第20話 堕ちるか、落ちるか

「なっ……!?」


 全身から血の気が引く。


 俺は今、凶悪な犯罪者と呼ばれている人物と対峙している。

 見惚れるほどの美少女……だがその貼られたレッテルが恐怖を煽っていく。

 

 どうなってる?  

 何で『アバランチ』がここにいる? 

 何故俺の前に現れた?


 あらゆる疑問が脳内を錯綜していき、焦燥感が俺の身体を支配していく。

 無自覚にゆっくりと後退っていた中、その動きに気付いた美少女は俺の身体に飛び乗ると華奢な腕で抑えつけた。


「ハハッ! 何を逃げてるの」


「ッ!?」

 

「そんな怖がらないでくれるかしら、辛い顔をされると殺しづらくなるわ」


「殺っ!?」


「どうしようかな? 耳の中から脳を弄るのも面白い? 閻魔様みたいに舌を引っこ抜こうかしら? 殺しの種類というのはたくさんあるから迷っちゃうわね」


 まるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。

 ゼロ距離から放たれる気と威圧を孕んだイカれた眼光の笑みに脳を犯される。

 不味い駄目だ殺され、殺される……ここで殺され……。


「プッ、アッハハハッ! な〜んてね、ビックリしたかしら?」


「……へっ?」


「いや〜ごめんね、私サディスティックな性癖あるからイジメるのに楽しさを感じてしまうの。悪い癖よね自覚はある」


 そう言うと美少女は俺から降りて立ち上がると軽く伸びをする。

 彼女のフランクな口調はとてもアウトローの集団とは思えないものだった。


「殺さないのか?」

 

「殺さないわよ、今のは軽い冗談。真に受け過ぎる男はモテないわよ? マックス君」


「な、何で俺の名前を……?」


「いやいや、君この国じゃ知らない人はいない人間よ? 知ってて当然じゃない。マックス君って呼び方でいいかしら?」


「別に呼び方は何でも……ってそういうことじゃないッ!」


 呼び方なんて今はどうでもいい! 

 問題は……『アバランチ』であるこの獣耳着物美少女が何故俺の前に現れたかだ。

 

「何なんだ、何故俺の前に現れた?」


「もうそういう本題に行っちゃうの? 少し話しましょうよ、エッチな話とか」


「しねぇよ!? そんな気分じゃねぇよ!」


「硬派ね〜まっいいわ……私は


「助けに、だと?」


 国家の警察に貶められて、犯罪者の集団に助けられるなんて誰が予想できただろうか。

 何を信じて、何を疑えばいいのか分からなくなってきた。


「助けるって何のため「あぁそうだ!」」


「爽羅・K・レイ・ウェザーリポート。これ私の名前ね。どの部分で呼んでもらっても構わないけど何処がいい?」


「はっえっ……レ、レイ?」


「君はレイか。セクシーなセンスね」


 満足げに笑うレイと名乗るマイペースな彼女に俺は困惑するしかなかった。

 とても安心できるような人物ではないのに心の何処かでは安らぎを覚えてしまった。


「えっと……俺を助ける理由を聞いて「あぁそうね」」


「しかし詳細は後で言いましょう。時間はあまり、少しも、いや全くない」


 そう呟くと彼女は俺の腕を掴み強引に立たせ「耳を澄ませ」とばかりのポーズを取る。

 レイの誘導通り耳を研ぎますと小さくだが男達の声が鼓膜に伝わってきた。


「警備兵の増援が来ている。これ以上ここに長居するのは面倒ね。逃げるよ、ここにいれば明日には君は薬中で廃人になる」


「逃げるって……ここは魔力が封じられているんだぞ!? どうやって逃げれば!」


「単純な話よ、魔法が使えないのならパワーで切り抜ければいいだけ」


 全く焦りを浮かべずレイは屈伸をすると壁の方へと目を向けた。

 何をする気だ? ここには武器もなく壁も頑丈に作られている。


 俺にとっては完全に詰んでいる空間だ。

 

「私はスポーツマン。こんな壁なんて子供騙しってやつなの……よッ!!」


 独特のステップを踏むと彼女は風を切るほどの速度でドロップキックを叩き込む。

 凄まじい轟音が響き、頑丈であった壁は一撃で木っ端微塵に粉砕された。


 陰湿だった場所には陽がより差し込み蘭塔から見下ろすと埃のように小さいリエレルの建設物が確認できる。


「なっ!?」


「こんな感じでね?」


 嘘だろ……ただの蹴りだけで壁を完全に破壊しやがった。

 そんな華奢な身体の何処にとんでもない脚力があるんだよ?!


