第29話 真夜中聖域闘争
狂気が支配してたミネルバ家の屋敷。
今でも『アバランチ』のトラウマとゴッドハンドの二人が殺戮を繰り出しているのか悲鳴がわんさか聞こえる。
阿鼻叫喚の光景が広がる二階を尻目に俺とレイは屋敷を下り、シャラルを追っている。
隙かさず階段を下りるとそこには今にも抜け出そうと屋敷の玄関に近付いているシャラルの姿があった。
「逃がすかッ!」
考えるよりも先に身体が動き、俺は慣れた手付きで闇の魔法陣を出現させ厨二病を発動する。
「我が漆黒の闇よ、俗物を逃すなッ! ダークネス・プリズン!」
上級魔法の詠唱を終えるとシャラル達と俺を囲むように黒い檻が地面から現れる。
あと少しで逃れられる希望を封じられた事に彼は驚きの声を上げ足を止めた。
「何ッ!?」
「逃さねぇぞ、絶対に」
「クッ……ダークネス・プリズンか、こんな上級の闇魔法も簡単に扱えるとは」
蹴っても殴ってもビクともしない闇魔法にシャラルは諦めたような顔を浮かべ、同時に覚悟を決めたような顔を見せる。
「クッソタレが、お前ら行けッ!」
残されている存命の仲間に命令を行い『グラスホッパー』達は無我夢中で一斉に俺達へと武器や魔法を向けた。
「マックス君、君はリーダーを仕留めろ、活路は私が切り開く」
そう言うとレイは一番に迫っていた男の顔をガシッと鷲掴む。
どれだけ動こうと外れない枠を超えた腕力で相手を固定し魔法陣を発生させる。
「武具生成、健康不良男子・聖域銃」
詠唱を終えるとメキメキと音を響かせながら男の身体があり得ない動きをしていく。
「ギィィィィィィィィィィッ!!!」
奇声を発しながら身体のあらゆる箇所がネジ曲がり男はあっという間に絶命。
もはや人としての姿はなくなりやがて肉と骨で作られた一丁の銃が生成された。
銃身は長く、禍々しい銃口からはポタポタと赤黒い血液が零れ落ちている。
「美しい見た目ね」
凛々しい笑顔を見せた後、彼女は躊躇なくその男だったものから発砲。
骨の銃弾が発射されると他の奴らの心臓を貫通していき、次々と撃ち抜いていく。
「さぁ行きなさい、華は貴方に持たせてあげるよ」
レイに背中を後押しされ、俺は冷や汗をかくシャラルの前へと豪快に立った。
ジワジワと彼は後ずさっていくがやがては壁へと到達し逃れる術を完全に失う。
「そっちから仕掛けた事だ、逆にやられる覚悟はちゃんとあるよな?」
闇の魔法陣を出現させ、臨戦態勢を取る。
「チッ……腐りきった英雄がッ!」
悪態を吐くシャラルは両手に土の魔法陣を出現させ真っ向から闘争を仕掛ける。
魔法陣を纏わせた拳を真下に置くと地面からは無数の土の柱が現れていく。
「アース・クライ!」
鋭利な土の柱は俺へと向けられ、詠唱が終わると一斉に射出された。
「無駄だ」
迫る殺意に動じず、冷静に厨二病を発動させ俺は右手に魔力を集中させる。
「純粋なる闇よ、美しき聖域を穢す愚者を喰らえ、ダーク・ドライヴ・ログロレス」
エネルギーを凝縮した闇のレーザーが放たれ不規則な軌道を描き柱を一撃で粉砕した。
間髪入れず砕け散る土の柱を駆け抜いていきシャラルへとゼロ距離に迫る。
「ッ! ロック・スピア!」
咄嵯にシャラルは魔法陣から土製の槍を生み出し、刺しかかろうと鋭利な先端を振り下ろす。
身体を拗らせ派手に回避すると俺は宙を舞いながら新たな魔法の詠唱を放つ。
「シャドウ・ハイ・ブレードッ!」
アトム・スマッシャーを仕留めた長剣を漆黒の魔法陣から取り出し、右手に持ち替えると土の槍を真っ二つに両断する。
「我が神聖なる力を持ってアンノウンに塗れた道を切り拓け、ダーク・ブラスト!」
衝撃波を与え吹き飛ばす闇の中級魔法。
追撃するように身体を回転させ、左腕に纏わせた漆黒の波動をシャラルの腹部へと叩き込む……!
