第30話 キズナノオワリ

「ロレンスさん! キウイさん!」


「「「「ッ!」」」」


 勢いよく扉を蹴破ると大きな部屋にいたミネルバ家全員が一斉に俺へ振り向く。

 特に誰か怪我している様子はない。良かった、巻き込まれた訳では無いか。


 負傷していたキウイさんにも腹部に包帯が巻かれ処置が行われている。


「マックスさん!」


「マックス様!」


 俺を視認した途端、人の波を掻き分けロレンスさんとキウイさんが俺へと走り出す。

 一瞬たりとも俺から目線を逸らさず目の前まで近付いてきた。


「お怪我はありませんか!?」


「大丈夫ですロレンスさん、無傷ですし貴方達を襲った『グラスホッパー』は壊滅させました。そちらは?」


「あっえっ……だ、大丈夫です! キウイもこの通り傷口に処置が行われて」


「それは良かった」


 緊張感から開放されたことからか、俺は自然と笑みが溢れていた。

 人の温もりみたいなのを感じれて強張っていた神経も緩くなっていく。


 するとキウイさんは俺に当然な疑問を捲し立てるような口調で投げつける。


「マ、マックスさん一体何があったのですか? 何故『アバランチ』と? 貴方に掛けられていた罪はどうなって、何でここの屋敷にいて!?」


「落ち着いてくださいキウイさん、急かさずとも全て話します」


 俺は簡潔に、だが確実に伝わるよう全員へと波乱万丈の経緯を伝えていく。

 全てを言い終え、周りの反応はというと各人各様なだった。


「『アバランチ』と手を組んでるだと……やっぱりこいつ犯罪者だッ!」


「ここから出ていけ大罪人がッ!」


 俺をまるで化け物のように見る視線と共に放たれていく感謝の言葉ではなく冷え切った言葉の数々。


 不思議な光景だ、数日前まではこの屋敷に招かれても全員が笑顔で出迎えてくれたのに、たった一回の出来事で除け者扱い。


「こ、こいつ……私の屋敷に貴様のような薬物中毒の罪人が足を踏み入れるなッ!」


 追撃するようにミネルバ家の当主であるノイズさんも俺へ卑しめる言葉を送る。


 無理もない、第三者から見れば俺は蘭塔から脱走し『アバランチ』と共力した大罪人。

 蔑む視線や言葉を送るのは人としては当然の反応だろう。


 ボルテージが上がっていき「出ていけ」というコールが大きくなっていく。


「この痴れ者がッ!」


 そんな時、罵声の嵐を一蹴するようにロレンスさんがドスの効いた声を荒げる。

 浮かべている表情は強張っており憤怒という言葉を体現していた。


 お嬢様らしからぬ彼女の豹変に周りも威圧され押し黙り居心地の悪い静寂が訪れる。


「何故そんな度し難いことを平然と言えるの……これは明らかに不当な仕打ち! 彼は命懸けで私達を助けてくれた恩人よ! それを大罪人と罵るなんて……人の心はないというの貴方達にはッ!」


「し、しかしロレンス奴は治安維持部隊に」


「しかしじゃないッ! お父様、助けてくれた者の恩を仇で返すことが貴族としてのあり方だと言うのですか! それが正義というのなら私はクソ喰らえよッ!」


「なっ!?」


 彼女の誠実さとはかけ離れた過激な口調にノイズさんも押されていく。

 元々感情豊かな人だとは認知していたがここまで激情的だとは思ってなかった。


 周りも初めて怒り狂う剣幕を見たのか、全員が萎縮しキウイさんも肝を潰す。


「お、お嬢様……」


「キウイ……ごめんなさい、感情を爆発させるのは良くないって知ってる。でもそうでもしないと抑えられない! マックスさんは恩人であり友人でもある大切な存在! それを傷つける者は例え家族であろうと許せな」


「ロレンスさん」


 上がり続ける彼女のボルテージに冷ますように腕で彼女の口を遮る。

 自分を擁護してくれるのは嬉しいが……これ以上ロレンスさんに感情を爆発させるのは忍びない。


「もういいです、俺は別に潔白を証明するためにここに来たわけではありませんから」


「で、ですがマックスさんいくらなんでもこの非道な扱いは!」


「いいんです、俺はもう慕われていた時の自分に戻るつもりはありませんから」


 どうにかロレンスさんを諭していき、俺は懐からミネルバ家の白金貨を取り出し彼女の手のひらにそっと置く。


「えっ?」


「これは返します。今の俺にはもう必要のないものですから」


「なっ!? そんな何故ですか、これは貴方への敬意を示す為の証として前にお渡しをして!」


「その敬意を受け取る資格は……もうありません。そちらの由緒正しきブランドを俺が汚す訳にはいかない」


 初めて出会った時に報酬代わりに渡されたミネルバ家の白金貨。

 これのお陰で難を逃れたことは何度もあった。


 スキルラ村の件もそう、この白金貨があったことで相手からの信頼を得られたのは幾度となくある。

 

 だがもう必要性はない。


「そ、そんなマックス様!」


 一歩も退こうとしない彼女に俺はキウイさんに協力を促す目線を向ける。


「キウイさん、彼女をお願いします」


「本当に……宜しいのですか?」


「はい、覚悟の上でそれを返却します」


「……分かりました、お嬢様こちらに」


 自分の意思を汲み取り、理解してくれたのか彼女はやや強引にロレンスさんを俺から引き離していく。

 

「離してキウイ! まだ話はッ!」


「お嬢様、お気持ちは察しております。ですがここは抑えてください。ここでお嬢様に暴れられてはマックスさんの想いを無下にする行為です」


「ッ……」


 キウイさんの言葉にハッとし不服ながらもロレンスさんは大人しくなっていく。

 異質な空気に包まれる中、俺は周りをじっくりと見回し深く頭を下げた。


「皆さん、お世話になりました」 


 その行動に周囲はざわついていくが俺は気にせず頭を上げると言葉を紡いでいく。


「今の俺に何を言われても嬉しくはないと思いますが……それでも俺を屋敷に招いてくれて楽しい時間を下さったことに感謝しています。そしてどうかロレンスさんを悪く思わないでください。全ては俺の責任。金輪際、ミネルバ家とは関わらないことを約束します」


「なっマックス様そんな!?」


「では失礼します」


 引き留めようとするロレンスさんの声を振り切り、俺は扉に手をかけ外に出るとそのまま屋敷から離れていった。


 後ろからは何か叫び声が聞こえるが、それは無視して歩き続ける。

 これで良かった、そう強く心に念じて俺はミネルバ家との関係を終焉させた。







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