第23話 殺人レッスン・ト・乙女人骨鎌
「リビルを……殺させろ、俺に」
「アッハハハッ! 任せなさい。サポートはしっかり行うわ」
レイは俺の覚悟に応えるように不敵な笑みをこぼした。
興奮しているのか、彼女の頭から生える獣耳は元気に動いていた。
「では早速始めましょう、怒りは冷める前に実行した方がいい」
「始めるって……奴が何処にいるのか分かってるのか?」
「無策で君の前に現れたとでも?」
「舐めるな」というような笑顔で彼女は懐の中から一枚の写真を取り出し見せつける。
場所はギルド紹介所。その画面には憎たらしいリビルの姿が鮮明に映っていた。
「これは……!」
「優秀な情報屋が撮影した今朝の写真よ。この子バカね、平気な顔してギルドに現れたから特定も簡単だったわ。彼のチー厶はサドルクの森へとクエストに挑んでる」
「サドルク? あの野郎……俺を嵌めておいて自分はその日に金稼ぎかよ……!」
サドルクの森は高難易度エリアの場所。
強力なモンスターが多く、リスクは高いがその分、報酬は高額。
金にがめつい一面もあるあいつなら行きそうな場所だ。
「どうやら賄賂で結構な金を使ってたらしいからね。その分の回収じゃない?」
「賄賂?」
「あぁ君は知らなかったか。胸糞注意よ」
再び彼女は懐を弄ると、もう一枚の写真を取り出す。
写っている場所は酒場のような所だった。
その中央部分の席で対面に座っているのはリビルと上品そうな初老の男。
何やらリビルが男に対して大量の金貨を渡しているようにも見える。
何だ……この男、何処かで見たことがあるような……。
「ハッ!? こいつ治安維持部隊隊長のクソ男じゃッ!」
「正解、一昨日撮影されたリビルと治安維持部隊を指揮しているジビラの密会写真よ。賄賂を渡す瞬間がバッチリ撮れているわ」
「賄賂って……まさかリビルとジビラはグルだっていうのか!?」
「そう、リビルは治安維持部隊と共謀していた。君への復讐の為に。多額の金を払うことで司法を味方にしたってとこかしら」
「このクソどもが……全部仕組んで俺は嵌めたわけかよゴミがァ!」
思わず近くの木箱を蹴りまくって当たり散らしてしまう。
そうでもしないとイライラのせいで思考回路がまともに働かない。
「おいおい木箱くんに八つ当たりしても意味はないだろう? 君の敵は誰かしら?」
「……リビルだ」
「そう、ならその怒りは彼にのみぶつけるべきだよ」
レイは俺の肩に手を置く。
その手は温かく、俺の心を落ち着かせるようなものであった。
「さて、そろそろ行こう、いつまでも長話していてもつまらないだろう? それじゃまた改良型お姫様ごっこでも「待て」」
「それよりも早く向かえる方法がある」
レイの前に立つともはや羞恥心も消えている厨二病の闇魔法を発動する。
「闇の力よ、我を異空間へ誘い邪を淘汰した聖なる
ブラックホールのようなリングが出現すると俺とレイを包み込み、即座にサドルクの森へと転移した。
「これなら一瞬で着けるだろ?」
「ワォ、流石は有名人なだけのことはある。闇魔法はお手の物か。君をスカウトしたのは間違いではなかったみたいね」
満足げな顔を見せるとレイは俺をペットのように手招きし、歩を進める。
鬱蒼とした森の木々には様々な種類のキノコや植物が大量に生えていた。
まるで今の自分の心情を描写しているようで気味が悪い。
「場所は分かるのか?」
「情報だと彼らは休憩を兼ねて昼からどんちゃん騒ぎをしてるみたいよ。警戒心の欠片もないわね」
「……そいつは好都合だ」
彼女の誘導通りに後を追うと生い茂る木々を越え、やがては見通しの良い広場へと到着する。
「見〜つけた」
レイが指さした方向に視線を向けた途端、俺の中にあった憎悪の炎が滾っていく。
そこには酒を持ったリビルと……拉致されたと聞かされていたサフィらの仲間がピンピンしながら笑い合っていた。
「アッハハハ! 今日は気分がいい! 実に最高の気分だ!」
「流石はリビル様、見事な策士ぶりでしたわね!」
「俺達が拉致されたと嘘をついてマックスを誘い出し嵌める、最高にイカれた作戦だな」
「笑いを堪えるのが必死で大変だったぜ。『アバランチ』の名前を使ったら直ぐに信用して嵌ってくれた。俺達『アルコバレーノ』に歯向かうとこうなるんだよクズがッ!」
