3‐24星辰暗殺の容疑者

 星辰シンチェンの死以降、累神レイシェンミャオのもとに訪れなくなった。

 あの後、傷だらけで宿舎に帰ってきた妙をみて、女官たちは心配して事情を聴きたがったが、妙は「馬に蹴られて、堀に落ちまして」とごまかした。翌朝になって医官に診てもらったところ、肩の傷は五針縫わねばならないほどで、重ねて腰の打撲に左腕の捻挫と散々なことになっていた。それをきいて、しばらくは先輩女官が重労働を替わってくれることになった。


 星辰の暗殺は後宮を震撼させた。


「この頃、物騒だとおもってはいたけど、まさかね」


御年おんとし、十三だったとか……まだ幼かったのに」


 女官たちはそろって眉を曇らせた。

 妙は星辰のことを想うだけで、胸が裂けそうになった 星辰に大姐おねえさまと呼ばれる度、妙は弟ができたみたいでひそかに嬉しかった。なぜ、彼がいるうちに伝えなかったのだろうか。見舞いにだって、もっといけばよかった。一緒にご飯が食べたかった。想いだすほどに後悔ばかりが募った。


 累神レイシェンのことも気に掛かっていたのだが、彼の宮を訪ねることが、妙にはどうしてもできなかった。星辰の死は累神に例えようもない絶望をもたらしたはずだ。まして、累神は星辰を皇帝にしたいと考え、そのために動いていたのだから。


 五日が経ち、新たな皇帝の即位は十五日後にせまっていた。


 八月もまもなく終わりだ。

 朝晩の風は肌寒く、庭を飾っていた芙蓉ふよう梔子くちなしも疎らになってきていた。妙が物憂いため息をつきながら、洗濯物を乾していたところ、先輩女官が寄ってきた。


ミャオ、聴いた? 星辰様を殺した容疑者が捕まったって」


「誰だったんですか」


 錦珠が暗殺の証拠を残しているはずがない。別の誰かに免罪を背負わせ、事件を終わらせようとしているに違いなかった。だから、妙はたいした関心も寄せずに尋ねたのだが、先輩女官は想像だにしなかったことを言った。


「それがね、累神レイシェン様だったそうよ」


「……っなんですか、それ」


 妙が動揺して、洗濯かごを落とした。


「昨晩、累神様が捕吏ほりに連れていかれたって。私、累神様推しだったのになあ」


 先輩女官の言葉に妙は真っ青になる。

 なぜ、思い到らなかったのか。

 星辰は累神と一緒に御忍びで祭に参加していた。その帰りに殺されたのであれば、真っ先に疑われるのは累神だ。


 妙は落とした洗濯かごを拾いもせず、宮から飛びだしていった。先輩女官は慌てて妙に声をかける。


「ちょ、ちょっと!」


 だが妙は振りかえらなかった。妃妾にぶつかりそうになって、頭をさげながら、妙は庭を抜けて通りにでる。なにがなんでも、累神のもとにいかなければ。


 累神の眼を想いだす。

 どれだけ明るく振る舞っていても、彼の根底には絶えず昏い陰が横たわっている。夏でも薄ら寒い風の吹くあの宮が、彼のウラを如実にあらわしていた。

 星辰は、累神のよすがだった。それがなくなって、彼がなにを想い、どうするか。妙には想像がついてしまった。


(あのひとは、きっと、だめになる)

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