第26話 グラスホッパー
「……へっ?」
「分かりません」
「えっ分か「分かりません」」
「い……いやいやいやいやいや!?」
俺は思わず椅子から立ち上がりツッコミを入れてしまう。
ふざけてんのかコイツ!? めっちゃ強い情報屋じゃねぇのかよ!?
「分からないってどういうことだよッ!」
しかしフェイスは一切悪びれる様子もなく、むしろそれが当然のように振る舞う。
「言葉通りの意味です。レッド・アシアンは密接する闇組織が複雑で発明者の断定がまだ難しいということです」
「難しいって……『アルコバレーノ』に依頼した人物っていうのは?」
「それに関しては今さっき発覚した情報、これから完璧な調査を行いますが現時点ではまだ分かりません。多少の回り道は必須かと」
「こっから直に親玉を叩くってのは……?」
「そんなショートカットはございません。人生にイージーモードがないように、犯罪にもイージーモードはないのですよ」
マジかよ……直ぐにでも親玉を叩き潰せると思っていた俺の期待を返せよッ!
いやしかし治安維持部隊という国家組織も絡んでいるような話だ。
一筋縄ではいかないのだろう。
そう途方に暮れかけていた俺を他所にフェイスは淡々と言葉を発していく。
「ですがご安心を、何も全く情報がない訳ではありません。絶望するのはまだ早い」
「えっ?」
フェイスは慣れた手付きで本を捲りに捲ると写真が記載されたあるページを指差す。
そこにはガタイのいいコートを羽織るサングラスの大男が座っている。
写真を見る限り、場所はまるで屋敷のようなところだ。
「誰なんだこの男は……?」
「こちらの柄悪い大男、巨大密売組織『グラスホッパー』のリーダー、デュラ・シャラル。レッド・アシアンを売り捌き、製造している組織としては一番のビックネームです」
「一番のビックネーム……この男が」
「ここがレッド・アシアンの発明元と深く繋がりがあり黒幕に近い位置にいるという事実は確定に近い。真実に迫る鍵はこの男です」
「つまり、こいつらを叩き潰して拷問でもして黒幕への真実を奪えと?」
かなり極端な発言だと自分でも思ったがフェイスはその言葉に指を鳴らし首肯した。
「過激に言えばそうなります。情報によると今日の深夜、資金面の調達から彼らはある場所に襲撃を行う予定ですからね。隠密なんかより真正面から叩くのが得策かと」
真正面から突っ込む……か、確かに俺を救出してくれた時もレイは真っ向から蘭塔に突っ込んでいたな。
大胆に動けるのはテロ組織の利点か。
だが襲撃とは?
「襲撃を行う? 何処にだ?」
「動機は新たな活動資金の獲得、確か標的は……貴族のミネルバ家でしたかね」
「……はっ?」
「聞こえませんでしたか? ミネルバ家への襲撃が計画されているということです」
「はぁぁぁぁッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず椅子から立ち上がっていた。
ドクンドクンと心臓の鼓動が早くなり顔が青くなっていくのが分かる。
額からは冷や汗が溢れ、思考は混沌に包まれていく。
頭が回らない、理解が追い付かない。
襲撃先が……ミネルバ家だと?
「どうしたのマックス君? そんな世界が終わったかのような顔をして」
俺の表情に気付き、レイは下から覗くように見つめてくる。
混乱に満たされた目で彼女の視線に合わすと何かを察したのか質問を投げ掛けられた。
「もしかして、ミネルバ家と何らかの関係があるのかしら?」
「……少し前から深く親交がある貴族だ」
「親交? 運命に愛されてる上流階級のボンボン達と?」
疑問の声を上げたレイに俺はロレンスさんから貰った白金貨を提示する。
馴れ初めから、現在までの親交、全てを赤裸々に明かすと驚いた顔を彼女は見せた。
「へぇ、それはまた数奇な運命だこと。まさかこれから襲われる貴族と仲良しだなんて」
「呑気に言ってる場合か!? 早く助けねぇとロレンスさんとキウイさんがッ! 今すぐ一分一秒でも早くッ!!」
「待ちなさい、そんなに急がないの」
「ふざけんなッ! そんなノロマにいれるとでもッ!」
「待て、と言っている。聞こえなかった?」
「ッ……!」
その眼光に、俺は押し黙ってしまった。
俺を制止するように放たれたレイの言葉と表情は重く、冷たい。
まるで氷の刃のように俺の全てを凍らせ心を貫いていく。
今の彼女の表情に先程までの享楽的な雰囲気は消滅していた。
「このまま無闇に突っ込んでも、相手から拒絶されるだけよ」
「拒絶だと?」
「今の君の立場は? 無法組織と共謀している人殺しの脱走犯。君が相手の立場の場合、そんな人間の話を受け入れられる?」
「それ……は」
「例え相手がどれだけ善意に満ちていようと、どれだけ仲が良くとも、今の君は道から逸れた存在。向こうからしたら自分達の命を脅かす危険因子と捉えられても仕方ない」
レイの言葉に俺は反論出来なかった。
世間の薄情な手のひら返しを痛感させられた今、ミネルバ家からの俺に対する評価が豹変していても何らおかしくない。
犯罪者という目で見ていれば俺の話なんて聞いてくれるはずもない。
仮にロレンスさんやキウイさんが信頼しても周りがそれを許容しないだろう。
「レイの言う通り、何も起きてない状況で迂闊な忠告は却って不信を抱かれます。ここは敵がアクションを起こしてからこちらも動くのが最適解です」
フェイスの言葉に俺は歯を食い縛る。
理に適っているからこそ、渦巻く焦りや怒りを解消できず不快感が募っていく。
「私達が急いで動いたところで貴方の大切な人達が助かる保証はない。逆に警戒され最悪こちらが取り囲まれる可能性もあります。それだけは避けなければなりません」
「クソっ……分かってる……だがこのまま襲われるのを黙って見てるのは……やるせねぇんだよ」
「マックス君、君の気持ちはよく分かる。だが今は辛抱のときよ。大丈夫、君の大切な人を絶対に死なせはしないわ」
「絶対だなんて……そんなものあるはずが」
「あるよ」
被せるように断言したレイ。
自信のみに溢れた瞳が心に焼き付く。
「私達は『アバランチ』だ。そこらの小悪党に運命を振り回されることは許されない。まっ、つまり安心していいってことよ」
彼女は俺の肩に優しく手を置き、テロリストに見合わない微笑みをかける。
「開始は月が真上を指す深夜。金欲しさに襲ってきた哀れな子豚を焼いてあげましょう」
嵐の前の静けさが支配する空間。
モダンな匂いが鼻孔を刺激する中、レイは天を見つめ慈悲のない表情を俺に向けた。
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