第9話 スタンピード・ブレイク

「ちょはっえっ、何ですかあの馬鹿みたいな数の牛達は!?」


「あのモンスターはベル・リンダという牛型の魔獣です。よく群れを作り行動していますが……あんなにも大勢なのは初めてです」


 冷静に解説するリファさんだがその目は焦慮に駆られており、言葉も震えている。

 きっとこの場にいる全員にとって予想外なんだろうが……アレはエグいぞ。

 

 ベル・リンダは着実に接近しており、徐々に肉眼でも捉えれるようになってしまう。


「お、おい何だあの数は!?」


「聞いてねぇぞッ!」


「オエッ!」


 村民達も異変に気付く。

 顔色は青ざめており、中には泣き出し嗚咽する者さえいた。

 不味い、完全にパニックになっている。


「マックスさん……」


「大丈夫です。何とかは出来ますよきっと」


 と、リファさんを落ち着かせる為の言葉を発したが……どうすればいいコレ。


 超上級の闇魔法を全力で放てばベル・リンダを一掃は出来ると思う。

 しかし超上級はその反動で村を破壊し村民を傷つけてしまうリスクが高い。

 

 だからと言ってチマチマ威力が抑え気味の初級の闇魔法を使ってたらあの大群にいずれは突破される。


 厨二病になるのは別にいい、大勢の命が掛かってんだ。恥ずかしがってる暇はない。

 だが対処法が思いつかず迫るタイムリミットに俺は頭を抱えた。


「あークソッ!」


 どうすればいいんだよッ!  

 俺一人だと村を傷つけない初級魔法だけでスタンピードを全て蹴散らすのは……俺が何人もいれば別だが……。


「……何人もいる?」


 待てよ。

 俺一人でダメなら……俺と同等の力の人間を増やせば良いんじゃないか?

 確か闇魔法には他人に力の一部を付与するのがあったはず、つまりそれを使えば。


「リファさん、護衛団の男を十人ほど集めて村を囲う森を抜けた場所にベル・リンダが来る方向へ配置してください」


「えっ? それはどういう」


「いいから早く! 時間がないッ!」


「わっ分かりました!」 


 俺の剣幕に押されリファさんは慌てて駆け出し村人へと伝言を伝えていく。

 数分後、リファさん判断で集められた護衛団選抜の男達が選出された。


 全員が木と石で作られた立派な弓矢を背中に背負っている。


「選抜者達は俺と一緒に! 他の人達は住居で待機を、絶対に動かないでッ!」


 不安と困惑が支配している空気を窘めたいが時間がない。

 未だに状況を理解しきれてない男達を引き連れ、森を抜けるとベル・リンダが迫りくる西方へと立つ。

 

「な、なぁ冒険者の兄ちゃんよ、一体何をするつもりなんだ?」


「そうだ千を超えるスタンピードをこんな十人ほどで倒せるとはとても……」


 無謀とも捉えられる行動に疑問の声が次々と上がっていく。 

 当然だろう、俺だってそっちの立場だったら同じことを言っている。


 だがそんなことに同情してる暇はない。

 できる限り無駄を省き、そして伝わるように俺は説明をしていく。


「貴方達には俺の魔力を一部付与させます。効果は五分程度ですが千頭の群れを倒すには充分かと」


「「「「はっ?」」」」


「ま、魔力の付与って一体?」


「やってみたら分かりますよ」


 よっしゃ、やるぞ俺。

 厨二病を……カマしてやらァァァ!!!

 

 覚悟を決めた俺は絶望を破壊するべく厨二病へと身を委ねた。

 

「フッ……フハハハハッ! 我がダークマターの力を授かる運命を光栄に思え羊達よ、ブラッディ・マリオネット!」


 詠唱を終えると、男達の肉体には黒いオーラが包まれ漆黒の鎧をを作り出していく。

 男達が持つ弓矢には装飾するように闇の魔力が纏われていく。

 

「な、何だコレ!?」


「鎧が勝手に……!」


「でも何だ……何か力が湧いてくるようなッ!」


 戸惑いながらも自分の身体に起きた嬉しい変化を実感する護衛団の面々。

 同時に絶望と諦めが混じっていた空気に希望が吹き荒れていく。

 

 そんな中、遂にベル・リンダのスタンピードは完全に姿を現し、あらゆるモノを破壊しようと四本脚を走らせる。


「さぁ蹂躙を始めようではないかッ! 己のサンクチュアリ聖なる場所を守るべく深淵に等しい我が力を使い障壁を打ち破るのだッ!」


「「「オォォォォォォォッ!!」」」


 厨二臭いセリフが逆に功を奏し、男達のボルテージを最大限までに引き上げた。

 完全に絶頂へと入った男達は一斉に弓を構え、ベル・リンダへと狙いを定める。


「食らいやがれェ!」


 男の一人から放たれた矢。


 空を切るように回転して行く度に、闇魔法を纏い始め、最終的には擬似的なレールガンのような形へと変化。


 ダークドライヴを彷彿とさせる矢は一撃でベル・リンダを複数木っ端微塵に破壊する。


「す、凄っ!?」


「これが闇魔法……!」


「勝てる……この村を守っていけるぞッ!」


 歓喜の雄叫びを上げながら男達はベル・リンダを次々と屠っていく。

 数分もすればバフのかかった闇魔法による攻撃によりベル・リンダの数は半分に減少。


 爆発四散し灰となった遺体が次々と生まれていく。

 流石はソウルの力だな、魔力を抑え込み、尚且つ一部の力だけでこの威力か。

 

