3‐31閉幕にはまだ早い

「聴いたわよ、あなた、累神レイシェン様つきの占い師だったんだってね。ただの食い意地が張った娘じゃないとは想っていたけど、まさか、そんなすごい占い師だったなんて」


 先輩女官に声を掛けられ、妙はいやあと頬を掻いた。


 ミャオは一躍、時のひとになっていた。

 あれだけ堂々と公の場に姿を現し、神の託宣だのなんだのと語っておいて、隠し徹せるとは考えていなかったが、職場にまで噂が拡がるとは。

 先輩だけではなく、宮に務める女官が続々と妙を取りかこんで、あれやこれやと尋ねかけてくる。


「そもそも、どうやって累神レイシェン皇子と知りあったの?」


「ま、まさか、ご寵愛ちょうあいを受けたりしてる?」


接吻せっぷんまでは進んでるのよね?」


 正確には、女官たちは累神レイシェンのほうに興味津々だった。


(だから、累神様との関係はばれたくなかったんだよなぁ)


 非常に面倒臭い。取り敢えずそういう関係ではないといって、女官たちをてきとうにあしらい、妙は昼ご飯を口実に職場を抜けだす。


 新たな皇帝が累神にきまってから七日経った。廃嫡を取りさげたり、宮廷巫官との審議があったりと、諸々の手続きがあるらしく即日皇帝に、というわけにはいかなかったが、まもなく正式に即位が執りおこなわれるだろう。

 小都は相変わらず賑やかだ。

 屋台で包子パオズでも、と想った妙の耳に妃妾たちの噂が飛びこんできた。


「ねえねえ、星占ほしうら、もう試してみました?」


「もちろんよ。あたりすぎて怖いくらい。都でも話題になっているそうね」


 星占ほしうらとは生年月日からみずからの星を導きだして、人格、運勢、意中の異性との相性を占えるというものだ。星は全部で二十七種あり、発売されたばかりの占い帳がひとつあれば難しい知識なども要らないため、都でも後宮でも空前絶後の流行ブームを巻きおこしている。累神レイシェンの星の云々で、占星にたいする民の関心が高まっているのもあり、占い帳の発売から五日で星占は社会現象にまでなっていた。


 いうまでもなく、これはミャオが考案したものだ。豪商に投資させた鏡片レンズをつかって星を観測し、それをもとに編みだした――ことになっているが、実のところは妙が三徹しててきとうに書いた。


「好奇心旺盛だけど、先入観で遠ざけているものがある……きゃあ、ぴったりだわ。なぜわかるのかしら」


 妙が累神レイシェンと逢った時に試した裏技だ。細部には触れず、ともすれば矛盾するような推察を重ねて、曖昧な表現をすることで誰にでもあてはまるようになっている。

 毒にも薬にもならない娯楽だが、妃妾たちは歓声をあげ、夢中になっていた。


(ちゃんと借りをかえせてよかった)


 あの時は勢いづいて大見得を切ったが、後から恐るべき額を前借りしてしまったことにガクぶるしていたので、無事に事業が成功して肩の荷がおりた。

 星占の手帳を販売した豪商は今頃、笑いがとまらないはずだ。


 嵐のように総てが終わって、まだきもちが落ちついていなかった。


「ひとまず、腹ごしらえかな」


 腹が減ってはなんとやらだ。


 歩きだしたところで背後から袖をひかれて、路地に連れこまれた。どうせ、累神レイシェンだろうと振りかえった視界に映る銀――妙が息をのむ。


 錦珠ジンジュと、声をあげるまでもなく。

 口を塞がれて、布にしみこませた薬を嗅がされた。


「君に逢ったときにこうしておけばよかったよ」


 囁きかける低い声が最後に聴こえて、意識が遠ざかる。抵抗することもできず、妙は錦珠の腕に落ちた。

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