第31話 嵐の前の静けさ
重い足取りでミネルバ家の玄関へと近付くとそこにはレイとフェイスがいた。
至る所に散らばっていた遺体は消え、破壊されていた箇所も完全に修復されている。
「感動の再会は終わったかしら?」
「あぁ……そっちは掃除でもしてたのか?」
「ここの遺体処理と屋敷の修復をね。標的以外を巻き込んでしまった場合には誠意と陳謝を見せる。それが『アバランチ』の理念よ。清掃業者もビックリなほど綺麗でしょう?」
相変わらずの享楽的な口調でレイは壁に寄りかかりながら俺へと笑顔を振り撒く。
相手は危険人物と分かってはいるが今の俺にとっては彼女からの笑顔が癒しとなる。
「それで? 満足のいく結果になったのかしら」
「最悪の結果。ほぼ全員から罵倒されて終わった。受け入れてくれたのは二人だけ」
「ワォ、それは冷たい結末ね」
無自覚に作られていた俺の脱力した表情にピンと来たのかレイは声のトーンが少しだけ真面目になった。
「……正直こんなことになってるのが今も信じられない。戻るつもりはないが昔の幸福が恋しくなる、やり直せるなら靴を舐めてでもやり直したい」
覚悟は決めたものの、作り上げてきた関係が崩れるのは心に響く。
数日前までの幸せを思い出すと戻りたくてたまらなくなる。
有名人として油断していた時の自分に会えるのなら何度でも殴りたい。
殴って殴って「リビルに泣きつかれても見捨てろ」と唾を吐きたい。
今更何を言っても変わらない事は分かっているが言わなきゃ気が済まなかった。
窓ガラスに写る自分の顔は別人のような堕落した雰囲気を纏っている。
「ま〜ま〜そんな落ち込まないの」
ポンポンと俺の肩に手を置くとレイは上目遣いのように瞳孔が開いた目で覗き込んだ。
徐々に顔を近づけ、最終的には少し動けばキスしてしまうほどに彼女は接近する。
「後悔するくらいなら拳を握れ。今の君がするべきことは慰められることじゃない。尊厳を侮辱した相手に痛みを与えることよ」
ドスの効いた声でレイは俺の耳を越えた先の何かに話し掛けてくる。
自然と心臓の鼓動が早くなっていき、彼女から目が離せなくなる。
「もう君は元には戻れない。なら相手も同じくらい辛い目に合わせてあげるの。痛みこそ今の君にできる最良の解決方法よッ! それ以外に未来を切り開く道はない」
最後にはいつもの笑顔で締め括るとレイは近づけていた顔をコミカルに離す。
頭のおかしいことを言っているのと分かっているのだが妙に説得力なるものがあった。
そう彼女に圧倒されているとレイはパンッと話を切り替えるように手を叩き、獣耳をピョコっと動かす。
「さてマックス君、私はこれからフェイスの調査のサポートを行う。悪いけどここで一度はお別れよ」
「申し訳ありませんM少年」
「構わないが……ならどうしろと? 保管庫がある本部への襲撃は俺一人でやるのか?」
「いやいや、そんな酷なことはさせない。トラウマとゴッドハンドを同行させる」
「えっ……!?」
レイの言葉に俺は頷くのを躊躇った。
自分一人であの殺戮を繰り返していた二人と共に同行しなきゃならない。
流石にそれは……少しハードルが高い。
「あぁそんな緊張しないで。あの子達、頭のネジが少ないけど最低限の理性はあるから」
「衝動的に殺されたりしないよな?」
「アッハハハッ! 大丈夫大丈夫、気軽でいればいいの」
襲撃を起こそうとする前に気軽になんてなれる訳がないが……。
まぁ何かあったら厨二病を発動して対処すればいい。
こちとらソウルの力を持ってるんだ、『アバランチ』だろうと退けられる……はずだ。
「襲撃の開始は現時刻から三十分以内とする。それまでに治安維持部隊の保管庫がある施設に移動しなさい。遅刻は厳禁よ?」
可憐に指をさしながらウインクする彼女に「了解した」と端的に俺は受け答える。
レイ達は踵を返すとフェイスの転移魔法陣に包まれ、一瞬で姿を消した。
「……よしっ」
覚悟を決め、俺はもう関わることのないミネルバ家の玄関を開く。
レイに言われた通り、直ぐ様保管庫に向かう……その前にだ。
治安維持部隊の施設とは反対方向へと向くと俺はある場所へと歩を進めた。
開始は三十分後だ、多少寄り道したって何かを言われることはないはず。
しばらく歩くと俺にとってはお馴染みの場所へと辿り着く。
レンガ造りの五階建ての巨大な建物。看板には『冒険者ギルド/クエスト紹介所』と書かれている。
「……久しぶりな気分だ」
