第27話 シャドウ・アサルト

 リエレル王国の西側に位置する広大過ぎる土地を誇るエリア。 

 貴族という上流階級を示すミネルバ家の屋敷の二階、一人娘であるロレンス・ミネルバは自室から空を見つめていた。


 街を覚醒させていた太陽が沈み、満点の星が夜空を照らしているが彼女の心は曇天に包まれている。


「お嬢様、ご気分は如何でしょうか?」


 そんな彼女を見兼ねて専属の侍女兼護衛役のキウイ・ラングレーは声をかける。

 

「キウイ……ごめんなさい、大丈夫じゃない……と思う」


「マックスさん……についてでしょうか?」


 ロレンスの悩みは言うまでもない。

 命の恩人であり、度々屋敷に招いてはお茶会をするほど親交のあったマックス。


 そんな彼の衝撃的な逮捕劇。

 その事実に動揺を隠せず、彼女は逃避するように朝から自室へと引きこもっていた。

 

 舌を唸らせる高級な料理に一口も手を付けられないほどに。


「この部屋からも聞こえるの、あの英雄は犯罪者だ……って声が。お父様も使用人達も口を揃えて言ってる。でも……でもッ!」


「お嬢様」


 感情が高ぶり語気が強まっていくロレンスの手を優しく握りしめる。

 

「今は待ちましょう。大丈夫、まだ真実が決まった訳じゃない。激情に身を任せるのは健康に害を及ぼします」


「……キウイはどう思っているの? マックス様が白なのか、黒なのか」


「もちろん、私も彼が無実だと信じています。心の底から」


 依怙贔屓と言えばそれまでだが、精神が成熟し客観視出来るキウイもマックスが罪を犯したとは思えなかった。


 人柄、行い、表情、どの部分を切り取っても犯罪の匂いがしない。

 まるで誰かに嵌められたような、そのような気がしてたまらなかった。

 

「キウイ……マックス様はきっと誰かに陥れられたの、そうでなきゃ話が「まだそんな戯言を放つつもりか?」」


「「ッ!」」


 熱が籠もっていくロレンスの声を遮るように渋い低音の声が自室に響き渡る。

 扉の方に目をやると高級な衣服を身に纏った男がロレンス達を冷たく見つめていた。


「ご主人……」


「お父様……」


 その男こそ、由緒正しきミネルバ家の当主でありロレンスの父親であるノイズ・ミネルバであった。


 眉間にシワを寄せ、二人の元へとゆっくり近付いていく。


「ロレンス、お前はまだあの薬物に犯された犯罪者に肩を入れるつもりなのか?」


「まだ犯罪者と決まった訳じゃありません! あの人は……とてもお優しい方で私とキウイの命を助けて下さった恩人で」


「贔屓的な意見だな、娘よ。どれだけお前の前では善人だろうと見えない部分での所業が潔白だとは限らない」


「マックス様を何度か屋敷に招いた時にお父様も彼の様子を見ているでしょう! あの人が愚行を犯すと思いますかッ!」


「確かに礼儀のある好青年ではあった、それは認めよう。だが治安維持部隊が彼を罪人として逮捕したのだ。あの愛想いい雰囲気も作っていたと考えるべきだ」


「し、しかし!」


「黙れ」


「ッ……!」


 食い下がろうとするロレンスに対し、ノイズは眼光で強引に黙らせる。

 

「もうあの男は忘れろ、所詮は貴族とは住む世界が違う愚民だったという話だ。金輪際、奴をこの屋敷に入れる事も口にする事も許さん。犯罪者に加担するつもりはない」


「そんな!? 待ってくださいお父様! マックス様は!」


「親の命令が聞けないのか? これはお前の為を思って言っている。これからは我が家系の為に結婚し、繁栄を作る。それがお前の役目であり幸せなのだ。あんな平民の蛮人に毒されてはならない」


