第8話 スキルス村

 太陽は丁度真上に登っており正午である為か、商店は俺が来た時よりも賑わいを見せている。


 食欲を誘う匂いが鼻孔を刺激するが飯を取るのは後にしよう。

 ギルドカードを門番の兵士に提示しリエレルから離れる。


 先程キウイさんと会話していた門兵達は俺を窺う目線でヒソヒソと話していた。

 まぁそりゃ貴族の馬車にしがない冒険者が乗車してたら悪い意味で疑問も浮かべるか。


 そんな目を無視しながら麦畑を切断するように伸びる道を進む。

 地図によればスキルラ村はここからそこそこ離れた辺境の地に存在。


 その名の通り、最初は整備されていた道も段々と獣道へと変化していく。

 湿気のある空気の森林、生い茂った草木は鬱蒼としており、あまり人が通らない事が窺える。


「進む方向あってるよな……間違えてたら洒落にならんぞ」


 生まれも育ちも都会な俺にはこのジメジメとした場所は……精神的にキツい。

 汗で濡れた肌が服を張り付かせ不快感が募り始めたその時だった。


「おっ?」


 しばらく続いていたアマゾンのような森林が段々と晴れていき木の柵と空堀に囲まれた畑が現れる。


 広大な畑の先には大小の木々を縄で何重にも縛り、木壁に囲まれる集落が見えた。

 石造りの建築物がメインのリエレルに比べると実に簡素な作りだが、それが逆に風情を感じさせる。


「ここ……だよな。マジで辺境かよ」


 地図には場所が書かれているだけでスキルラ村の詳細は記されてなかった。

 まさかここまで過疎地な場所だとは思いもしなかったな。


 門の部分は石杭を並べて門扉を頑丈な縄で上に吊り下げている。

 これは……開けたらあの杭が襲ってくるシステムか? えっ怖っ。


「すみませーん! クエストの依頼を受けて来た者なのですが!」


 流石に罠が仕込まれた扉を開ける訳にもいかず村民に届くよう扉越しに声を上げる。

 なのだが……まるで返事がなく、何度大声を上げても返ってこない。


「おぉい! えっちょ、あのいませんか!」


 えっどうすりゃいいのコレ?

 入れないとクエストもクソもねぇぞ!?

 仕方ない……何かあったかもしれんし村を囲う木壁を登るしかねぇか。


「よっと!」


 ニメートル程ある高さを軽々しく飛び越え着地する。

 学生時代の趣味でボルダリングをやっていた事が功を奏した。

 

 さて、中には誰も人は見当たらない。

 まさか間に合わなかったとか……いやなら建築物がしっかり残ってるのはおかしい。


「すみません! 誰かいま__」


 もう一度声を上げたその時。


 ビシュ! 


「……へっ?」


 弓から放たれた音が静寂に響き、石槍の矢が俺の顔面スレスレを横切った。


 咄嗟に飛んできた方向に目をやると木製の櫓の上や地面に立つ複数の男達の姿。

 手に持つ弓矢は俺に向けられており、その表情は殺意に満ち溢れていた。


 ……あれ? これ殺される?


「あ、あのすみませんこれは一体……」


「この魔獣め! 人間に擬態してここまで来たのか!」


「あの罠を切り抜けるなんて……クッソ、忌々しい魔獣め!」


「ここでブチ殺す!」

 

 あぁ……魔物と思われてますねコレ。


「「「「死ねェェェェ!」」」」


「ちょぉ!?」

 

 無数の矢が降り注ぐ中、俺は必死になってその場を駆け出した。

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! なんでこんな事にィ!? 依頼を受けてやって来ただけなのにッ!


 どうするどうする、魔法で場を収めるか? いやそんなことしたら村が吹っ飛ぶぞ!?

 ここは言葉でどうにか……!

 

「ま、待って、俺はタッド・リファって人の依頼を受けた冒険者で!」


「「「「えっ?」」」」


 その言葉を聞いた瞬間、殺意に満ち溢れていた村民達の強張った顔が治まっていく。

 緊迫した空気は徐々に消え、一人の村人が俺に恐る恐る話し掛ける。

 

「……リファの事を知っているのか?」


「知ってるも何も俺はその人から依頼されていたクエストを受けに来たんですよホラ!」


 しっかりタッド・リファの名が書かれたクエストの紙を見せると村人達は「あっ」と納得の声を漏らし弓を下ろし始めた。


「す、すまねぇ冒険者だったとは。てっきり人間に化けた魔物かと」


「まさか依頼を受けてくれる人がいるとは思わずな……アッハハッ」


「アッハハッ」じゃねぇよ!? 

 何笑ってんだこちとら勘違いで死にかけたんだぞオイ!?

 ま、まぁ事態が悪化する前に誤解が解けたんだから良しとするか。


「いや……分かってくれればいいんですけど。それで、リファって人は?」


「あぁそれならリファ! 来てくれたぞ冒険者が!」


 村人が大声で叫ぶとその声に反応し、家屋からは一人の少女が現れた。

 幼い雰囲気、まだ十代前半だろうか。


 藍色の長髪は後ろ髪を三つ編みにして垂らしており、瞳は透き通った青色。

 白いワンピースを着こなしている姿は清楚な印象を受ける。


 ロレンスお嬢様とはまた違う可憐さだ。


「ぼ、冒険者様ですか? ありがとうございます! 私達の依頼を受けてくださって……私は村長の娘であるタッド・リファです」


「村長の娘? 村長ではなく?」


「すみません……その私の父は辺境の村で高齢ということもあり情報に乏しく……代わりに私が全てを行いまして」  


 その時、リファさんの背後から杖をつき白髭の老人がゆっくりと近づいてくる。


「すまんのぉリファ……迷惑をかけて。あっ貴方が冒険者様ですか、何卒……我らの村を救ってくださると」


「いいってベルスお父さん、ほらまた腰やるかもしれないから寝てて。大丈夫だから」


 どうやらベルスという名らしい。

 このスキルラ村の村長で彼女の父親らしいが……祖父にしか見えんのは俺だけか?


