第6話 リエレル王国

 さてさて、ここまで順調にリエレル王国へと向かっている……のだが。

 ちょっと深刻な予想外が起きている。


 いや別に強力なモンスターが現れた訳じゃない。寧ろモンスターには遭遇してない。

 それとは別の深刻なことだ。

 

「さっきの凄かったです! 一体どうやってやったのですか!?」


「あぁまぁ……その感覚? というか」


「リパルス・キラーを一撃で倒すなんて過去に見たどの演劇よりも心を打たれました!」


 ミネルバ家のご令嬢こと、ロレンスさんにめちゃくちゃ興味を抱かれてしまっている。

 初めてパンダを生で見たときのような純粋な眼差しで……俺を見つめてくる。


 いや嬉しいよ好かれるのは?

 ただな……。


「「我が漆黒の一撃によって天誅を下そうではないか」とても豊富な語彙を持ち、洗練された言葉遣い、素晴らしいです! あの勇猛たる姿勢も感銘を受けます!」


「アッハハ……お気に召してくれたのなら良かったです」


 彼女は俺の厨二病発動時のセリフや態度をこれでもかと細かく褒めてくるのだ。


 これがめっちゃくちゃ恥ずかしいッ!

 穴があるなら直ぐにでも入りたいッ!


 あの記憶は直ぐにでも忘れたいのに抉られるほどに穿り返される。

 しかもご丁寧な解説付きで……あぁもう褒めるの止めてくれェェェェ!


「お嬢様、その程度にしましょう。あまり興奮されると御身体に障ります」

 

 そんな地獄の羞恥プレイを受けているとキウイさんが助け舟を出してくれた。

 流石は侍女さん、馬を操りながらも俺の気持ちを察してくれたのだろう。


 それはそれで恥ずかしいけどねッ!


「お嬢様、マックス様、リエレル王国が見えてきましたよ」


 穏やかな微笑みと共にキウイさんの美声が耳に入る。

 その声に視界の先、進行方向に目をやると、現在位置から少し下ったエリアに街の外観が姿を現していた。


「おわっすっげッ!?」


 その光景に俺は御者席から顔を出す。

 円を描くように囲っている城壁の中には風情ある町並みが広がっている。

 中心部には巨大な城と雲を突き抜けそうな程の高い塔が聳え立っていた。


 城壁の下にある堀は五メートルほどあり、周りには草原がそよ風に揺られている。

 まさしく……俺が思い描いていた光景そのものであった。


「すげぇ……あれがリエレル王国」


「そうです、中心部にある蘭塔らんとうと呼ばれるタワーが象徴的な多民族国家。とてもいい国ですよ」


 ロレンスさんは自慢気な笑みを浮かべながらそう言う。

 お世辞抜きで感動しちまった……ここまで心が動くのは何年ぶりだろう。


 街道先に見える門は幅六メートルほど。


 両横には見張り台のような塔が街壁と一体となった設計で立っており見張りの兵士がこちらに目を向けていた。


 キウイさんが操る馬車はゆっくりと城門に近付く。

 すると門番の兵士は馬車を見た途端、何故か青ざめた表情でこちらへと駆け付けた。


「ミネルバ様!? 一体何が……警護に当たっていた兵士は?」

 

「ここから十キロ離れた街道の先、野生のリパルス・キラーの襲撃に合い私達以外は全滅しました」


「全滅!? そんな……」


 キウイの言葉に兵士達の顔色が曇る。

 やはりリパルス・キラーってのは相当強いモンスターだったみたいだな。


「私達は当主様にこのことを報告致します。皆様はお手数をおかけしますが遺体の処理をお願い致します」


「はっ! 直ぐに編成を行い、準備が出来次第、出発致します」


 門兵は敬礼を行うと槍を構え、門に向かって大きく振り上げる。

 すると重々しい音を響かせながら、鉄扉が開き始めた。


「凄っ……一言で兵士達が」


「数百人程度の兵士や警護兵であれば貴族は国家の承諾を得ずとも好きに扱うことが出来るのですよ」


 俺の言葉にキウイさんは当たり前の知識を語るような口調で答える。

 これが貴族階級の特権ってやつか。


「では参りましょうか。ようこそリエレル王国へ」


 こうして俺達は無事、リエレル王国の城下町へと足を踏み入れた。

 城壁の中に入るとそこは中世ヨーロッパ風の街並みが広がっている。


 煉瓦造りの家々が建ち並び、大通りには多くの人々が行き交う。

 活気溢れる風景だ。


「マックス様、私はお嬢様と城主様の方に参りますのでここでお別れとなります」

 

 ロレンスさんに続いて御者席から降り、外の空気をめいいっぱいに吸う。

 東京とは違うモダンで心地の良い匂いが鼻孔を刺激する。


「マックス様、この度のことは感謝しても感謝しきれません、この御恩は一生忘れません!」


「別にそんな大げさな……」


「それでなのですが……コレを報酬の代わりとして受け取ってもらえれば」

 

 ロレンスさんは綺麗な小箱から取り出し差し出したのは一枚の白銀のコインであった。

 雪のように白く、中央に聖女の紋章が描かれている。


「な、何ですかコレ?」


「ミネルバ家に代々伝わる紋章の白金貨です。通貨としての効力はないですが……これを見せればどんな場面でも優遇な扱いを受けられる力を持ちます」


 はっ!? 何その便利なコイン!?

