第32話 サイコに行こうぜ

 夜風が肌を撫で、草木の揺れ音が鼓膜に入る。

 夜が明ける前に俺は足を止めることなく保管庫を目指して走り続けた。


 誰かにバレないよう忍者のように建設物の屋上を駆けていく。

 半年の冒険者生活で土地勘は備わっており数分もすれば目的地へと到着する。

 

「まさか……ここを襲う日が来るとはな」


 目の前に聳えるのは七階建ての見上げると首を痛めそうになる高さな白の建造物。

 建物の周りには馬車を止める繋ぎ場などが設置された大きな庭が広がっている。


 そう、ここが最上階に保管庫が備えられた治安維持部隊の本部だ。

 

 国家直属の組織らしく深夜も窓からは光が灯り、警護兵が巡回している。

 機密的な情報がある場所だ、二十四時間体制なのだろう。


 さて、レイの話だとここにあのイカれてる『アバランチ』の二人が来るというはずだが……辺りを見回しても気配がない。


 集合時間に近いのにまだ来てないのか? 

 そう呆れそうになったその時だった。


「ぎっくり腰キックゥゥゥ!!」


「はっ?」


 突然轟音の声が響き渡り、何事かと振り返った瞬間、腰に強烈な蹴りが叩き込まれた。


「ぐぶぁ!?」


 あまりの威力に体勢を崩し盛大に倒れる。

 何事かと視線を上げると……そこには至近距離で俺を見つめる瞳があった。


 精神をやられそうな瞳孔が開いた目。

 小柄で所謂ロリと言われそうな容姿。


「やぁやぁ、お前がマックちゃんか!」


 焦燥に満たされる俺の顔を一通り見つめると彼女は距離を取り、豪快な声を発した。


「お前……ミネルバ家で暴れていた」


「メンゴメンゴ、あの時は自己紹介を忘れてしまって、ボクの名前はトラウマ・ソード、トラウマって呼べっ!」


 そう、ミネルバ家で大暴れをし、鎖を操って殺戮を繰り返していた彼女だ。

 名前らしく危険な雰囲気を醸し出しているがよく見ると顔はとても秀麗。


 幼さは残ってはいるが同じ年代でここまで綺麗な人は前世でも見たことがない。

 俺のことを「マックちゃん」と呼ぶトラウマは傲慢な表情で見下ろしている。

 

「ウハハハッ! いいねいいね〜レイが引き入れた奴ってどんなかと思ったけど同世代のヤングじゃ〜ん! クソウケるゥゥ!!」


 ドガッ! ドガッ!


「ちょ痛い痛い痛い痛い!?」


 何だよコイツ!?

 理解が追い付かぬまま高笑いを上げながら彼女の靴が俺の腰を蹴りつけてくる。

 ヤバい……ミネルバ家の時から感じていたがやっぱりこいつヤバいッ!


 レイの嘘つきこんなのと気軽にいれる訳がねぇだろうがァァァァァァァァァ!!!