「「「アヒャヒャッ!!」」」
下劣な笑い声と共に語られているのは俺を嵌めた赤裸々な真相。
それを肴に酒を飲んでいるリビル達はまさにゲスそのものだ。
「あの野郎……!」
怒りが沸々と湧き上がり拳を強く握りしめてしまう。
そんな時、「まぁ待ちなさい」と冷静な声でレイは静止をかける。
その表情はいつも通りクールで、どこか楽しげな笑みを浮かべているように見えた。
「やるというのなら確実に、よ。復讐と報復に逃げ場という希望を残してはいけない」
「どういうことだ?」
「私の無属性魔法の出番ということよ」
俺の肩に手を置くとレイは希少性の高い無属性を示す純白の魔法陣を出現させた。
ディスクのようなサイズの魔法陣をフリスビーのようにリビル達の上空へと投擲する。
「ハイ・ラット・ネット」
詠唱の直後、糸のような光線が無数に射出され『アルコバレーノ』を閉じ込めるように鳥籠を形成していく。
「ッ! 何だ!?」
「これは無属性魔法!?」
「敵襲か!?」
「リ、リビル様ッ!」
「何だこれは……!」
愉快適悦だった空気は一変し『アルコバレーノ』の面々は混乱に支配されていく。
突然敷かれた罠を破壊しようと数人が魔法を放つがレイが作り出した無属性の魔法はまるでビクともしない。
「さぁ行きましょう、お楽しみの時間だ」
「……あぁ」
常軌を逸した身体能力。
数少ない無属性魔法の持ち主。
底知れぬ彼女の強さを問いただしたいが今はそんな事は後回しだ。
「んだよコレは!? 何で破壊できねぇんだよ! サフィ!」
「そ、そのかなり高度な技術が魔力に細工されており私達の技術ではどうしようも」
未だに慌てふためくリビル達を滑稽に思いながらゆっくりと俺は歩を進める。
「クソッ、一体何なんだよ……こちとらクソ野郎を嵌めれて上機嫌だってのに」
「それは良かったな、リビル」
「あっ?」
俺の声に反応して振り返った瞬間、奴の顔面目掛けて全力の右ストレートを叩き込む……!
「ぐぶぁッ!?」
拳は顔を抉り、白い歯が空中へと舞う。
リビルは鮮血をまき散らしながら地面へと激しく倒れ込んだ。
「なっ、何だいきなり……えっ?」
頬を抑えながら困惑の表情を俺に向けた瞬間、リビルの顔は一瞬にして青ざめていく。
「昨日ぶりだな、リビル」
「マ、マックス……!? 何でここにいるんだお前は俺達がッ!」
「なっマックスですって!?」
「どうなってる!?」
「馬鹿な何でここにッ!」
サフィらも驚愕のあまり言葉を失う。
それもそうだろう、本来は監獄に閉じ込められている奴がここにいるんだからな。
「テメェ……一体何でここにいんだよ! どんなマジックを使ったんだッ!?」
「タネは私だよ、リビル・ピアノ君」
「はっ?」
俺の背後からゆっくりとレイも現れ『アルコバレーノ』へと面と向かって立った。
その瞬間、リビル達は更に動揺し、中には腰を抜かすものも現れる。
「なっ……『アバランチ』!?」
「ヒィッ!?」
「なっ!?」
ステラさんが警告していた事もある。
彼女を見た途端、即座に『アバランチ』と認識し全員が畏怖の目を向けたのだから。
もし敵であったなら……ソウルの力であっても勝てる見込みはないかもしれない。
「やぁ『アルコバレーノ』の諸君、いつものイキリっぷりはどうしたのかしら?」
「爽羅・レイ・K・ウェザーリポート……『アバランチ』の一人が何の用だ!?」
動揺を隠せず疑問を投げかけるリビルにレイは冷静に応対していく。
「君達はこの少年を嵌めるために許可なく『アバランチ』の名を使用した。これは度し難い話でね。報復をさせてもらいにきたの」
「報復だと……!? ふ、ふざけんなッ! たかだか名前を使っただけだろ!? 報復なんかされる筋合いは何処にもッ!」
「私達のイメージに危害を加えておいて笑って許してくれるとでも思ったのかしら? それは社会を舐め過ぎって話よ」
「こいつ……オイ! 全員戦闘態勢だ!」
リビルの指示で他の仲間達が武器を抜き放ち、閉鎖的な空間で俺達二人を囲った。
「こちとら数は二十人いるんだ……丁度いいここで『アバランチ』も倒してさらに名声を獲得してやるよッ!!」
必死な形相を浮かべる彼らとは対称的にレイは余裕綽々な声色で俺へと突拍子もない質問を投げ掛ける。
「マックス君、殺人の経験は?」
