第19話 ウェルカム・トゥ・ヘル
「……ん」
頬に伝わるひんやりとした感触。
その冷たさに朦朧としていた意識が徐々に回復していく。
何があった?
確かリビルに仲間が拉致されたと懇願されて麻薬組織を壊滅させて、それから。
……そうだ、あいつに裏切られたんだッ!
あのクソゴミ野郎がァァァァァァ!!
あいつに慈悲の心を持ってしまったのが間違いだった。
最初から俺を嵌める為の罠だった。あの土下座も懇願も。
許さねぇ……一秒でも早くあいつを……。
「って、何だここ?」
五感が完全に回復し、俺は辺りを見回す。
見覚えのない場所だ、薄暗く湿っぽい空気が流れる牢のような石造りの部屋。
中には薄汚いベッドしかなく目の前の小窓がある鉄の扉から陽の光が差し込む。
「牢獄か……? 何でこんな場所に」
「起きたか、マックス・アナリズム君」
「ッ!?」
扉越しに聞こえる甲高い男の声。
誰かいるのかと咄嗟に小窓へと目をやるとそこには赤い髪をした大人の男がいた。
近付いてみると高級そうな甲冑を身に纏い律儀な髭を生やしたジェントルマンのような雰囲気がある。
「だ、誰?」
「これはすまない、私は王家直属の治安維持部隊隊長、ジビラ・ドラムだ」
「治安維持部隊!?」
治安維持部隊って……確かステラさんによれば警察の代わりみたいな組織だったよな?
ど、どうなってる何で俺はそこの隊長と扉越しに話してるんだ?
「ここは
「蘭塔って……ま、まさかあのタワー!?」
あのでっかいタワー牢獄だったのかよ!?
って、つまり俺は今めっちゃ上空にいるってことなのか……? いや何でなんだよ。
「どうなっているんですか……何で俺はそんな人と話していて」
「君は告発により逮捕されたのだよ。レッド・アシアン所持と売買の罪でな。しかも『アバランチ』と共謀したという」
「はっ?」
何言ってんだこの人は?
レッド・アシアンの所持に売買?
俺が『アバランチ』と共謀?
そんなの俺の覚えにはない。
「ま、待ってください! 何の話ですか!? 俺はそんな罪を犯したことは!」
「残念だが君の言い分は通らない、既に現場で証拠は揃っているのだ。それに、君を連れていた少年の証言もある」
「少年……?」
「名はリビル・ピアノと言ったかな。君が廃墟の屋敷で薬物の売買を行っているという証言があった。調査隊を向かわせた所、君が密売組織と共に意識を失っている所が確認され拘束に至ったのだ」
「なっ……ハァァァァァァァ!?」
やっぱりあいつか、あの野郎仲間を拐われたと嘘ついて嵌めやがったなッ!
しまった……ギルドを通さず非公認にしたのは俺に罪を被せやすくするためか。
きっと気絶してる間に偽装工作でもして俺に罪が向くようにでもしたんだろう。
クッソ、アトム・スマッシャー戦で負けた時の腹いせでもしたつもりかよ!
