3‐25「俺は、皇帝にはならない」
後宮の端にある
牢屋がならんでいるが、ここに収容されたものは七日と経たず、死刑になるか、後宮を追放されるかが決まるため、いまは埋まっているのはひとつだけだ。
「あんた、どうやってここに……」
「
「はは……さすがだな」
累神は乾いた笑い声を洩らした。
だが、その眼は落ちくぼみ、絶望に濁っている。さながら、底のない奈落だ。妙は一瞬だけ身が
「次期皇帝は
「すまない」
累神がぽつりとこぼした。
「俺は、皇帝にはならない」
想像はしていた。絶望した累神は、なにもかもを諦めてしまうのではないかと。
それでも、妙は現実に累神から拒絶されて、酷く傷ついた。
「俺は
「ばかなことをいわないでください!」
妙がたまらず、声をあげた。
「星辰様が死んだのは累神様のせいじゃない。
関連のない不幸を結びつけるのは認知の歪みだ。まして、彼は身のまわりで起きた不幸の責を、勝手に抱えこもうとしている。
「だが、予言には時々本物がある。あんたもそう言っていたはずだ。俺が産まれたときの占星は、本物だったんだよ」
「ほんきで、いってるんですか」
妙は累神を睨みつけた。
絶望したといっても、これほどまでにたやすく全部を捨ててしまうなんて。あるいは、もとからそうだったのか。そこまで考えて、妙はぞっとした。
がらんどう、だ。
「あんたは、俺の嘘を見破ってくれたよな」
累神が虚ろな微笑を湛えて、木製の格子から腕を差しだしてきた。縛られたように動けない妙の頬をなで、唇をなぞった。
「皇帝になるつもりが、ほんとうにあるのかと」
はっと、累神は息をついた。
嗤いとも、ため息ともつかない呼吸の残骸だ。
「――なかったよ。あるわけがないだろう? 皇帝になるべきは
ああ、この男は、壊れている。
(呪いだ)
予言も、易占も、時として呪いになる。
呪いは人を縛りつけ、思考を絡めとる。累神はそうしたものに縛られることを是としない男だと想っていた。
それなのに。
「失望しましたよ」
累神の指を振りほどき、妙が叫んだ。
「
みずからの声で、胸が破れそうだった。
泣きたいわけではないのに、妙の瞳からはとめどなく涙があふれてきた。
「貴方はけっきょく、逃げてるだけだ」
累神の微笑が、剥がれた。
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