第18話 姑息なる反逆

 リビルの必死の願いもあり、俺は支払いを終えるとその日にこいつの仲間を救うべく密売組織のアジトへと向かった。   


「ここか……?」


「あぁ、人がいるようには見えないがな」


 リビルの案内で辿り着いた密売組織のアジトは街の外れにある廃屋敷だった。

 立派な建物だったのだろうが至る所が経年劣化しており今にも崩れる雰囲気。


 漂う不快な臭いが鼻孔を抉り、鼻を摘んでいないと気分が悪くなる。


「人数は?」


「三十人ほど。前回の討伐では数人ほど倒したから実際はもう少し減っている。他の密売組織は更に多いらしいが……ここはまだ少ないほうだ」


「そうか、まぁいい行くぞ」


 頬を強く叩き、闘魂を注入すると暗闇が支配する屋敷へと乗り込んでいく。

 しばらくは誰もいない静寂が支配する長廊下が続いていた。


 自分の心臓の鼓動音も分かるほどに。

 もはや誰一人もいないのではないかと思い始めた、その時だった。


「ッ!」


 咄嗟に近くの柱へと身を隠す。

 僅かではあるが微かに談笑をするような声が耳に響いたのだ。

 息を殺し、その場に隠れているといずれは二人の大男が現れた。


「どうなんだ売り上げは?」


「商売上がったりみたいだぜ。レッド・アシアンを欲しがる冒険者は少なくない」


「馬鹿だな冒険者の若造らも、薬物中毒になってまで強くなりたいのか」


「そんなもんじゃねぇのか? 冒険者っていうのはさ、普通の奴がならない仕事だ」

 

 会話の中で聞こえたレッド・アシアンというワード。

 間違いない……確実にあの二人は密売に関わっている人物。


 二人の動向を凝視しながら俺はリビルへと小声で質問を投げかける。


「なぁあいつらが『アバランチ』か?」


「いや……あれは密売組織側の人間だろう。『アバランチ』はもっと奇抜な格好をしている。あんな地味じゃない」


「派手な格好?」


「例を言えば紫色の特徴的な服……確かとか呼ばれる服を着ていたり」


「着物!?」


 な、着物だと?

 着物って……何でこの異世界でそんな日本らしい服装があるんだよ!?

 いやないとは言い切れないが……確かにそれは派手だな。婆娑羅みてぇだ。


「まぁ何でもいい、そろそろ戻ろう。またボスにどやされちまう」


「あぁそうだな」


 そうこうしていると男達は身体をUターンさせ闇が支配する奥へと進んでいく。

 チャンスだ、こいつらを追っていけばリビルの仲間に辿り着くかもしれない。


「行くぞリビル、奴らを追おう」


 柱から姿を現すと男達の後を追う。

 薄暗い中、足音をたてないように呼吸音が聞こえるほど慎重に。


 角に差し掛かった瞬間、突如として視界に光が差し込んだ。


 そこは広いホールとなっており、正面には二階へ続く階段が。

 先には数人の男が武器を持って待ち構えていた。恐らくあそこを登れば奴らの本拠地であろう。


「クソっ隠密で動けるのはここまでか、マックスどうする? お前の闇魔法ならバレずに倒せるんじゃないか?」


「やれなくはないが……それは無理だな」


「無理だと?」


 闇魔法には暗殺系の代物もある。

 だが……魔法を放つ際は厨二病が発動してクソうるさい声でセリフをぶち撒けるのだ。

 魔法の前に大声のせいで相手に気付かれてしまう。


 くそったれ、ここに来て副作用のデメリットが作動しちまった。

 仕方ない、あまりこの選択はしたくはなかったが……こうなったら脳筋で行くかッ!


「リビル、正面突破だ」


「はっ?」


「一気に敵を蹴散らす、仲間の居場所は奴らをボコボコにしてから聞き出せばいい」


「……分かった、サポートは任せろ」


「よしっ、そんじゃ派手に行くぞッ!」


 首肯するリビルの肩に俺は手を置くとそのまま勢いよく走り出す。

 当然、敵は俺達に気が付き、手に持った武器を構え即座に戦闘態勢に入る。

 

「な、なんだこいつ!?」


「侵入者か!?」


「何でもいい、ぶっ殺すぞッ!」


 その言葉をトリガーに男達は筋肉質な身体を動かし一斉に襲いかかってくる。

 迫りくる男達を見回すと俺は間髪入れず厨二病を発動した。


「俗物どもが、我が闇の裁きを受けるが良い……ミョルニル・シャドウッ!」


 刹那――両手から放たれた漆黒の波動が一直線上に駆け抜けていく。

 波動は無数のハンマーへと変化していき、男達を次々と殴り飛ばす。


「ぐぶっ!?」


「がふぁ!?」


「ごべれぇっ!」


 壁にめり込むほどに全員が吹き飛ばされていき、床に倒れ無力化していった。


「す、凄い……一瞬で奴らを」


 関心しているリビルを気にせず俺は間髪入れずに階段を一気に駆け上がる。

 大きく厳かな扉を豪快に蹴破り、談笑の声が聞こえる室内へと突入する!


 そこには数十人の男が酒に溺れながら寛いでおり中心の席には白いコートを着たリーダーと思わしきオールバックの男がいた。


「な、何だ!?」


 いち早くリーダーの男は俺に気付き、手元に置いてあった剣を手に取る。

 一歩遅れて周りの男達も異変に気付き俺へと殺意の目を向け始めた。


「誰だ貴様……冒険者か? ハッ、一人でここに来るとは命知らずな奴が!」


「ちょボス! あの男、マックスですよ!」


「マックス?」


「あいつです、最近リエレル王国で頭角を現してる闇魔法使いの!」


「ッ! なっあのマックスだと!? 何でここにいんだよッ!?」


 取り巻きの言葉を聞いた瞬間、リーダーの男が歪み、顔が青ざめていく。

 まさか密売組織にも名が知れていたとはな……全然嬉しくねぇけど!