「ま、待てあれは違う、リビルのでっち上げでだ! 俺じゃない!」
「フンッ、犯罪者はそうやって誰かに罪を擦り付け逃れようとする。その言葉には聞き飽きたよ」
「嘘じゃない本当なんだ! 全部あいつが工作したことでッ!」
「その証拠はあるのかね?」
「証拠……?」
「リビル君が虚偽の証言をしており、尚且つ君が無実であることを裏付ける証拠だよ」
「証拠って……言われても」
あいつとの会話を何かに保存していた訳じゃない。
アリバイもなく、俺が気絶した間でならいくらでも自分に罪を被せる作業が出来る。
無実を証明できる手札は……俺にはない。
「ないだろう? 結局君は罪から逃れたいただの罪人でしかない。しかし驚きだ、君のような有名人が違法薬物で逮捕されるなんて巷ではその話題で持ちきりみたいだよ」
「そんな……!?」
「まぁいい、取り調べは明日から行われる。今日はその冷たい床で夜を明かしたまえ」
「おい待てよッ! まだ話は!」
「あぁ言っておくが……この場所には強力な魔力抑制の魔法陣が敷かれている。魔法を使って逃げれるとは思わないことだな。ではさらばだ、墜ちた英雄君」
ゴミを見るような蔑む目を向けながらジビラと名乗る男は姿を消した。
「クソっ!!」
ガンッと思わず扉を力強く蹴ってしまう。
何かに怒りをぶつけていないと腹の虫が治まらず、心が壊れる。
「どうする……どうすればいい」
試しに魔法を放とうとするもジビラの言っていた通り結界が貼られているせいか厨二病が発動出来ず使用できない。
扉の向こうから警備兵が数人ほど見える。
魔法なしで複数の大人を倒せる確率は低い。そもそもこの扉も破壊できない。
仮に出来たとして、魔法に依存している俺が魔力を封じられているこの蘭塔から逃れられる保証はない。
「八方塞がり……か」
駄目だ、有効的な方法が思いつかない。
そもそも勝手に抜け出したりなんかしたら脱獄の罪まで被り余計に怪しまれる。
不服だが……ここは大人しく取り調べでどうにか潔白を証明するしか。
「ゲームオーバーだな、クソガキ」
「えっ?」
無実を示す弁を必死に作り上げていたその時、蔑むような内容の声が耳に入る。
顔を上げると俺の牢獄の警備をしている兵士がこちらへと目を向けていた。
「治安維持部隊に捕まっちまって。もう外の景色は見れねぇだろうよ。例え真実がどうだろうとな」
「はぁっ? 何だいきなり、そんなのまだ決まったことじゃ」
「決まってんだよ。お前が有名人だからな」
「有名人?」
嘲笑と共に告げられた兵士の男から言葉は俺の中にあった微かな希望を打ち砕いた。
「今じゃお前は冒険者の範囲を超えて様々な界隈にも顔が利く人物だ。自分自身で影響力持ってんのは理解してるだろ」
「そ、そりゃ……俺が通っていた肉屋が繁盛したりだとか」
「そう、良くも悪くも世論を動かす。もしそんな奴を誤認逮捕しただなんて真実だったら俺達のような治安維持部隊のメンツは丸潰れだ。「有名人を間違って逮捕したクソ集団」ってレッテル貼られてな」
「それが何だっていうんだ?」
「そうなった場合どうなると思う? 民衆は当然の如く俺達への信頼はガタ落ち。最悪全員が職を失うこともあり得る」
「まさか……メンツを保つために俺を無実にすることはないとでも言いたいのか!?」
「そうだ。治安維持部隊は国を守る存在であり悪を許さない正義の味方。それが冤罪を生むなんてあってはならない」
イカれてやがる……誰かの人生を何だと思ってるんだこいつらはよ!?
メンツを守るなんて保身のために俺を有罪にするとか性根腐ってんのかッ!
「ふざけんじゃねえぞッ! 何でそんな下らない見栄のために俺が!」
「それが社会ってもんだ、クソガキ。ジビラ隊長は自白剤打ちまくってお前に罪を認めさせるだろうよ。まっ有名になり過ぎてしまった自分の運命を呪うんだな。ハハッ!」
乾いた笑いを向け、男は俺から視線を逸していった。
「チックショォォガァァァァァァッ!」
怒りに任せて壁を思い切り殴るが痛みは感じない。
拳には痛々しく血が滲み、鈍く無力を表す音が鳴り響く。
「終わり……こんなとこで?」
昨日まで俺は確かに絶頂期にいた。
誰かに慕われ、誰かに妬まれ、美味しい物食って、金を稼いで、無能から半年掛けてこの地位まで辿り着いた。
だがそれがどうだ?
