンタはその経緯を得て……『アバランチ』によって機械的でクールな身体になったと?」


「どうされたのかは覚えてない。気付いたらこうなっていた。初めは受け入れるのに時間がかかったよ。だが段々と慣れてきてな」


 そう語っていくゴッドハンドの顔は実に清々しい太陽のような笑顔だった。


「また戦える身体を授かった代わりに『アバランチ』の為に戦えと言われて。今でもそれを続けている。『アバランチ』は居場所のない、生きる意味を失った者達の最後の砦だ」 


「最後の……砦」


「トラウマだってそうだ、彼女は生まれつき倫理観が欠如しており普通の世界じゃ生きられなかった。それを掬い上げたのが『アバランチ』。他にもフェイス、お前を拾ったレイにだって何かしらの理由があってここにいる。詳しい話は知らないがな」


「……『アバランチ』って何なんだ? テロ組織なのか? 慈善の組織なのか?」


「さぁな、俺はただもう一度戦える身体をくれた組織に恩返しで動く。それだけだ」


 ゴッドハンドはそう言い残すと書物へと視線を落とす。

 俺もまた、それ以上は何も聞かず再び書物へと意識を向けた。


 正直、この世界は俺がイメージする通りの剣と魔法の異世界で特異な部分は俺が持っているソウルと厨二病だけかと思っていた。


 しかしそうではない。

 レッド・アシアンに『アバランチ』、和服に身を包むレイなど、厨二病以外にも幾つもの特異な部分が存在する。


 俺は女神スキリアに説明されて分かったつもりでいたがそうではない気がする。

 少し前までの冒険者ライフだけでは……世界のことが見えなかったのかもしれない。

    

 そう考えると無性にこの異世界についての探究心が上昇していった。

 

 今回の黒幕が明かされた後は、世界などを調べるのもありかもしれない。

 俺にとっての未来図を脳内で描きながら俺は再び本を読み漁っていく。


 数時間後。

 夜明けが迫り、そろそろ国も異変に気付き増援を送ってきそうなその時だった。


「ッ! これは……」


 無造作に書物を取りページを開くと『霊峰冒険者履歴書』と記されている。

 タイトルの上には青文字で極秘と乱雑に書かれており事の重大性を表していた。

 

 コレは……そういうことだよな?

 俺の異変に気が付いたのか、ゴッドハンド、そして眠っていたトラウマも駆け寄ってくる。


「ビンゴを当てたみたいだな」


「おっ、なになに、そこにトップシークレットが隠されているのか!」


 背中に寄りかかってくるトラウマを気にせずに俺は恐る恐るページを捲っていく。

 

 そこには霊峰でのモンスター討伐記録や冒険者達の名簿、更には現在の霊峰冒険者と思わしき人物の情報まで記されていた。


 フェイスが言っていた通り、数はかなり少なく、何十年もの履歴のはずなのだが大半は空白が占めている。


 ここから現在、存命でありつつ、ギルドが禁止令を出す前に行った人物を探り当てることが出来れば……!


「さて、真実は一体……」


 意気揚々と現代から数年前までの期間であるページを開いた。

 そして同時に、俺の思考は


「……えっ?」


 丁度、この日から三年前に霊峰へと向かったとされる履歴が一件だけ存在した。

 ギルドから禁止令を出される数日前、その前は十五年も前なので恐らくこの唯一ある履歴が正しいはず。


 記載されている人物は一人、その名前を見て……俺は思考が真っ白になった。


 どういうことだ? 何故この名前がある、一体なぜなんだ?

 あらゆる疑問が脳内を錯綜していく。心臓の鼓動は徐々に早まっていく。


「これは……」


「うっわ、エグいね〜」

 

 俺の後ろから見ていた二人も名前を視認した途端、驚きの声を上げる。

 

「何故だ……? 何で……」


 状況の整理が追いつかず頭を抱えたその時、背後から白い魔法陣が敷かれた。

 何事かと咄嗟に目を凝視すると光に包まれながら一つの人影がゆっくりと現れる。


 その正体はフェイスであり、ベストタイミングで現れた彼女は辺りを見回し、俺達が制圧に成功したことを即座に確認した。


「ッ! フェイス!」


「M少年、レイからの命令で貴方にお伝え……って何ですかその天変地異を体現したような顔は」

 

「フェイス……見てくれ」


 怪しげな顔をしながらも俺の指差す文面を覗き込む。

 すると、常に無表情だった表情が少しばかりくしゃりと歪んだ。


「なるほど……やはりですか」


「どういうことなんだ!? これは一体、な、い、どういうッ!」


「落ち着いてください。今、貴方が脳内で考えている事は正解でしょう。それを裏付けるように」


 彼女はあくまで冷静な口調で一枚の写真を取り出し提示する。

 それは前に見せられたリビルとあのローブ姿の人物が裏路地で密会を行っている写真だった。


「この写真が何なんだ?」


「レイからの助言でギルドに関係する人物とも魔法照合しろと言われましてね、まさかとは思いましたがこのような結果が」


 フェイスは慣れた手付きで写真の上に小さな白い魔法陣を出現させる。

 魔法陣を回転させるとまるでCG技術のように黒いローブが解かれていき、正体が誰なのかを表していく。

 

「なっ!?」


「これが……真実のようです。M少年」


 そう言って彼女が提示した写真を見つめ俺は言葉を失う。

 凄惨な遺体が広がる中、真実を目の当たりにし静寂が空間を支配した。


 同時に、許せないほどの怒りが心の底から急速に込み上げてくる。

 全細胞が「引導を渡せ」と叫んでいる。


「……ふざけんなよ、くそがッ!!」


「ッ! M少年まずはレイの元に戻って!」


 気付いた時には、俺は証拠となる書物を持って全速力で足を駆けていた。

 フェイスの静止も聞かず、俺はただある場所へと一直線に向かった。





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