視線に入った途端、俺は思わずため息をついてしまった。
看板にも書かれている通り、その場所はギルド兼クエスト紹介所。
数日前まで俺がお世話になっていた場所。今はもう相反することになってしまったが。
スイングドアを開き、中へと息を殺して入ると室内は閑散としていた。
今の立場的にバレると面倒になるのでこっそり侵入したがそう発見される気配はない。
物陰越しに映った視線には深夜という事もありいつもは密集している冒険者はおらず見知らぬ受付嬢が数人ほどしかいなかった。
「しかし困ったものね、ギルドも大騒ぎ」
「私達のような受付も色々動かされて、こんな深夜までやるとか法外よ全く」
「仕方ないわ。ギルドマスターの事だし特別な手当は出してくれるわよ」
身を隠しながら息を整えていると背後のカウンター付近から受付嬢達の声が響く。
彼女達の声色を阻害する雑音がなく一字一句全てが聞こえた。
耳朶に触れたのは……悪い意味で俺自身の話であった。
「しかし、彼そんな極悪人だったかしら? まだ若いし誠実そうには見えたけど」
「甘いわね、そういう奴ほど裏では何してるか分からないのよ。男なんてそんなもの」
「あの子のせいで私達は無駄働き……たまったものじゃないわね」
「さっさと捕まって欲しいね。レッド・アシアンと関わっていた人間が今でも何処かを彷徨っているとか怖くてたまらない」
「まっそこは治安維持部隊とか、ステラさんが何とかしてくれるでしょう」
ストレスが溜まっているような声質で会話される俺への批難。
一語一句が紡がれていく毎に心が槍で抉られる罪悪感が募る中、ある言葉をきっかけに俺は動き出す。
「で、貴方はどう思うの? ハロ」
「ッ!」
ハロ、その単語が耳に触れた瞬間、俺は咄嗟的に隠していた身を乗り出し声の方向へと視線を向けた。
複数の受付嬢がいる中、カウンターの端っこで俯いている女性。
眼鏡とポニーテールが特徴のキャリアウーマン風味のイケてる美人。
冒険者としての俺にとって深く関わりのあるハロさんがそこにはいた。
俺が回り道をしてまでこの場所へ来た目的の存在でもある。
「……えっ?」
「いやだから、貴方はどう思っているのかって。個人間でも結構親交があったでしょう? あのマックスと」
リーダー格と思われる金髪縦ロールの受付嬢がハロさんへと質問を投げかける。
周りには数人の美人な取り巻きを引き連れていた。
「いやその……親しくなって何度か食事もしてたけど……別に悪い雰囲気は全くなかったというか。だから信じられなくて」
彼女の声は不思議と震えている。
その光景に良心が苛まれる。
「マックスさんが……そんなことをするかって……ずっと疑問なの。だってあの人は!」
「はいはいストップ〜めっちゃ盲目的な言い方じゃん」
横から割り込んできたのはまた別の赤髪ショートヘアの受付嬢。
彼女は腕を組み、呆れたように首を横に振った。
「仮に彼が本当に悪事を働いていたとしてもあの子がそんなことをするはずがないって思ってるんでしょ。あの子は誰よりも優しく、人のために動く人間だって。でもそれはただの自己満足じゃん。他人に自分の理想を押し付けてるだけ」
「で、でもまだ有罪と確定した訳じゃ!」
「なら何で彼は脱走したの? しかもテロ組織の『アバランチ』と共に」
「そ……それは」
「どうしても逃げなきゃいけない程に疚しいことがあったから。そうっしょ?」
どうにか反論しようと声を上げていたハロさんの言葉が詰まり始めていく。
遂には言葉を失い、ゆっくりと顔を俯かせた。
「ハロ……貴方は人が良すぎる。信じたい気持ちを否定するつもりはないけど彼はきっと黒よ。盲信的になってる」
リーダーの受付嬢はハロさんの肩に手を置き諭すような口調で語りかけていく。
「これは貴方を思っての発言よ。もう彼のことは金輪際忘れなさい。もし外部にマックスと親交があったなんて知られたら次は貴方が目の敵にされてしまうわ」
「……分かった、考えておく」
そう消え入るような声でハロさんは呟き気味に答えると、他の受付嬢はその場から姿を消した。
この場に残ったのは俺一人と彼女だけ。
そろそろ……動くか、ゆっくりと足音立てずに近付き、彼女の背後に立つ。
「こんばんはハロさん」
「えっ?」
何事かと振り返り俺の姿を視認した瞬間、彼女は口をパクパクとしながら衝撃的な表情をする。
「なっ!? マッ、マック__」
大きな声を出そうとしたハロさんを嗜めるように俺は人差し指を自分の唇に当てた。
