第22話 狂・瀾・怒・濤
突如、頭角を表し誰よりも勢いがあった冒険者マックスの逮捕。
誰も知らない無名の存在であるならここまで大事にはならなかっただろう。
しかし彼は冒険者、貴族、商人、国民、など様々な分野に影響がある人物。
故に過ちを犯した時の代償は絶大でギルド内も混乱に陥っていた。
「今すぐにでも資格剥奪にするべきだ!」
冒険者ギルドの幹部、ギルドマスターのみで行われる定期的な会合。
モダンな雰囲気が漂う会議室の中、白髪の初老の男が席を立ち上がり声を荒げる。
彼の名はリシャル・スイカ。
ギルド幹部の一人である人物で年齢に見合わぬ血気盛んな人物であった。
他幹部、そしてギルドマスターであるステラがいる中、リシャルは言葉を紡ぐ。
「今朝に起きた天変地異の出来事により我らギルドにも批判の的が向けられている! こちらのブランドを守るためにも即刻マックスを永久剥奪にするべきだ!」
「……お言葉ですが」
憤慨しているリシャルに釘を刺すように向かいの席から冷徹な低音が響き渡る。
声の主はまだ若々しい見た目をした金髪の甲冑を装備した成人の男性。
名はアストル・リコーダー。
辺りがリシャルの空気になり始める中、彼は冷静に言葉を発していく。
「彼はまだ逮捕されたばかり。真偽が分かっていない状態で決断を下すのは得策ではないかと」
「何を言うこの若造が! 悪の芽を摘むことの何が悪い、私は国民の声を聞き、基盤が揺れ動く前に厳粛な対応をだな!」
「それで仮に潔白だった場合、却ってこちらに批判が集まります。彼の白黒が確定するまでは対応をするべきではありません」
「何だとッ!」
昼から繰り広げられている論争は何分経とうが平行線を辿っていた。
リシャルのような強硬派、アストルのような穏健派。
「アストルの言うとおりだわ! ここは判断を急がずに対応を待って!」
「それでは遅い。ここは早急にマックスを叩き潰すことが」
「逆に危険です! もし無実の場合、国民は手のひら返しをしてこちらの対応を批判しますよ!」
「だが今現在の時点で批判が募っているじゃないか! このままでは犯罪者を擁護していると思われ暴動が起きるかもしれないぞ!」
「それは一過性のものだろ。どうせ数日もすれば怒り狂ってる奴らも嘘みたいに忘れるはずだ。なら余計な対応はするべきじゃない」
一人一人が自分自身の意見をぶち撒け、始まりから何十分経とうと結論に到着する様子がまるでない。
彼ら彼女らが口を荒らげている間にも窓越しからは批判の声が聞こえてくる。
全員がたった一人の男に振り回されるという光景。
それ程までにマックスという存在が影響を持っていたかを示す十分な証拠だった。
終わりが見えない議論の中、全員を嗜めるかの如く、ある美声が響き渡る。
「待て待て、そんなに熱くなるな。議論というのは冷静に行うべきだろう?」
会議室の上座に座り水色のポニーテールをかきあげた『剣聖』と呼ばれる女性。
ギルドマスターであるステラは嗜めるような言葉を発し、辺りに笑顔を振り撒いた。
「そうヒートアップした所で議論のクオリティが上がるとは思えないが?」
「しかしギルドマスター! 事態は一刻を争う状況、そんな呑気にせず今すぐにでも決断を下して!」
「呑気? そう言ったのかリシャル?」
「ッ……!」
冷静ながらも享楽的な態度を取るステラに苦言を呈そうとリシャルは立ち上がるが却って彼女のプレッシャーに押されてしまう。
ゆっくりとステラは立ち上がると会議室から見える騒がしく意見をぶち撒けている国民達を窓越しに見下ろす。
「全ては正しき証拠で決まる。それ以外は私情な憶測でしかない。それが私のポリシー」
「その意見には賛同致します。しかし現在集まっている批判にはどのような対処を?」
「無視でいいよ」
賛成しつつも純粋な疑問を投げ掛けたアストルにステラはバッサリとした答えを剛速球で投げつける。
「「「「えっ?」」」」
彼女の大雑把な回答にその場にいる幹部達全員が同じような腑抜けた声を上げた。
いてもたってもいられずリシャルは再び苦言を呈していく。
「無視とは何事だ!? 国民だけじゃない、一部の貴族からも言われている批判だ、無視できるほどの量を超えている!」
「ならば問おうリシャル。このギルドの実権を握っているのは誰だ?」
「えっ?」
「実権を握っているのは誰かと聞いている」
「そ、それは……ここにいる私達、特にギルドマスターである『剣聖』のお前が」
「そう、私達だ。外野で好き放題言っているあの人間達じゃない。そんな者の意見に怯える必要が何処にある?」
全く動じない凛々しい表情でステラは持論をマイペースに展開していく。
演説じみた動きや口調に周りも自然と飲み込まれていった。
