3‐26心理とは受け取りかた次第

 累神レイシェンの微笑が、剥がれた。

 乱暴に涙を拭って、ミャオは続ける。


「……嘘の占いでも意外とあたるものです。なんでか、知っていますか」


「いや……」


「想いこみですよ」


 人の想いこみというのは、心理の穴だ。


「例えばですね。今の貴方は、非常に運気が悪いですよといわれたら、なんとなく気分がさがる。そのうちにほんとだったらしなかったはずの失敗をする。そしたら、占いがあたったんだと想っちゃいませんか?」


 累神は黙って、妙の話に耳を傾けている。


累神レイシェン様だって、そうじゃないですか。国を滅ぼす禍の星だと予言されたから、皇帝になったら暴君みたいに振る舞って、死刑にされようとまで考えていた――これも心理です」


「心理、か」


 微かだが、累神の双眸ひとみが緩んだ。


「人は弱いものです。想いこみ、先入観、暗示、そんなものにかんたんに騙される」


 でも、と妙は続けた。


「だからこそ、たいせつなひとからもらった言葉ひとつに励まされ、助けられる。これもまた、人の心理というものです」


 どんなものだって、裏と表がある。心理もそうだ。


星辰シンチェン様は最後に言いましたよね。累神様が皇帝になるべきだって。産まれた星なんかじゃなく、累神様自身を見てきたからこその言葉です」


 予言なんて、ほんとうは誰にでもできる。後は、受け取った側が、予言だと想うかどうかだ。星辰の遺言だって、信じれば、予言になる。


「累神様にとって、占星師の言葉は信頼に足るものですか? 星辰様の言葉よりも確かだと、ほんとうにそう考えているんですか?」


「そんな、ことはない……だが」


 妙がまっすぐに訴えかける。


「何処の誰かも知らないような占星師がいった予言じゃなくて、愛するひとが最後に遺した言葉を信じてあげてください」


 累紳の眸に星が、燈る。

 絶望を焼きつくして、希望が燃えたつ。


「……そう、か」


 累神が笑った。

 星辰シンチェンが敬愛し、ミャオが信頼する彼の笑みで。


「やっぱり、あんたと逢えて、よかった」


 降参だと腕をあげて、累神はこれまでのように尋ねてきた。


「俺はどうすればいい? 教えてくれ、俺の占い師」


 ああ、いつもの累神レイシェンだ。


 妙は安堵して、口の端をもちあげた。


 その時だ。官吏かんりがやってきた。面会時間は終わりだろうか。まだまだ話さないといけないことがあるのに。緊張する妙と累神をよそに、官吏は牢屋の鍵をはずした。


「累神様、釈放です。星辰様殺害の容疑が晴れました」


「どういうことだ」


「累神様が刺客と争い、星辰様を護ろうとしていたところをみたと、証言するものが現れました。停車場の側に暮らす農民だそうです」


 妙の助けをもとめる声は後になって、ちゃんと届いたのか。


 牢屋から解放され、外にむかう。

 真昼の青空を背にフェイ妃がたたずんでいた。いつもならば、後れ毛ひとつなく結いあげられている髪がみだれている。瞳の縁には隈が浮かんでいた。

 彗妃は累神に星辰シンチェンを託したことを悔やみ、怒りをもっているに違いなかった。


「星辰を護れず、どう詫びたらいいのか。どんな裁きでも受けるつもりだ。ほんとうに申し訳ない」


 累神は膝をつき、頭をさげる。

 だが、彗妃は累神の腕をつかみ、「おやめください」と声をあげた。


「貴方様は最後まで身を挺して、星辰を護ってくださった。息絶えた星辰を宮に連れて帰ってくれた時、貴方様は傷だらけでしたね。あの姿をみてなお、貴方様が星辰を殺めたと疑うほど、私は愚かではありません」


 彗妃の側にいた官吏が言う。


「証言を集め、累神様の冤罪を晴らすために働きかけてくださったのは彗様です」


「そうだったのか。……恩にきる」


「このようなところではまともに話せません。私の宮に御越しください」


 フェイ妃は馬車に乗るよう、促した。


「あ、あの、私は」


イーミャオ、貴女にもきていただきますよ」


 馬車に乗せられる。投げだしてきた洗濯物のことをいまさらに想いだしながら、妙は車輪の軋みに揺られて、彗妃の宮に運ばれていった。

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