第28話 トラウマ・ソード/ゴッドハンド
丁度時計の針が頂点をさした深夜。
歓楽街の喧騒は消え、漆黒の静寂が辺りを包み始める。
数メートル先も見えないような中、レイに連れられ、俺は付近の高い建設物からミネルバ家の屋敷を見下ろしていた。
窓からは光の具合で様子が見えないが悲鳴に似た複数の声が聞こえ只ならない状況だと言うことは理解できる。
一部の壁は爆発したように木っ端微塵に破壊されていた。
「チッ、襲撃は本当だったのか……!」
「ウチの情報屋を舐めてもらっちゃ困る、あの娘の言葉は未来予知と同等よ」
「しかし流石にもういいだろ? ミネルバ家襲撃を『グラスホッパー』が仕掛けた。俺らが動いても問題はないはずだ」
「そうね、これで大義名分は完成された。それじゃ、派手に行ってきなさい」
「えっ?」
その言葉を理解する間もなく、いきなり俺はレイに勢いよく蹴飛ばされた。
建築物からは足を崩し、真っ逆さまに落下していく。
「救いのヒーローらしく、決めてみな?」
「嘘だろォォォォ!?」
あの女、正気か!?
地面へと落ちていく最中、視界の端に映るレイは楽しげな笑みを浮かべながら手を振っていた。
不味い、このままじゃ助けるとか以前に俺が死んじまう。
「チッ……! 我が漆黒の闇よ、無垢なる者の救済の為、聖なる道を作り給え、シャドウ・モビリティ!」
間一髪の所で厨二病を一時的に発動すると魔法陣からグラップルガンを取り出す。
歪な形をしたアンカーを射出し屋敷の壁へとめり込ませる。
「男は……度胸ッ!」
伸びた黒鉄のワイヤーを振り子のように利用し、俺は付近の窓ガラスへと勢いよく蹴りと共に突入する。
バリンッという音を盛大に鳴らし、数人の男女を蹴飛ばして何とか着地を成功させた。
足には痛みが走る……だがそんな事に苦しんでる暇はない。
目の先にはフェイスの写真で視認した通りの男、『グラスホッパー』の面々とそのリーダー、デュラ・シャラル。
振り返れば、守らなくてはならない存在のロレンスさんとキウイさん、ミネルバ家の当主や使用人達。
更に奥には『グラスホッパー』と思われる野蛮な雰囲気の奴らが位置していた。
「大丈夫ですか? ロレンスさん」
自分が思う一番優しい笑顔で問いかけるとロレンスさんは「マックス様……!」と目を綺羅びやかせた。
「何だと!?」
「マックス!?」
「馬鹿な蘭塔にいるんじゃねぇのかッ!」
突然の来訪者に『グラスホッパー』のメンバーは驚きを隠せず、動きが止まる。
まるで俺を亡霊とでも思っているかのような不愉快な視線だった。
「よっと」
俺に続くようにレイも相変わらずの異常な身体能力で壊れた窓から華麗に着地する。
和装が特徴的な彼女が現れた途端、場内はよりパニックへと変貌していく。
「『アバランチ』!?」
「クソっ、何でこいつらがッ!」
『アルコバレーノ』と同じく、視認しただけで畏怖する『グラスホッパー』の面々。
「ヒッ!?」
「テロ組織が何故……!」
「な、何なんだ!?」
「マックス様、何故『アバランチ』と!?」
その歓迎されない視線はミネルバ家からも同様で使用人達や当主のノイズ、キウイさんやロレンスさんもドン引きしていた。
どんな立場でも『アバランチ』という組織が恐れられてるのに変わりはないらしい。
何処にも属さず場を混乱させる第三勢力というのはこういう事を言うのか。
「キウイさん、ロレンスさん達を安全な部屋に。絶対に外に出ないで」
「えっ?」
「いいから早くッ!」
「は、はい! お嬢様、皆さんこちらに」