「禁忌とされる悪魔の代物を売り捌く愚か者達よ、覚悟するがいい」


「クッ……レッド・アシアンを嗅ぎつけて潰しに来たのか、だが俺達の稼ぎを潰されてたまるかよ! 殺れお前らッ!」


「「「ウオォオオオッ!!!」」」


 リーダーの指示に従い男達が汚らしい雄叫びを上げ、俺へと向かってきた。

 さて……ここからが本番だ。一瞬で全員を叩き潰す。


「死ねやぁあああっ!」


「フンッ、シャドウ・ファイティング」

 

 身体能力を向上させる闇魔法。

 五感が研ぎ澄まされ、あらゆる動作がスローモーションのように遅れて見える。


 振り下ろされた刃を軽く避けると、カウンターのように顔面に拳を喰らわせる。

 鈍い音が響き渡り、鼻血を噴き出しながら男は白目を向いて倒れた。


「な、なにっ!?」


 驚く男達を無視し、次々と殴打と足蹴のコンボで吹き飛ばしていく。

 一人、二人、三人と確実に素早く。


 ゴリ押しの脳筋スタイルだが時にそれはどんな策略よりも有効的になることもある。


「ひ、怯むなッ!  相手はたったの一人だぞ!? 早く殺れってんだ!」


 その後も統率の欠片もなく襲いかかる男達を蹴散らしていき、やがてはリーダーの男のみとなる。


「馬鹿な……この人数を相手にして無傷だとッ!」


「ここまでだ、自らの愚かな過ちに後悔しながら神へと懺悔をするがいい」


「クソっ……クソがァァァァァ!」


 怒りを露わにし、手に持っていた剣を振りかざす。

 しかし動きは遅く、難なく避け男の腹部に蹴りを叩き込む。


「かはっ!?」


「ダーク・ドライヴ」


 嗚咽と共に、膝から崩れた隙を逃さず闇の光線で男が持つ剣を木っ端微塵に破壊した。

 弱っている身体を強引に抑えつけ、俺は厨二病を解除する。


「武器は破壊した、部下は全員気絶している、もう終わりだ」


「この……ガキがッ……!」


 悔しそうに歯噛みするリーダーの男。

 先程の蹴りが溝に入ったのか今にも意識を手放しそうな程に朦朧としている。


「マックス!」


 その時、少しばかり遅れてリビルが増援とばかりにこの部屋へと到着した。

 まぁもう既に全て終わっているのだが。


「奴らは全員片付けた。武器を下ろしても大丈夫だぞ」


「そ、そうか……やっぱり凄いな」


「それより、こいつらのボスはお前か?」


 俺はリーダーの髪を乱雑に掴んで持ち上げると視線を合わせる。

 苦痛に満ちた表情を浮かべながらも、リーダーは諦めたように口を開いた。


「ハッ……そうだよ、レッド・アシアンを売り捌いている俺の組織だ。リエレルの有名人が何の目的だ? 違法薬物の根絶か? 正義マンめ」 


 悪態をつくように吐き捨てた言葉に俺は思わず眉を潜める。

 正義のヒーローみたいな言い方は馬鹿にされているようで癪に障る。


「だが俺の組織を潰したとこでレッド・アシアンは根絶されないぜ……? 他の組織も例の薬を商売道具としてるからな……!」


「あぁそうかい、まっそんなの今はどうでもいい、仲間を何処にやった?」


「はっ?」


「後ろにいるリビルの仲間だ。『アルコバレーノ』のメンバーは何処にいる? 『アバランチ』とはどんな関わりなんだ?」


「ま、待て……何の話だ……?」


「あっ?」


 何を惚けてやがるこいつ。

 ここに来ての白を切るような態度に苛立ち俺は髪の毛を掴む力を強めた。


「惚けてんじゃねぇよ! テメェが『アバランチ』と組んで仲間を誘拐したのは分かってんだッ! 早く言わねぇと」


「知らねぇよ! 『アルコバレーノ』なんてチー厶と俺は交戦してないし誘拐なんてしてねェ! それに『アバランチ』なんてあんな危険な奴らと関わるかってんだッ!」


 何だ……どうなってる? 

 嘘をついているような素振りはない。

 この焦りようは本心からの言葉だ。


「チッ!」


 こいつはもう使い物にならない。

 ダメ押しとばかりに顔面へと拳を叩き込みリーダーの男を完全に気絶させた。


 どうなってやがる……リビルから伝えられた話と違いすぎるぞ。


「おいリビル、これは一体どういう__」


 ドンッ__。


「はっ……?」


 何かで殴られたような感覚。

 後頭部には激痛が走り、理解が追いつかないまま俺は地面へと崩れ落ちる。


「ハッ……ハハッ、アッハハハッ!」


 視界が歪み、意識が朦朧としていく中、卑劣な高笑いが響き渡る。

 振り返ると……俺を殴打したであろう血がついた大石を持ったリビルが立っていた。


「リビル……お前何を……!?」


「マックス、お前は強い。だが慈悲が深すぎたようだなァァ!!」


「てめぇ……謀ったのか……!」


「いいこと教えてやるよ、この世界ではな、嵌められる方が悪いんだよ」


「リ……ビル……!」


 薄れゆく意識の中、最後に見たのは歪んだ笑みを浮かべるリビルの顔。

 心では今すぐにでも殴りかかりたくとも身体は衰弱していき……俺は闇に包まれ意識を手放してしまった。

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