「はっ?」
「殺人の経験はと聞いている」
「殺人は……したことないが」
「へぇ君は殺人童貞なの、ならレクチャーのしがいがあるってものね」
大きく背伸びをするとレイは俺へと振り返ると姉御のような笑顔を見せた。
「しっかり私を見て学びなさい。殺人とはどうやるべきなのか、レッスンのお時間よ」
刹那、彼女は風のように駆け抜けるとその勢いのまま一人の男の頭部を鷲掴む。
同時に俺以外の人間が仲間の方を見ると皆一様に息を飲み啞然とした。
「ステップ1、相手に私情を抱かないこと。殺す相手は人形だと思いなさい」
その言葉通り、レイはまるで相手を人間とは思っていないかの如く、頭部を鷲掴んでいる手の力を強めていく。
「がっがががががががががががぁ!?」
「ステップ2、殺す時は躊躇わず迅速に。それが相手の為にもなる。あぁでも私怨を抱いている場合はゆっくり殺すのも選択の内ね」
端的な説明を繰り出しながらレイは雑巾を絞るように男の頭を完全に握り潰した。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
悲痛な断末魔と共に血肉を吹き出し、頭部を破壊された男は膝から崩れ落ちる。
「ヒィッ!?」
「な、何なんだよ!?」
目の前で起きた惨劇に『アルコバレーノ』は戦慄の色を隠せないでいた。
「次はステップ3、殺人に慣れたらユニークさも入れよう。確実に、でも楽しく殺してみましょうか」
再び加速すると今度は付近にいた女性を標的にし勢いよく顔面を掴む。
すると無属性を示す白い魔法陣が出現しレイはほくそ笑んだ。
「武具生成、
直後、メキメキと痛々しい音が女性からなり始めあらゆる骨が人体を突き抜け始める。
「グギギギギギギギギァァァァ!?!?」
声にならない悲鳴を上げながら女性は赤黒い鮮血を全身からまき散らす。
やがては全ての骨が体から突き抜け、骨抜きになった彼女は無惨な遺体となり絶命。
残された骨達はレイの手元で自動で組み立てられていき、やがては巨大な骨で作られた鎌が生成された。
「な、何なんだよこいつ!?」
「い、いや……イヤァァァァァァ!!」
先程まで人間であった女性が禍々しい武器となって絶命した光景に『アルコバレーノ』の面々は驚愕し中には発狂する者も現れる。
「これが私の強制武器変化の魔法で作りあげた乙女人骨鎌よ。イカした武器でしょ? どうかしらこの乙女から作られたフォルムは」
「……マジかよ」
嬉々として人間の骨で作られた武器を見せびらかすレイに俺も流石にドン引きする。
自由度の高い無属性魔法から放たれる残虐っぷりは彼女が異常であることを示すには十分過ぎるものだった。
「おっと失礼、つい自分の性癖をひけらかしてしまった。ではこいつを使ってさらなる実戦と行こう」
そこからの光景は……虐殺。
レイによる一方的な虐殺だった。
「ヒィッ!? 止めろ来るなァァァ!!」
完全に錯乱した『アルコバレーノ』の面々をレイは乙女人骨鎌で次々と殺戮していく。
ダンスを踊るように華麗に、鋭利な刃で首を真っ二つにし血の潮吹きを上げまくる。
僅か数分で大人数いた『アルコバレーノ』はリビルとサフィのみとなった。
「そ、そんな……リビル様ッ!」
「嘘……だろ」
一方的過ぎる蹂躙に残された二人は愕然とした顔でレイを見つめる。
「ふぅ、『アバランチ』からの報復はこれくらいかしら。さて、次は君の番よマックス君」
彼女は俺の方へと向き直ると、乙女人骨鎌を肩に担ぎながら爽やかな表情を出す。
「殺人のレッスンは以上。後は君の好きなようにしなさい」
「……俺に出来るのか、人殺しが」
「何も罪悪を抱くな、殺人は憎しみの連鎖を断つ最良の手段。大丈夫、君なら出来るよ」
彼女の言葉を聞いたせいか、俺の心は妙に落ち着いていた。
人を殺めるのは悪と教えられ、そのタブーを今から犯そうというのに……全くと言っていいほど迷いがない。
不思議な気分……きっと人として間違った思考になっているのだろう。
だが俺の答えは既に決まっている。
「あぁ、分かったよレイ」
彼女の言葉に穏やかだと思う笑顔で返すと俺はリビル達へと歩き出した。
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