「蛮人って!? ふざけないでください! 私は私自身の価値観で幸せを見出して!」


「お嬢様お止めください!」


 感情が高ぶっていくロレンスをキウイは抱きしめるように必死に制止する。

 敬意を抱いている人物を貶され、彼女は父親だろうと殴りかかりそうな程に怒りに満たされていた。


「キウイ、娘の専属使用人として早急に邪な考えを抱かせないようにしろ。これ以上、私の神経を逆撫でするな」


「ッ……畏まりました」


 反論しそうな言葉をグッと堪え、キウイは深々と頭を下げる。

 終始冷たい視線のままノイズは執事やメイドなどを連れその場を後にした。


 何処となく、周りにいた使用人達もマックスを庇う発言をするロレンスに怪訝な目を向けているようにも見えた。


「クッ……誰を庇おうと、誰を信じようと自由じゃない……何で価値観を押し付けてくるのお父様はッ!」


「お嬢様……今日はもうお休みになりましょう。時間も遅い、眠れば多少なりとも気が楽になります」


 怒り心頭の彼女を諭し、キウイは就寝の準備を行おうとカーテンに手を掛ける。

 その時だった。


「……ん?」


 窓越しに見える複数の不規則に動く影。

 深夜ということもあり正確には分からないが大雑把でも百以上はいる程の量だった。


 野良の生き物かと思ったが違う。

 その影はまるで成人の人間のような大きく二足歩行だからだ。


「キウイどうしたの?」


「……お嬢様、窓から下がって。何かが起きてい__」


 全てを言い切ろうとした瞬間。

 突如、自分がいる場所の付近から凄まじい爆発音が鳴り響いた。


「ッ!」


「えっ!?」


 鼓膜を突き破るような轟音にロレンスは耳を抑えながら膝をつく。

 爆風からか窓ガラスの一部が飛び散り彼女目掛けて鋭利な破片が襲いかかる。


「キャァッ!」  


「お嬢様ッ!」


 咄嗟にキウイは腰部に備えたリボルバー型の大型銃を取り出し破片を粉々に撃ち抜く。

 同時にロレンスの前へと即座に動き、自らの主人を身を挺して守る体勢へと移行した。


「お嬢様お怪我は?」


「わ、私は大丈夫……キウイは?」


「ご安心を、私も無事です」


「何なの……今の爆発は?」


「私にも把握しきれません、お嬢様一旦部屋を出ましょう。ここにいても危険です」


 腰が抜けたロレンスをゆっくりと立たせ、手を繋ぎキウイは彼女の自室を出る。


「な、何だ今のは!?」


「爆発だと!?」


「キャァァァァ!」


 突然の爆発に屋敷内は収集がつかない程にパニックと化しており使用人や警護兵達が何事かと右往左往していた。


「どうなってる!? 誰か説明しろッ!」


「ノイズ様、こちらへ早く!」


 それはミネルバ家の当主であるノイズも例外ではなかった。

 平穏な夜が破壊された事に焦りながら、自らが雇った警護兵に連れられている。


 我先にと逃げようとする父親にロレンスは駆けていき大きく声をかける。


「お父様!」


「ッ、ロレンス……」


「これはどういうことですか? 何があったのですか!」


「こちらに聞くなッ! 私も全く分かっていないのだ!」


 互いに状況が理解出来ず、事故なのか事件かすらも分からない。

 あらゆる混乱と考察が渦めいているカオスの中、突如悲鳴が屋敷に轟く。


「ぐぁぁぁっ!」


「この野郎……ぐがァ!」


 その叫びと共に聞こえたのは魔法を放ったような軽快な音と、断末魔の声。

 声の方向を凝視すると、廊下の端で一人の警護兵が派手に吹き飛ばされ絶命していた。 

 

「なっ警護兵が……馬鹿な、金を使って優秀な奴らを寄せ集めよたんだぞ!?」


 金に物を言わせ雇った兵士が簡単に吹き飛ばされている光景にノイズは唖然とする。

 使用人含め、大半が足をすくませ呆然と立ち尽くす中、コツコツと足音が鳴り響く。


 大きな廊下に続々と現れる若い男女。

 数は百人を超えている。


 小汚い衣装に見を包み、柄の悪そうな笑みを浮かべる中、一人の大きな男がコートを靡かせサングラスを掛け、集団の先頭に立つ。


「あれは……まさか!?」


 その姿を見ただけでキウイは目の先にいる集団が誰なのかを認知した。

 怖気づくノイズ達を見つめ、大男は嘲笑と共に口を開く。


「これはこれはご機嫌ようミネルバ家。俺は『グラスホッパー』のリーダー、デュラ・シャラルだ。夜分遅くに申し訳ない」


 彼の口から『グラスホッパー』という名が放たれた途端、複数人が驚愕の声を上げる。


「なっ『グラスホッパー』って!?」


「あの巨大麻薬組織の!?」


「何でこの屋敷に……!」


 ざわつく周囲に構わず、シャラルを名乗るの男はそのまま話を続けた。


「名門貴族のミネルバ様のお屋敷だ。お茶会でもしたいが……俺は茶よりも金が好きでな、俺達の足しになってもらおう」


「足しだと? き、貴様ら一体何をする気だ!?」


「単純なことだ。根絶やしにしてここにある金目の物を全て活動資金に当てる。有り余る金の有効活用ってことだ」


「何だと!?」


 まるで慈悲のない発言にノイズ達は阿鼻叫喚の声を撒き散らす。

 それもそう、金を奪うためにここにいる者を皆殺しにしようと言うのだから。


「この蛮人共が……貴様ら、一体何をしようしているのか分かっているのか! 私達は歴史ある貴族のミネルバ家であり「はぁ?」」


「知るか、俺達のような法から逸れた存在に真っ当な権力なんて通じないんだよ。甘えてんじゃねぇよ上流階級ッ!」


 貴族の権力を気にしない態度にノイズは自尊心を破壊され、口をあんぐりと開ける。

 