 これが『アバランチ』の恐ろしさとでも言うのか?


「さて、それじゃ行こうマックス君、ここから逃げるよ」


「はっ……? 何言ってんだここは地上まで何百メートルも高さがある蘭塔だぞ!?」


「問題はない、さぁ空の旅よ」


「ちょ待て!? 魔法も使えないのにどうやってッ!」


「舌を噛まないよう気をつけなさい」


 有無を言わさず俺の手を握り締めるとそのまま飛び降りた。

 上空で吹き荒れる風を全身に浴びながら俺達は真下へと落下していく。


「嘘だろォォォォォォォォ!?」


「アッハハハハハハハハ! サイコォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 自由落下の恐怖に怯える自分とは対称的に彼女は狂喜乱舞な叫びを喉から撒き散らす。

 まるでアトラクションでも楽しんでいるかのような顔だった。


 徐々に加速していく落下のスピード。

 息ができないほどの突風が強烈に全身へと襲いかかる。


 やがては地面が見え始め、過激な空の旅も終わりが見え始めていく。


「し、死ぬ!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ!?」


「死なないよ」

 

 今にも迫りくる死の中、レイは俺の首根っこを掴むと蘭塔の壁へと接近する。

 彼女は一切迷うことなく石造りの壁へ左手を突っ込み腕力で減速していく。


「はっ!?」


「よっと!」


 素手で派手に壁を削っていきながら俺達の降下速度は一気に緩やかとなり、やがては蘭塔の入口付近へと地面に足がついた。


 衝撃で地は陥没し砂埃が舞い上がる。


「痛っ、摩擦熱というのはホント嫌ね」


 笑いながら少しだけ赤くなっている左手を冷ますように息を吹きかけるレイ。

 普通であれば骨すらも残らないはずなのに彼女の手はまるで傷がなかった。


「イかれてる……どうなってんだよ」


 普通とは程遠い。

 この身体能力も常軌を逸しているし、何よりも肝の座りようが異常すぎる。

 だがそんな彼女の異質さに驚いている暇はない。


「お、おい何だ貴様らは!?」


「上から降ってきた!?」


「こいつまさか『アバランチ』か!?」


「ヤバいぞ……早く応援を呼べ!」


「もう呼んでいる!」


 突然のレイの登場に警備兵達は激しく動揺し慌てて警戒態勢に入る。

 彼女が『アバランチ』だと知っているのか槍を持つ手は酷く震えていた。


「お〜お〜こんなにも男達の視線を奪ってしまうとは、逆ハーレムってやつかしら?」


 そんな状況下でもレイはふざけた冗談を取り自慢のような顔を周囲に向ける。

 すると唐突に俺の腕を掴んで引き寄せると耳元でこう囁いた。


「退くよ、お姫様ごっこの時間だ」


「はっお姫様?」


 彼女の言葉を理解する前にレイは華奢な身体からは考えられない力で俺を抱える。

 今の自分の姿はまさに王子様に抱えられるお姫様のような格好であった。


「ちょ!?」


「しっかり捕まってなさい、マックス君」


「なっ待て!? 逃がさんぞ!」


 警備兵からの制止の声を気にも止めず、レイは一切聞く耳を持たずに走り出す。

 その速さはオリンピック選手でも追いつけそうになく、警備兵を引き離していく。


「ははははははッ!!!!!」


 愉悦に満ち溢れた声をレイは激しく上げながら、蘭塔から脱出するために壁を蹴り上げて跳躍する。


「なっ……!」


「ウソだろ……蘭塔の壁をあんな軽く!?」


 人間としてのスペックを超えた動きでレイは天空の監獄から抜け出し、リエレル王国を駆けていく。


 誰にも視認させないほどの速度で加速しやがては人気のない路地裏へと到着し、俺は投げ落とされた。


「いだっ!?」


「ここなら暫く追っては来ないか、お嬢様体験は如何だったかしら?」


「全然……楽しくねぇよ……!」


「あらら、低評価の星が一つと。安全性の改善は必須という訳ね」


 顎に手を当てながらどうでもいいことを真剣に考えるレイ。  

 終始、危機感というものとは程遠いお調子者な態度を取り続けている。


 こいつ本当に『アバランチ』なんだよな? 


「お前……いい加減教えてくれ、『アバランチ』だってことは分かったが……何が目的で俺を助けたんだ? テロリストが何の用だ」

 

「テロリストって嬉しくない言い方ね。まぁ間違いでもないからいっか」


 一瞬不服そうな顔を浮かべるも直ぐに笑顔へと切り替わりレイは俺を見下ろす。


「君、私達と協力しないか?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る