自分なりの「静かにして欲しい」というサインに気づき、彼女は慌てて声を殺す。
辺りをキョロキョロと見回すと囁くような声でハロさんは俺へ喋りかける。
「な、何でここにいるんですか……? 一体何があってどうやって」
「すみません、ちょっと貴方には話しておくべきだと思いまして。もしいなかったら諦めたのですが……いてくれて助かりました」
「えっ?」
間近にあった椅子に俺は腰掛け、彼女も座るよう促すと戸惑いながらも応じる。
お互いの顔を見合わせる形になり、口を開いたのはハロさんからだった。
「どういう事なんですか!? 一体何があって……なぜ脱走なんて愚行を!?」
「落ち着いて、今話しますから」
抑えながらも最大限の声量でハロさんは切羽詰まった顔で俺へと問い詰めていく。
彼女の興奮を穏便に嗜めると俺はゆっくりと口を開いた。
「ハロさんには全てを伝えておくべきだと思いまして」
「全てを……?」
風の音すら聞こえないほどの静かな闇夜の中、これまでの経緯を赤裸々に明かす。
リビルに嵌められてから今に至るまで、何もかも細部に渡り語っていく。
全てを聞き終えた彼女は目を丸くし、だが何処か納得したような表情を浮かべた。
「そ、そんなリビルに嵌められたって……治安維持部隊もグルなんて……」
「もし大人しくあそこにいても俺は自白剤で中毒者にされて人生を終わっていました。生きるためには逃げるしかなかった」
「それで『アバランチ』と……?」
「えぇ、俺を嵌めた相手に一矢を報いる為に利害の一致で奴らと」
喋っていて思ったがこんな壮大な事を言われても到底信じ難い話だ。
自分がハロさんの立場だったら例え相手が大親友でも疑念を抱くと思う。
だがハロさんは少し困惑気味になった直後、安堵したような笑顔を浮かべた。
「そ、その……まだ全て理解できた訳ではありませんが、でも安心しました。マックスさんが変わってなくて」
吐息混じりの声と共に椅子の上で体育座りをしながらハロさんはゆっくり俯く。
「周りからは散々マックスさんとはもう関わるなって言われて……でもやっぱり私振り切るのが出来なくて。食事してる仲でしかないですがそんなに悪い人かって」
キレイに手入れされた爪をカリカリと弄りながら彼女は朗らかな音色を上げる。
やっぱりこの人、イカれたほどにお人好しな人だ。
「でも何でその事をわざわざ私に? も、もしかして何か協力して欲しいとか、ならできる限りのことであれば!」
「いえ、無実を証明する為の協力でここには来ていません。きっとどうやっても俺は有罪にされます」
「えっ……なら尚更何故?」
「……知ってほしかったからです。真実は一体何だったのか。世間が描いている物語は全く違うってことを。親しい人にね」
無罪を証明できなくても、せめて親しい誰かには真実を伝えておきたい。
その為に俺はここへとやってきたんだ。
そうこうしてると時計の針を見ると既にここに来て二十分が経っていた。
そろそろ行かないと不味い、音を立てずに立ち上がると背中を向きながら語りかける。
「ギルドは俺をどうするつもりですか?」
「昨日の脱走によりギルドは貴方を黒だと判定して……数時間後に行われる全冒険者を集めた緊急招集で正式に永久剥奪の処分が下されるかと」
「……そうですか」
やはりそうなったか。
予想通りの展開、もしかしたらと思ったがギルドはそこまで慈悲深くなかった。
この場所にはもう居場所はないみたいだ。
「ハロさん、一つだけお願いがあります」
「お願い?」
「これから先、俺のことを口にはしないでください。貴方にも悪影響が及ぶ。でも……例え全員が俺を極悪人と言っても心の片隅にこの出来事を覚えて欲しいです。俺の姿を。それじゃここでサヨナラです」
「なっ!? ちょ待ってマックスさん!」
「ハロー? ギルドマスターが貴方を呼んでいるわよー!」
「ッ!」
俺を引き留めようとしたその時、背後からハロさんに対する声が響き渡る。
姿は見えないが声質的にあのリーダー格の金髪ロール受付嬢であろう。
「……行ってくださいステラさんの所へ。これ以上ここにいたら怪しまれます」
そう静かに告げるもと返答を待つ前に俺は再び暗闇の中へと走り出した。
「ちょ!? マックスさんッ!!」
引き止める声が最後に響いていたが振り返ることもなく俺は目的地へと走り出した。
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