 この調子なら……そう思った矢先だった。


「お、おいアレを見ろッ!」


 一人の男が指差した方向。

 先程よりも一回り、いや遥かに大きい個体のベル・リンダがこちらへ向かっていた。

 見るからに……親玉のような感じだ。


「キング・ベル・リンダだと?」


「嘘だろ滅多に見れねぇ進化体が!?」


 立派な黄金のツノを生やし、手足には装甲が装着されている。

 その場にいるだけで心が弱い者は失禁してしまいそうなプレッシャーを放っていた。


「どうすんだよアレ……」


「あれと戦えと……?」


 有頂天に達していた男達も悪い意味で冷静さを取り戻してしまう。

 

「怯むな腑抜けどもッ! 貴様らはこの闇の支配者である我の力を与えられた神の子だ! 恐れる必要などないッ!」


「「「ッッ!!!!」」」


 だが俺が放った厨二病混じりのセリフで男達は再び熱気が戻り始めた。

 恥ずかしい文面だが……この自信に溢れている態度と言葉が上手く機能している。


「闇の支配者である我を前にキングを名乗る愚かな存在は我が引導を渡すッ! 貴様らは目の前にいる聖域を汚す敵を殲滅せよッ!」


「「「「了解ッ!」」」」


 ザコ敵は男達に任せ、俺は最後部にいるキング・ベル・リンダへと跳躍する。

 遮るように目の前へと立ち塞がるとすかさず厨二病の俺は魔法陣を生成した。


『ブォォォ……!』


 何かを感じ取ったのか、キング・ベル・リンダは鼻息を荒くし、向けるのは殺意の目。

 地を何度か蹴ると衝撃波を生むほどの勢いで突進を始める。


 凄まじい速度、パワーも恐らく直撃すればあらゆる骨を砕かれ即死だろう。


「フンッ真正面から挑むその潔い心意気は褒めてやろう」


 しかし傲然屹立となる厨二病の自分に小手先の猛攻など通用しない。


「だが所詮は獣よ」


 最低限の動作で突進を避けるとすれ違いさまに腹部へと蹴りを叩き込む。

 刹那、衝撃音と共にキング・ベル・リンダは地面を削り後退していく。

 

「深淵たる闇の力を味わうが良いッ!」 


 ギガ・レビュアズを模倣するように反撃の隙を与えず右手を突き出し、俺は詠唱を開始する。


「ダークネス・バインド!」


 頭上には巨大な魔法陣から漆黒に染まった縄が何本も出現。

 空中を漂いながらキング・ベル・リンダの四肢を絡むように拘束し吊るし上げる。


『ブルァァァァァァァァァ!!』


 怒り狂い、鼓膜を刺激する咆哮。

 身動きが取れない状態のまま、奴は口を大きく開け牙を見せつけてきた。


「ククク……そんな醜態で我を噛み殺すつもりか? 浅知恵だな」


 嘲笑しながら手のひらをかざすと魔法陣が浮かび上がり、闇の刃が無数に出現する。


「さぁ審判の刻だ。今こそ力を解き放ち、罪深き魂に裁きを下せ」


 手のひらを握る動作と共に刃は集結しやがては一本の禍々しい槍が形成されていく。


「アビス・エッジ!」


 投擲された黒い閃光は一直線に進み、キング・ベル・リンダを貫く……!

 心臓を抉り血飛沫が舞い上がり串刺しのような形が作られる。


 断末魔も上げる暇もなく二度と獰猛な声を上げず灰となって消えていった。


「土に還れ、それが貴様に許された唯一の権利だ」


 傲慢に近い確実な勝利宣言を言い放つと厨二病は解除されていく。

 一気に身体への疲労が俺の意識に伸し掛かり、思わずグラついてしまった。


 疲れる……三日三晩会社で過ごした時を思い出してしまう程だ。


「ウォォォォォォ!」


 その時、男達の雄叫びが薄れゆく俺の意識を奮い立たせる。

 何が起きたのかと声の方向へ振り向くとベル・リンダの死屍累々が築かれていた。


 汗水垂らした男達がちょうど最後のベル・リンダの群れを闇に支配された矢で貫く。

 同時に制限時間が切れ、俺が付与した闇の装備は消滅していく。


 周りには千頭のベル・リンダの死骸が広がりやがては灰となって空へと消えた。

 

「やった……のか?」


「……はい、俺達の勝利です」


 現状を実感しきれてない男の質問に俺は優しく勝利の言葉を投げかける。


「「「「ウォォォォォォ!」」」」


 絶望を振り払う完全なる勝利に男達からは感動混じりの歓喜の叫びが木霊した。


「やった……やったぞ! 勝ったんだ!」


「これでこの村は救われる!」


「ありがとう! 冒険者の兄ちゃん!」


 男達は涙を流しながら俺の元へと駆け寄り感謝の意を伝えてくる。

 あぁやっぱり……老若男女問わず素直に感謝されるのは嬉し「いやしかし」


「なんかクサいセリフが多かったよな!」


「無駄に言葉をカッコつけてるというか今思うと聞いてた俺が恥ずかしくなってくる」


「若気の至りってやつか、アッハハハ! ほら兄ちゃんは救世主なんだから喜べよもっと!」


 ……うん分かってた。

 こういう反応になるだろうなって薄々と感づいてはいた。

 もしかしたら皆触れずに終わってくれると思ったよ、でも結果は穿り回されたよ。


「アッハハ……そうですね」


 今すぐにでも死にたい羞恥心を堪え愛想笑いを浮かべる。

 あぁもう……やっぱり厨二病は嫌じゃァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!

 


 

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