「ごはぁっ!?」
「貴様に聞かせる神託など……ない」
苦痛を感じさせる嗚咽を吐くとシャラルは勢いよく壁へと激突した。
これ以上反抗する残滓が消え腹部を抑えながらスルリと地面へ倒れ込む。
魔力を抑えたことで力を失っているだけで絶命している訳ではない。
レイに言われた通り、生かしたまま無力化することが出来た。
「ベストな……倒し方だろ」
自分の見てぬ間に『グラスホッパー』立ちを全滅させていたレイに顔を向ける。
俺の視線に気付いたのか彼女はゆっくりと顔を上げると満足げな表情を見せた。
「喋るくらいには余裕を持たせてる。問いただすなら今の内だぞ」
「上出来、トラウマやゴッドハンドじゃこうも精密にはいかないわね」
よくやったとばかりに俺の肩を軽くポンポンと叩くと倒れるシャラルの前へとしゃがみ込んだ。
「ハッ……ハハッ……こうも一方的にやられると……馬鹿馬鹿しくなるな」
観念したような笑みを浮かべ、血反吐を蒔き散らしながらシャラルはレイを見つめる。
リビルのように命乞いはせず潔く負けを認め肝が据わった態度を彼は取り続ける。
無実の貴族を狙ったクズに変わりはないが何処か情を抱ける男だった。
「一体『アバランチ』が何のつもりだ……? またお得意の偽善ぶった理念とやらで俺等を潰しにきたのか?」
「君に聞きたいことはただ一つだけ、レッド・アシアンについてよ」
憎まれ口を叩くシャラルを無視し、レイは端的に要求を口に開いていく。
レッド・アシアンの名を聞くとシャラルの顔色が変わった。
「例の薬の製造元、開発者を教えなさい、黙秘権はないと思った方がいい」
そう言いながらレイは慣れた手付きで彼のおでこに手を置く。
きっと回答を拒めば用無しと判断し、この男も武器などにして殺すつもりなのだろう。
シャラルも察したのかレイが持つ健康不良男子・聖域銃を見つめた。
「……一人さ」
「一人?」
「レッド・アシアンを作っているのは……いや開発の知識を有しているのはたった一人だ。俺達のような組織はそいつから試作品を貰い複製魔法をして売り捌いている」
「つまり君達は製造方法が不明な薬のサンプルを渡されて複製を施すことでビジネスを作り上げていると?」
彼女の質問にシャラルは小さくにやつく。
「簡単な商売だよ。何だって俺達は既に完成された薬を複製するだけでいいんだからな。売上金の半分を奴に渡す代わりに俺達はこの国でビジネスを作れる。アッハハハッ!」
壊れたように笑い新たな事情を口にするシャラルに俺は愚か、レイも少しばかり目が開き驚いた顔を浮かべた。
そりゃそうだ、開発方法が一人だけしか分からないなんて俺も予想していない。
「あ〜あ……ここで貴族から金奪って活動範囲広げようとしたのに……却ってお陀仏になっちまうとはな、笑える」
全員が遺体となって壊滅した『グラスホッパー』の面々を見つめ諦めたように天を仰ぐと乾いた笑顔がこぼれていく。
「精々……苦労するがいいさ。偽善被りのテロリストさんよォ……!」
そして次の瞬間、挑発じみた言葉を吐くと彼は先程の折れた土の槍の先端を喉に突き刺した。
「なっ!?」
思考が直ぐに纏まらなかった。
突然の自死行為に対応が追い付かず首からはドクドクと鮮血が流れていく。
数秒もすれば血管は青ざめていきシャラルは白目を向いて脱力していった。
「……自殺か。少し油断していたわね」
「お、おいレイ!? 早く回復させねぇとまだ情報がッ!」
「無駄よ、動脈が派手に切り裂かれてる。処置した所で何もならない。使えない男、せめて相手の名前くらい言いなさいっての」
目の前で消えた命を弔う気もなく、彼女は自死を選んだシャラルの顔面を踏みつける。
レイの顔は不服そうに歪んでいた。
「まぁいい、とりあえず発明者が一人であり開発レシピを独占して裏組織と手を組んでいることは分かったわ」
「そいつが『アルコバレーノ』にけしかけて俺を嵌めたとでも?」
「恐らくは「確実にそうです」」
「「ん?」」
レイの言葉に被さった言葉。
聞き覚えのある声色が響き、何事かと声の方向へと目をやると地面に大きな白い魔法陣が敷かれていた。
何事かと目を凝視していると光と共に一人の少女が現れる。
「ッ! フェイス!?」
その正体は『アバランチ』の情報屋であるフェイスだった。
寝癖が立ってるツインテールの髪を弄り眠たそうな顔でこちらを見つめる。
「こんばんはM少年、お努めご苦労」
「なっ……何でここに?」
「貴方達がここでドンパチやってる中、私も個別に色々調べていたのでその報告にと。動くのは面倒なんで転移魔法を使いました」
後から分かったが転移魔法は闇だけでなく全属性に付与されている上級クラスの魔法。
ソウルの恩恵がある俺は当然出来るが一般的に転移が使える者は全くいなかった。