夢見心地のような顔だったキウイさんは俺の言葉にハッとし、ロレンスさん達を付近の部屋内へと誘導していく。
これでとりあえずは安心だろう。
「堕ちた英雄とテロ組織の一人……一体どんな風の吹き回しだ? お前らも成金から宝を奪いにでも来たのか?」
場の空気を変えようと、リーダーであるデュラ・シャラルは挑発するように言う。
周りはたじろいでいる中、彼は肝が据わっており冷静さがあった。
「たかだか金に興味はない。私達は君に用があって来たの」
「そいつは……セクシーな内容だな」
「残念、でもロマンチックじゃない。まっ簡潔に言えば君らを嬲りに来た」
指でVサインを作り相手の目を指す挑発的なハンドサインでレイは応える。
彼女の「嬲る」宣言に『グラスホッパー』達の額からは冷や汗が溢れていく。
「世紀の犯罪者集団が俺達を……か、運命というのは実に奇想天外だな」
不敵な表情を見せるとシャラルは指を鳴らし、全員が蝗害のように広がっていく。
「こっちも商売が掛かってんだ。暴力で解決させてもらうぞ……!」
四方八方『グラスホッパー』の敵達。
全員が武器を取り、魔法陣を出し、いつでも攻撃出来るように俺達を囲む。
俺はレイと背中合わせになり、全方位へと警戒の目を向けた。
「どうするレイ、相手は百人以上だぞ。二人だけで無力化出来るか?」
「二人? いつ私が君と二人だけでやると言ったのかしら?」
「えっ」
「『アバランチ』はまだいる。ちょっと耳を塞いでなさい。鼓膜破れるわよ」
「こ、鼓膜って__」
疑問を抱きながらも細長い指で耳を塞いだその時だった。
突如として上空から轟音が鳴り響くと同時に巨大な影が俺の視界を覆う。
「うぉっ!?」
その正体に俺は驚愕するしかなかった。
埃を盛大に上げ、目の前に現れたのは三メートルはありそうなほどの存在。
巨大な図体は相手を一瞬で威圧し全身がサイボーグのような鉄製で作られている。
まるで機械人形のように無機質で不気味な存在がそこにはいた。
アトム・スマッシャーのような異質な存在に周りは唖然としている。
「何だよ……コレ」
呆気に取られていると機械人形の肩にはもう一つの人影が座っていた。
それは女性、いや女の子と言った方がいいほどに小柄な容姿をしている。
赤い髪を靡かせ、派手な色の所謂青文字系のような衣服に身を包んでいる。
彼女は大きなサングラスを頭に乗せながら眼下を見下ろしていた。
「やぁやぁ皆の諸君! 元気してるかーい? ボクはとってもハッピーな気分さ!」
「……静かにしろトラウマ、集中力が切れちまうだろうが」
「あ"ぁ? うっせぇなゴッドハンド! 楽しむのは人間に与えられた専売特許だ、テメェの寡黙ぶりにはウンザリだね!」
「メスガキめ」
「はぁ!? んだとゴラ殺すぞッ!」
場違いな程に明るく物騒な掛け合い。
トラウマと呼ばれる少女とゴッドハンドと呼ばれる巨体は周りを一切気にせずカオスな空気を作り上げていた。
「レ、レイなんだアレは?」
「紹介するわ、そのデカい機械男がゴッドハンド、小さな煩い女の子はトラウマ・ソード、私達と同じ『アバランチ』よ」
「アレがか……!?」
メカメカしいロボット人間にサイコチックなロリガール。
普通な奴はいないと薄々感じていたがここまで奇抜なのは許容を超えている。
これが『アバランチ』……なのか。
全方位から恐れられている彼らの真髄をようやく見たような気がする。
「『アバランチ』にまともな人間がいるとは思わないことね」
そんな思考を読み取ったのかレイは俺の困惑をバッサリと切り捨てる。
大雑把過ぎる回答なのだが妙に納得出来るものであった。