 ……と、内心絶叫をぶち撒けていた中、低音なボイスが響き渡りトラウマの首根っこを掴んだ。


「止めろ、サイコガール」


「あっちょ!?」


 そこにいたのはトラウマと同じくミネルバ家で暴れに暴れていた巨体の機械人間。

 人の域を超えた巨腕で軽くトラウマを持ち上げる。


「悪いな、ウチのサイコパスが迷惑かけて」


「アンタ……確かゴッドハンドとか」


「知ってたのか、そう俺の名前はゴッドハンド、お前がレイが直々にスカウトした存在か。まっよろしく頼むよ」


 ゴッドハンドと呼ばれる男はかなり冷静かつ穏やかでトラウマとは対を成していた。

 精神的に熟されており、大人の貫禄というものがある。


「んだよ離せやゴッドハンド!? こちとら同世代の仲間に興奮してんだよッ! テメェの脳みそにクソ入れるぞゴラァ!!」


「興奮は好きにしていいが暴力を味方にするな。レイから叱られるぞ」


「チッ……わ〜ったよ」


 彼からレイの言葉が出た瞬間、トラウマは不服そうな顔で大人しくなった。

 強引にゴッドハンドの腕を振り解くとトラウマはズカズカとこちらに近付く。


「まっよろしくな! 色々とド派手に過激にいこうぜ?」


「あ、あぁ……」


 彼女の一方的な圧に押され、差し出された手を俺はゆっくりと握った。

 幼いサイズだが力強さを感じる手が神経を伝って脳にプレッシャーを与えていく。


 異質な空気が支配する中、切り替えるようにゴッドハンドの咳払いが鳴る。


「さて、親睦は後回しだ。今はレイに言われた通り治安維持部隊本部を襲撃する」


「あそこに……黒幕に繋がっていく霊峰の履歴が?」


「そうだ、保管庫の位置は最上階、警護兵などの兵士を含めればかなりの数がいる。物量で言えば俺達の何百倍だろう」


 ゴッドハンドの言う通り、夜中だというのに警護兵だけでもかなりの数を肉眼で視認できる。


 建設物の大きさからして内部にも大勢の兵士がいるはずだ。

 数だけでいえば無理ゲーに等しい。


「だがどうするつもりだ、どうにか隠れながら保管庫へと向かうのか?」


「隠れながら? 何を言っているんだ?」


「へっ?」


「俺達はレイから隠密になんて一言も命じられてない。と言われてるんだ」


 彼のまさかの返答に俺は思わず腑抜けた声を上げてしまう。

 同時に……脳裏には一番嫌な予感が閃光のように駆け巡っていく。


「そ、それってまさか……正面突破なんて脳筋なこと……言わないよな?」


「御名答だ」


「はっ!?」


「てことで、派手の時間だぞトラウマ」


「オーケー、オーケー、そういうシンプルなシステ厶なのはボクがとてもやりやすいッ! 時代はバカ優遇社会!」


 迷言をぶち撒けながらトラウマはミネルバ家と同様、無属性の魔法陣から無数の鎖を生み出していく。

 

「おい待て!? そんな脳筋みたいな方法でいくのかよ!? もっと作戦を考えて最適解なやり方とかを議論したりとかッ!」


「時間の非効率人間だな〜マックちゃん、そんなのいらないんだよ。なくても勝てちまうからさァァァァァァ!」


「ちょ!?」


 制止の声は届くことなく……トラウマは豪快に跳躍すると付近の警護兵に向けて鎖を無作為に射出していく。


「闘争の始まりじゃァァァァァ!!!」


 複数人の警護兵の首に鎖を絡めると豪快な着地と同時に勢いよく鎖を引き戻す。


「サイコ・チェイン!」


 鎖は白く発光していき、空間を歪ませ絞り取るように頭部を空中へと切断していく。

 慈悲の欠片もない直視しづらい光景なのだが綺麗に吹き飛ぶ頭は何処か芸術的だった。

 

「な、何だ!?」


「侵入者だッ!」


「ヒィッ!?」


 瞬く間に本部は阿鼻叫喚の声が広がっていき、異常事態を告げるブザー音のような物が耳障りに鳴り響く。


「オラ、お前らもボクに続けッ!」


 自らの手で殺した警護兵に囲まれ、トラウマは満面の笑みを俺達に向けた。


「嘘だろ……!?」


「正面突破、『アバランチ』の十八番だ。分かりやすくていいだろう?」


「馬鹿すぎる……クソ馬鹿クソ……」


 トラウマによるアホみたいなやり方での襲撃を自慢げに話すゴッドハンドに俺は頭を抱えるしかなかった。


「俺達も行くぞ、保管庫に手を加えられる前に全員を叩き潰す。簡単な話だ」


「ダァァァもう! やるっきゃねぇかッ!」


 もう起こっちまったこと。

 今更文句を言おうが意味はまったくない。


 狂気にも近いイカれた勢いに身を任せ、俺はトラウマに続くよう本部へと乗り込んだ。

 

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