そんな高度技術をさも簡単に使って……情報屋だというのに、魔法も強いのか。
「タイミングが完璧ね、それで断言した理由は何なのかしら?」
そう畏怖を覚えているとレイは彼女の来訪に上機嫌な雰囲気へと元に戻る。
フェイスは魔法陣から一枚の写真を出現させると俺達へと提示した。
場所はリエレル内にある汚い裏路地。
そこには今は亡きリビルともう一つの人影が退治していた。
黒いローブに身を包んでおりこの写真だけでは身元の判別がつかない。
「時間は現在から一週間前の深夜、身元は不明ですがリビルとこの人物が極秘裏に接触している写真を獲得しましてね徹夜で。あぁ眠い眠い、早く寝たい」
「これが……だが何でこのローブの奴が開発者と一致していると?」
「この人物とレッド・アシアンに関わっている裏組織、治安維持部隊所属の全員と骨格や体格を魔法照合しましたがどれも不一致でした」
「それって何処にも属していない、つまりレッド・アシアンに関わるどの組織とも距離を空けている人物……そいつが発明者と?」
「発明者は開発レシピを一人で独占しています。距離を取るのはその心情の表れかと」
「だがそいつとこのローブ人間が何故同一だと言えるんだ?」
俺の疑問にフェイスはコミカルな動きで俺を指差す。
「リビルの発言を思い出してください。彼は貴方を陥れる口実で『アバランチ』を使用しました。リビル自身はこのローブの人物に依頼をされて行った。私達はレッド・アシアンの根絶に動いている。つまりは?」
「……依頼した人物はレッド・アシアンを潰そうとする『アバランチ』が邪魔だった。だから一致していると?」
「御名答。随分と傲慢な犯人だこと」
その答えに無表情のままフェイスは軽快に指を鳴らした。
「それともう一つ、新情報が」
間髪入れずフェイスはゴスロリの奇抜な服からノートサイズほどの書類を取り出す。
おびただしいく文章が書かれており見るだけで頭が眩んでくる。
タイトルには……『レッド・アシアン成分表』と記されていた。
「何だこれ成分表?」
「政府から奪取出来たレッド・アシアンの解析書です。ここだけを見て下さい。それ以外はどうでもいい」
色白の細長い指で差した位置。
ビッシリとレッド・アシアンの成分が記載されてる中、彼女が注目しろとした箇所にはバビロンの葉と書かれていた。
「バビロンの葉? 聞いたことないが」
「聞かなくて当然です。何故ならこれは現在では採取不可能の材料なのですから」
「採取不可能!?」
立て続けに告げられる新事実に理解が追い付かないが……フェイスの説明はこうだ。
バビロンの葉は霊峰と呼ばれる超上級難易度エリアのみに生えている樹葉。
元々挑戦する冒険者自体、滅多にいなかったが現在は三年前にギルド全体の意向により立入禁止区域とされている。
理由としては同時期に流行が始まった危険薬物レッド・アシアンの原材料が取れてしまうことが主な要因らしい。
「それってつまり……発明者は霊峰って場所に行ったことがある奴になると?」
「禁止になる前にです。推測するに発明者はベテランの冒険者。霊峰は超高難度エリアとされ挑んだ冒険者が非常に少ない。過去のギルドの受注履歴が手に入れば簡単に黒幕を火炙りに出来るでしょう」
「それは今どこに?」
「この国の決まりでは一年を過ぎたギルドの受注履歴は治安維持部隊に譲渡し保管します。つまり今は奴らの本部の保管庫にある」
「治安維持部隊が!? ってまさか……今度はそこに殴り込んで奪えと?」
俺の質問にフェイスは当然とばかりの顔で首を縦に振る。
マジか……今度は国直属の警察に喧嘩を売るつもりかよ。
いやブランドと金の為に無罪の奴を陥れようとするクズな奴らだ。
寧ろ俺は治安維持部隊によって立場を潰された。復讐するにはいい機会かもしれない。
そう考えると気が楽になっていく。
「既に『アバランチ』はここまで目立つ抗争を行いました。相手が動く前に私達も一気に動く。襲撃は数十分後には始めるべきかと」
「ベストな時間ね、ちょうどトラウマ達も残滅が終わったようだし」
レイの言葉に上の階から聞こえていた悲鳴も全くしなくなっていたことに気付く。
あのぶっ飛んでいる二人も一人残らず殺したんだろう。
直ぐにも次のフェイズへと動こうとする彼女に対し、俺は咄嗟に声を掛けた。
「待てッ! お願いがある」
「願い?」
「……少しだけ話をさせてくれミネルバ家の人達と。数分で終わる」
「あぁ、そういえば知り合いとか言ってたわね。まっ長話じゃないなら好きにしなさい」
「恩に着る!」
一悶着あると思ったが意外にもレイはあっさりと俺の懇願を承認してくれた。
彼女の慈悲に甘え、俺はミネルバ家が避難している部屋へと足を動かす。
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