「クソっこれほどまでに大人数だとは……おいお前ら早く首を取れッ!」
「「「「オォォォォォ!!!」」」」
圧倒されていた『グラスホッパー』はシャラルの言葉で目覚める。
自らを鼓舞する雄叫びを上げるとゴッドハンド達に向かって襲いかかった。
だが次の瞬間、迫ってきた奴らは全員宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられる。
見れば、ゴッドハンドが巨腕を振り回しただけで数人が吹き飛ばされたのだ。
「嘘だッ!?」
盛り上がり始めた『グラスホッパー』のモチベーションもゴッドハンドの一振りで一気に冷め後ずさっていく。
「なぁレイ! こいつら全員、ミチミチのミンチにしていいんだよな?」
「リーダーは生かしなさい、それ以外はお好きにどうぞ」
レイの許諾の言葉にトラウマは名前らしく不気味な笑いを響かせる。
「ウハハハハハハハッ! いいねぇ無双タイムじゃんか、行くぞゴッドハンド!」
「言われずとも」
ゴッドハンドの巨体の肩から立ち上がるとトラウマは華麗に着地。
同時に両手に無属性を示す白い魔法陣を出現させると無数の伸縮する鎖が現れた。
「サイコ・チェイン!」
詠唱を言い放つと鎖はレーザーのように発光していき、空間を歪ませていく。
一目で危険だと分かる鎖を操りトラウマは小柄な身体で駆け始める。
「死んじゃえ!」
狂気に満ちた笑顔を浮かべると付近にいた男二人の首に鎖を巻き、絞り取るように頭部を切断した。
空中には苦痛に悶える二つの顔面が舞い、ポトリと無機質に落下していく。
「ヒィッ!?」
「何なんだよこいつはァァ!?」
悲鳴が響き渡る中、トラウマは無邪気な子供のような笑みを見せ、次々と周りの連中の命を刈り取っていった。
「こ、この女……!」
恐怖に染まる『グラスホッパー』の一人が彼女に魔法を放とうとするも、鳴りを潜めていたゴッドハンドによって腕を掴まられる。
「ッ!?」
「奇襲とは感心しないな、それでも男か」
掴んだ腕と反対の拳を握りしめると勢いよく男の顔面へと殴打を叩き込む。
ベギゴギと骨が砕ける音が響き、数人を巻き込んでゴッドハンドは男を吹き飛ばした。
一撃で相手を完膚無きに叩き潰すその姿はまさに
「アハハハ! 脆いなぁ弱いなぁ、もっと楽しませてくれよ、カモンベイビィィィ!!」
「……マジかよ」
多少なりとも『アバランチ』ともなればエグいことをする奴らと覚悟していたがそれ以上の残酷さに俺はドン引きする。
狂喜乱舞し殺戮を行うトラウマ。
力技で相手を蹂躙するゴッドハンド。
相手に魔法を使わせる余裕も与えず迅速かつ確実に息の根を止めていく。
たった数分で辺り一帯は死屍累累と化していた。
「リーダーどうすんだ!? 勝ち目がねぇぞ!?」
「チッ……退くぞ」
周りの焦りにシャラルも顔を歪め、遂には撤退を指示しその場から立ち去ろうと屋敷内から動き出し始めた。
狂乱に満たされた場内。
その中でレイは冷静にシャラルの逃亡する動きを見抜くと俺へと視線を向ける。
「マックス君、彼を追うわよ。ここはあの二人に任せて」
「任せて大丈夫なのか? ヤバそうな予感しかないが」
「大丈夫よ、最低限の理性はある。『アバランチ』を信じなさい」
「……分かった」
彼女の眼光に押し負け、俺はゆっくりとレイの言葉を肯定する。
退こうとするシャラルを逃すまいと俺達はトラウマの笑い声を背後に場を後にした。
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