たった一日でありもしない罪を着せられ、冷たい牢獄の中、確定された理不尽な有罪を待っている。
ハッ……ハハッ……何だよこれ、何だよこのクソゲーは。
これまでの幸せは何だったんだよ。こんなにも簡単に崩れちまうのかよ。
明日にはあの兵士が言うに俺は自白剤を大量に打たれて罪を吐くことになる。
薬物の耐性なんてない。魔法が使えないからガードも出来ない。
自白剤を打ち込まれた人間は「廃人」になるって話を何処かで聞いたことがある。
そうなりゃきっと、俺の人生は薬中人間として完全に幕を閉じるな。
「ハッ……アッハハハハハハハッ!」
不思議と笑いが止まらなくなる。
何かが吹っ切れたのか、感情のコントロールが上手く行かない。
馬鹿馬鹿しいほどに詰んでいる状況に笑うしかなかった。
「クソが」
最後にそう小さく吐き捨て、俺は無機質な石の壁へと腰を下ろした。
もう何も考えたくない、考えれば考えるほど虚しくなってくる。
自分では何も出来ないというのはここまで辛いことなのか。
蹂躙されていたマックスの気持ちがより分かった気がする。
ただひたすら、俺は何もせず刻々と時が過ぎていくのを待っているだけだった。
そうしてからもうどれくらい時間が経っただろうか。
空腹感はあるが、今はどうにも食べる気が起きず、ただボーっと天井を見つめている。
救いがあるなら誰でもいいから救ってほしい。例え『アバランチ』だろうと俺を救ってくれるのなら。
「誰か見てるなら……助けてくれよ」
そう弱々しく叶わぬ願いを呟いた……その時だった。
「な、何だ貴様は!? ぐぼぁ!!」
「こいつまさか!? ぐぶぇッ!?」
「……っ?」
突然、牢獄の外が騒がしくなった。
何が起きてる? 警備兵の嗚咽が聞こえ扉の向こうからは殴打音とドサッと人が倒れるような音だけが響いていた。
「何だ……何が起きて」
重い腰を上げ、確認に向かおうと小窓へと視線を向け近付いた、その瞬間。
ドグォ!
「ぐぶぇァ!」
「ッ!?」
先程、俺を絶望に叩き落したあの兵士の男が吹き飛ばされた光景が窓越しに見える。
一瞬だったが、眼球が飛び出すほどに顔面が崩壊しており派手に血飛沫を上げていた。
「……え?」
あまりにも唐突に起きた出来事に思考が追いつかない。
突然の展開に必死に状況を理解しようと脳を必死に働かせようとした時。
ズバァァァァン!
「うぉぁ!?」
豪快な音が轟き、目の前の牢獄の扉が盛大にかっ飛ばされた。
扉は俺の顔面スレスレを高速で横切り反対の壁をめり込ませる。
間一髪で避けたが思わず腰を抜かし尻もちをついてしまう。
啞然とする中、逆光に照らされた一つの人影が牢獄へと入り込んでいく。
その正体は……美少女であった。
「着物……?」
深紫のオシャレな肩出しをしたミニスカートの艶やかな着物。
ピンク色のサイドテールの髪の上からは猫耳のような物が生えている。
髪飾りには鈴がついており端正な顔の中にある群青と緋色のオッドアイで俺を見下ろしていた。
異世界とは思えない和の美しい雰囲気を彼女は纏っている。
見惚れる俺にゆっくりと美少女は近付きしゃがみ込むとジッと俺の目を見つめた。
「大丈夫? 君」
「えっ……あっ……?」
女性特有の甘く温かい匂いが理性を激しく刺激されてしまう。
聞き心地の良いウィスパーボイスが心へと浸食し思考回路が真っ白になる。
「特に傷はなさそうだし、大丈夫そうね。良かった良かった」
俺が返答する前に彼女は勝手に自己完結の言葉を並べていく。
言葉が出ない俺の顎を持ち上げるとニコッと小悪魔な笑顔を浮かべた。
「だ、誰だ……ハッ!?」
その時、不意にリビルのあの言葉が脳裏に過る。
確かあいつは『アバランチ』の特徴で派手な服装と挙げていた。
その具体例は……紫色の着物と呼ばれている服を着ていた、と。
「アンタ……『アバランチ』か……?」
その問いを掛けると彼女の眉が少しばかり動く。
何かを考えた素振りを見せるとゆっくりと立ち上がり微笑を向けこう告げた。
「へぇ、有名人だった君にも知られているとはずいぶんと悪名高いようね私達も」
「そ、それって」
「そうよ、私は『アバランチ』。初めましてね少年」
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