 貴族の権力ヤバくねぇか……?


「い、いやいやいやいやッ! そんな大層なものを俺が受け取るわけには」

 

 俺は慌てて彼女に押し返す。

 報酬は貰いたいが流石にそこまでの物が欲しいとは言っていない。


「いえ是非どうか受け取ってください! 貴方様のおかげで命が助かったのです、せめてもの気持ちを! 私は貴方に感銘を受けたのでッ!」


 ロレンスさんの眼力は有無を言わさない程の圧があり、尋常じゃなく強かった。

 これは受け取らない方が面倒になりそうだな……いや、まぁ受け取って損はないだろうしご厚意に甘えてみるか。


「わ、分かりました。そういうことならありがたく頂戴しますね」


「はい、どうぞご遠慮なさらずに!」


 満足したように彼女は微笑むと白銀のコインを差し出し、俺は恐る恐る受け取る。


「ではマックス様、本当にありがとうございました! また何処かで会える時を私は心待ちにしています」


「お嬢様、そろそろ行きましょう。マックス様この度は本当に感謝申し上げます。もし何かお困りごとがありましたら屋敷にいらしてください」


 ロレンスさんから飛び切りの笑顔を向けられ、キウイさんからミネルバ家の場所を教えられると二人は喧騒へと消えていった。


 俺は貴族特権の白銀のコインを握りしめ、上着のポケットに丁寧にしまう。


「……さてどうするか」


 色々と激動な展開だったがようやく落ち着けるかもしれない。

 二人の姿が見えなくなるのを確認すると俺は派手に背伸びをした。


 紆余曲折あったがとりあえず国に来れたんだ、ここからが俺の人生の始まりだッ!

 取り敢えずまずはこのギガ・レビュアズの頭使って報酬を得るか。


 そういうクエストについては大体……ギルド施設だよな?

 俺はリエレルの観光も兼ねて散策しながら紹介所を捜索することとした。


 メインストリートは露店が立ち並び、肉の焼ける音や果物の甘い香りが漂っている。

 人通りも多く賑やかな雰囲気だ。

 

 まさに中世のような町並み。

 俺が画面越しに見ていたものと全く同じ光景で気分が高揚する。

 

「おっ……ここがそうか?」


 興奮しながら歩を進めているとレンガ造りの五階建ての巨大な建物を見つける。

 看板には『冒険者ギルド/クエスト紹介所』と書かれているし、きっと正解だろう。


 年季の入ったスイングドアを開くと、中は紹介所というより酒場のようになっており、多くの冒険者と思われる男女が溢れ出るほどに集まっている。


 さて何処でこの頭を金貨と交換するのか……いつまでもこんな重たいの持てない。


 そんな時、俺の存在に気付いたのか、入り口から少し離れた受付口から一人の女性が手招きをしてくる。


「お兄さん、こちらです」


 受付嬢らしき黒髪のポニーテイルの眼鏡をかけた女性。

 服装はスーツでネクタイまでしっかりとしている。律儀な見た目だが何処かセクシー。


 久しぶりに女性の方から声をかけられたことに心臓はバックバクだ。

 仕方ねぇだろ、女性経験がほぼない俺にとってはこんなことでも緊張しちまうんだよ!


 そう良くも悪くも胸の高鳴りを抑えながら落ち着いて俺は口を開き始める。


「えっと……そのクエストの換金に来たのですが」


「はい……ってあれ? マックスさんではないですか!」


「えっ?」


 すると突然、受付の女性は俺の顔を近くで見るな否や、顔見知りのような声を上げる。


「ほら私! レトニック・ハロですよ!」


 レ、レトニック・ハロ?


 もしかして俺が憑依する以前にマックスと関わりがある人物か?

 それなら話合わせねぇと……。


「あ……あぁあぁ! そうでしたね! すみませんハロさん」


「いやぁ心配したんですよ! いきなりSクラスのクエストを持ってきて受けるって言ってきて。無事に帰ってきて本当に安心しました……」


 ん? それってつまり自らあんな無謀な挑戦をしようとしていたのか?

 んで死んだと……何をやってるんだマックスは……調子に乗って死んだのか?


「それで今日はどうされたのですか? 新しいクエストをお探しですか?」


「いやそれもありますが……その例のSクラスのクエストをクリアしたんで報酬を貰いたいのですが」


「へっ?」


 俺の言葉を聞いたハロさんは「何を言っているの?」と言わんばかりの目を向けた。


「えっと……すみませんマックスさん、冗談を言うのは結構なのですが」


「いや本当なんですけど」


「い、いやいや! マックスさんその嘘は流石に……ギガ・レビュアズは最高難易度クエストの一つです。Sランクの冒険者でなければ倒せない相手ですよ? それを現状Dランクの貴方が倒したというのは……」


 ハロさんの表情からは疑念が見て取れた。

 まぁそれもそうか、Dランクの冒険者がSクラスのクエスト攻略したと言っても信頼してもらえる訳がない。


 仕方ない……俺は袋からギガ・レビュアズの頭部を取り出しドンッと置いた。


「えっ?」


「これでも……信頼してくれませんか?」








 

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