「まぁ安心しろ、せめてもの慈悲で苦しまずに平等に殺してやる。殺れてめぇらッ!」


「クッ!? おい奴らを殺せ! 警護兵!」


「はっはい!」


 我を取り戻した警護兵達は腰部に携えた剣を抜き、襲ってくる敵へと刃を向ける。

 だが彼らの対抗措置は雀の涙ほどに脆いものだった。


「イヤハハハハハハァ!」


「オラオラ邪魔だァァァ!」


「焼かれちまえよ、フレアバレット!」


 容赦のない『グラスホッパー』の面々。

 百人以上が一斉に襲いかかり警護兵達を次々と仕留めていく。

 血気盛んな動きで武器や魔法を駆使し、警護兵に穴を開けていった。


「ぐぶぁ……!?」


「ぐっ……あ"ぁ……!」


 貴族を守るべき護衛兵はものの数分で全員『グラスホッパー』により片付けられる。

 残ったのは怯えるミネルバ家の者達だけとなった。


「馬鹿な!?」


 他人頼みの反撃も呆気なく失敗に終わりノイズ達は後退っていき、蜘蛛の子を散らすように反対方向へと足を進めようした。


「無駄だ、成金共」


 だがシャラルの指鳴らしと共に足音が駆け巡り、数十人ほどの新たな『グラスホッパー』の面々が逃げ場を塞ぐように現れる。


 一本道の長廊下が故に下の階へと続くルートを完全に遮断されてしまった。


「う……嘘だろ」


「何て数……」


 絶望的な状況に皆が戦意を喪失し、膝をついて項垂れてしまう。


「お嬢様下がってッ!」


 だが未来の見えない状況下でもキウイだけは忠誠心から能動的に動き始める。

 ロレンスの前に立つと徐々に近づくシャラルへと銃を迷わず発砲した。


「おっと」


 だがキウイが放った弾丸はシャラルの額を貫く軌道だったが寸前に避けられてしまい、背後の壁に着弾してしまう。


「外した!?」


「貴族にもまだ肝が座った腐り切っていない奴はいたか。だが、ロック・フィスト」


 シャラルが出現させた黄土色の魔法陣からは巨大な土魔法の拳がが飛び出し、キウイに直撃する。


「ぐぶっ!?」


「キウイ!?」


 為す術もなくキウイは勢いよく吹き飛ばされ、廊下の壁に強く叩きつけられた。

 思わず二丁の銃を落としてしまい、口からは赤黒い血が吐かれる。


 どうにか立ち上がろうとするも溝に入ったのか、身体に力が入らなかった。


「キウイ! キウイ!」


「お嬢様……大丈夫です……私……は」


 直ぐ様駆けつけたロレンスにキウイは「大丈夫だ」という言葉を優しくかける。

 致命傷は避けたものの、軽いダメージという訳でもなく、これ以上戦うのは難しい。


 警備兵を抜けば最も戦闘に慣れているキウイが倒されたという事実にノイズ達の心は完全に折れる。


「主人を守る為に戦ったその姿勢は褒めるに値する。だが所詮は焼け石に水だ」


 シャラルは冷酷な目で見下ろしながらそう言い放つと、今度はゆっくりと歩き出す。

 

「さぁ……始めようか」


 一歩ずつ近づく恐怖を前に、彼らはただ震えることしか出来なかった。


「殺れ」


 シャラルの無慈悲な一言によって戦いの火蓋が切られる。  

 彼が腕を下げると一斉に『グラスホッパー』はノイズ達へと迫っていく。


「イヤハハァ!」


「死ねやァァ!」


 狂乱的な殺戮の笑い声。

 華麗なる屋敷は地獄に包まれていく。

 

「くっ!」


 倒れるキウイの手を握りながらグッと目を閉じロレンスは死を覚悟し始める。

 終わりがすぐ先に見える人生にロレンスはあの者の名前を心の中で自然と紡ぐ。


(マックス様……!)

 

 その直後だった。


 バリンッ! という音と共に窓ガラスが割れ、外から誰かが飛び込んでくる。

 それはまるで空から舞い降りた天使のように思えた。


 突如現れた人物は『グラスホッパー』の数人に蹴撃を食らわせ派手に蹴散らす。

 

「ッ! 何だ?」


「「「っ……!?」」」


 ミネルバ家、『グラスホッパー』双方共に状況が理解できず、困惑の声を上げる。

 突如、空気の流れが変わり、ロレンス自身もそれに気づくと、恐る恐る瞼を開けた。


「な……」


 銀の短髪、黒い上着、男にも女にも見える中性的で端正な顔立ちは見た者を魅了する。

 その姿を例えるなら「翼のない天使」という言葉が相応しい。


 男の存在に周りは勿論のこと、ロレンス自身も驚愕し言葉を失う。

 そこにいたのは紛れもない『英雄』であり、この国に住む者なら誰もが知っている存在であり、憧れを抱く存在でもあった。


「大丈夫ですか? ロレンスさん」


 ゆっくりと振り返り、男は朗らかさに包まれた笑顔を振りまく。


 顔を見た途端、ロレンスには電撃が走り、心臓の鼓動は早くなっていく。

 何処か雰囲気は変わっている、だが間違いなく……確実に信じていた彼だった。


「マックス様……!」


 救いのヒーローのように現れた彼を見てロレンスは歓喜の声を上げた。

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