「この国の法律に私達が国民を恐れ媚びなくてはならない法はない。これは冒険者、ギルド内の問題だ。何も知らない蚊帳の外の意見なんて聞くだけ無駄ということ」
「それはつまり……マックスへの対処は行わないということですか?」
「そうではない。もし彼が確実な黒だと分かる証拠があったら厳正に対処を行う。私は周りに流された意見で動くなと言いたいんだ」
批判の声を「蚊帳の外」とバッサリ切り捨て、アストルに向け振り向きざまに微笑を見せる。
「あ〜あ、周りは自分が権力がある正義と思って好き勝手言っちゃってね。馬鹿みたいだ、この国の人間が全員従順な私の駒だったらとても楽なのにね」
冗談の口調でステラは率直な思いを吐き捨てるとクルリと身体を動かし全員を見渡す。
「つまりだ、私達はマックス君に対して動きがあるまでは何もしないという判断で「失礼しますッ!」」
そう結論を述べ終えようとしたその時、突如爆音と共に扉が開かれ一人の女性が勢いよく入室する。
何事かと身体をビクつかせながら幹部達は一斉に扉へと視線を向けた。
扉の前にいたのは黒いポニーテールの眼鏡をかけた端正な女性。
その正体はマックスとは特に親交がある受付係のレトニック・ハロであった。
彼女は酷く息を切らし、着飾っている衣服も少しばかり崩れている。
「おい貴様! 今は会議室だぞ、ノックもせずに入室するとは何事かッ!」
「す、すみません! ですが……一刻も早く言わなくてはならないことが!」
幹部からの罵声に謝罪しながらもハロは萎縮せず真っ直ぐな目を向ける。
「ハロくん、落ち着き給え。一体何があったというんだい? ゆっくりでいいよ」
優しい声でステラはハロを諭していき、彼女からの言葉を聖母のように待つ。
対するハロは息を整えながらも様々な感情が混ざったような複雑な顔をしていた。
信じられない、嘘だと言いたい、そう訴えるような虚ろな瞳をしている。
冷や汗を拭うと彼女は震えた声でゆっくりと口を開いた。
「先程……マックスさんが……蘭塔から脱走したとの情報が入りました」
「「「「なっ!?」」」」
ハロが伝えた内容に幹部達は驚愕の顔しながら一斉に立ち上がる。
「な、何を言っている!? 魔力が封じられている蘭塔から脱走することは!」
「私も嘘だと思いました……しかしこれを見て下さい」
リシャルの詰め寄りにハロは一枚の写真を取り出すと彼に提示する。
その写真には蘭塔の一部が破壊されている様子が鮮明に写されていた。
「なっこれは!?」
「警護兵が投影魔法で撮影した物です。それにもう一枚の写真には……」
ハロは二枚目の写真を取り出す。
場所は蘭塔の入り口前。
そこにはマックス、隣には和服を着飾っている美麗な女性が位置していた。
彼女の姿を視認した途端、幹部達からは悲鳴が上がり始める。
「「「「『アバランチ』!?」」」」
「なっ『アバランチ』だと!?」
「確かこいつって蒼羅・K・レイ・ウェザーリポート……この国にいたのか……?」
「なぜ蘭塔に!? まさかこいつがマックスの脱走を促したのか!?」
阿鼻叫喚が広がっていき全員が恐れ慄く。
レイを含む『アバランチ』に怯えていたのはここも例外ではなかった。
混乱が室内を循環していく中、アストルはゆっくりとステラへ顔を振り向いていく。
「ギルドマスター……これは」
「明確な証拠、か」
彼女は動じてはおらずいつも通りの口調で不敵な笑みを見せた。
「ハロくん、その写真は真実かい?」
「真実だとは思いたくありません……しかし警護兵の何十人もがこの写真と同じ証言をしています。偽造ではない……かと」
言葉が吃りながらハロは受け答える。
彼女がここまで焦っているのは『アバランチ』がいるからではない。
親しい仲であるマックスが脱走をした、その事実を受け入れられなかった。
「ふむ、そうか」
ハロの言葉に納得のいった顔を見せ、ステラは全員に伝わるように机の上に飛び乗る。
辺りを一周するように目をくばらせると再度実直な思いを明かす。
「マックスくんは脱走を行いテロ組織である『アバランチ』と共にいる。この写真は正しき証拠だ」
「ならばどんな決断を下すつもりだ?」
リシャルの言葉に一拍置くと、ステラは冷徹な目でこう告げた。
「私達ギルドは彼を黒とみなす。よってマックス君の冒険者資格を永久剥奪とする」
「なっ!?」
「異論はあるかい?」
彼女の宣告にハロは驚きを隠せないが、幹部達は納得した顔で無言の肯定を行う。
ステラが全てを支配する中、混乱に塗れた会合は無慈悲にも終わりを告げた。
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