「えっとそれで貴方の名前は?」


「あぁ俺はマックスっていいます。これを見れば分かるかと」


 こんな時はギルドカードだ。

 身分証明にもなるから便利で助かるぜ。

 リファさんにカードを渡すと村民達が叢がりワナワナと興味深そうに見つめる。


「マックス・アナリズムさんですか、闇魔法を使う冒険者でランクは……D……?」 


「ん?」


 記載されている内容のランクを見た瞬間、希望に溢れていたリファさん達の顔が曇る。

 全員が互いの顔を見回すとヒソヒソと村民達は何かを話し始めた。

 

「えっDランク?」


「使えねぇじゃねぇか!? 最低ランクの冒険者だぞ! SやAランクの冒険者は!?」


「いや……こんな辺境の村まで来てくれる冒険者はその程度しかいないんじゃ」


「まぁいるだけマシというか、何かしらはしてくれるんじゃね? Dランクだけど」


「依頼料足りなかったんかな?」


 ……なんか凄い失礼な言葉を言い合ってますね、全部聞こえてるんだけど。

 えぇDランク信用なさすぎじゃね? 最低ランクらしいから当然なのか?


「待って皆! せっかく来てくれた冒険者様だよ、仮にとしてもご厚意で来てくれた人に失礼なこと言っちゃ駄目!」


 リファさん、その擁護は逆に心を抉られます、擁護になってないです。  

 どうすればいい……このクソ低い今の評判をどう覆せばいい?

 

 あっそうだ! アレ使えるか?

 一か八か、俺はスキルラさんから貰ったミネルバ家の白金貨を提示する。


「あの好き放題言ってますけど……コレありますから!」


 他人の権力を利用するのは我ながらダサいと思うが……背に腹は代えられない。


「なっこのコインは!?」


「ミネルバ家の白金貨!?」


「何でこれは貴族特権のッ!」


 ハイ確定演出キタァァァァァ!

 効果抜群、リファさん含め、村民達の俺を見る目が尊敬の眼差しになっている!


「この白金貨はミネルバ家のご令嬢を救ったことで直々に譲渡されたものです。貴族に認められている冒険者……ランクだけが全てを物語っているとは思わない方がいいです」


「す、すみません失礼な言動を。分かりました、貴方を信用します」


 思いが届いたのかリファさんは決心を固めた目を浮かべる。

 後ろにいる老若男女の村人も同じような目を俺に向けた。

 

「ではマックスさんこちらへ」


 リファさんは見上げるほどの櫓へと誘う。

 村を囲う木々を見合わせ地平線も見えてしまう高さは絶景そのものだった。

 

「それでスタンピードというのは?」


「最近……魔獣による西方への大行進が発生しまして。それもかなり強力なモノばかりが群れを成して襲ってくるんです。村の護衛団だけでは対処は難しく……」


「だからわざわざリエレル王国に依頼のクエストを出して俺が来たと?」


「はい。報酬は私達が出せる限りのを用意しました。どうか……我々をお救いください。この場所を破壊されれば……私達は居場所を失ってしまいますッ!」 


 深刻極まりない声色と共にリファさんは深々と頭を下げる。

 もちろん救うつもりではいるが……大群ってどれくらいなんだ? 百体とかか?


 そう疑問に浮かべていると突如リファさんは何かを察知したのか西へと振り向く。

 長い双眼鏡のようなモノを取り出すと必死の行相で一点を見つめていた。


「そんな……もう来るなんて」


「リ、リファさん?」


「魔物の群れです……私達の予想よりも遥かに早く数キロ先まで魔獣のスタンピードが迫ってきています」


「はっ!?」


「ここに到達するのも……長くてあと数十分しかないかと」


 数十分!? 

 その間にどうにかしろと!? 何だその鬼畜難易度のクエストはッ!


「ち、ちょっと!」


 俺はリファさんから双眼鏡を強引に取ると西の方向へと目をやる。

 早すぎる展開だが……まぁ厨二病を使えばどうにかなるだろう。

 

 そうまだ楽観視していたのだが。


「えっ?」


 双眼鏡越しに見えた光景にその希望はボコボコに打ち砕かれる。

 砂埃を上げ迫りくるのは黄金のツノを生やした黒い毛並みの牛のようなモンスター。


 見るからに危なそうな雰囲気だが見た目は別にどうでもいい。問題はその数。

 一頭、二頭、三頭……十頭……五十頭……百頭……二百頭……五百頭……千頭。


「嘘だろッ!?」


 正確な数は分からない。

 だが大雑把でも確かに言えるのは……牛達は千頭を超えている。

 つまり数十分以内で……千頭を超えるスタンピードを蹴散らせと。


 ハッ……ハハッ、アッハハハハハッ!


 何だその無理ゲーはァァァァァァァァ!?

 





 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る