3‐19祭ときどきたこ焼き

 えびす祭で盛りあがった都は、さながら春節しゅんせつ端午節たんごせつがいっぺんにきたような賑やかさだった。通りは品物を拡げた露天商で埋めつくされ、赤や青、緑や黄の華やかな旗が晴天に舞っている。道端では大道芸人が火噴きの奇芸を披露していた。あちらこちらで絶えまなく歓声があがり、商人たちは喧騒に紛れてなるものかと声を張りあげ、客寄せに勤しんでいる。


「ふええ、まさか、ここまで盛大なお祭りだとは」


 さすがは八年に一度の祭典だ。


 ミャオもまた、後宮の女官でありながら、累神レイシェンに連れられてえびす祭に参加していた。いくら第一皇子でも、こうも気軽に女官を後宮から連れだしていいのだろうかと妙は想うのだが、毎度のことなので黙っておいた。

 もちろん、星辰シンチェンも一緒だ。


哥様あにさま、みてください。これは、かざぐるまというそうですよ」


 星辰が弾んだ声をあげる。


「へえ、華やかだな」


「鳥よけに飾るんだとか。素敵ですよね」


 何処をみても珍しい品物がならんでいるので、ぶらぶらと散策しているだけでも飽きそうにない。


「嬉しいのはわかるが、俺から離れるなよ」


「もちろんです。あ、あれはなんでしょう」


「こらこら、走るな……まったく」


 ため息をつきながら、累神レイシェンは微笑ましげに星辰をみる。星辰シンチェンはさきほどから累神の袖をひいて、あちらにこちらに連れまわしている。

 北部からきたらしい露天商を覗いて、星辰がわあと眼をまるくした。


「これ、あざらしの靴です。大陸の北には夏がこないので、通年雪があるそうで、北の民族はずっとこの靴を履いているのだとか。文献ではみたことがありましたが、実物がみられるなんて想いもしませんでした」


「欲しいのか?」


「素敵だなとはおもいますが、……都ではめったに雪が積もりませんので」


 星辰シンチェンが苦笑すると、累神レイシェンは星辰にあう大きさの靴を選んで、購入してしまった。


「記念になるだろう。それに都でも時々は雪が降るからな。早朝だったら、結構残ってるからな、冬になったら雪を踏みにいこうか」


 星辰シンチェンは一瞬だけ、こまったふうに眉を垂らしてから、紙袋にいれてもらった靴を抱き締めて幸せそうに微笑んだ。

 ミャオは旨そうなにおいにつられて、屋台のほうに吸い寄せられていった。


「ところで……哥様あにさま


 星辰が累神に耳打ちする。


「妙大姐に髪飾りなどを差しあげてはいかがでしょうか?」


「はは、妙はそういう物を渡されても、喜ばないだろう」


 累神は苦笑する。いまだって、たこ焼きとかいう異境の食を屋台で頼み、嬉しそうに猫耳をぴこぴこさせている。


「でも、食べ物は残らないです。せっかくなんですから、特別感のあるものを渡すべきだと、ぼくはおもいます。だって、哥様あにさま妙大姐ミャオおねえさまのことが御好きなんでしょう?」


 累神レイシェンは虚をつかれたように瞬きをした。


哥様あにさまは、妙大姐ミャオおねえさまと一緒におられる時、なんだかほっとしておられるというか、……張りつめておられないので」


「普段の俺は、張りつめていたか?」


「気を張って、おられるでしょう? 哥様は、誰とでも親しくされているけれど、ここからは踏みこまれたくないという線があって。それを破られないよう、絶えず緊張しておられるので……その、失礼なことをいっています、よね……ごめんなさい」


 累神は視線を彷徨わせてから、息をついた。


「そう、か……完全に無意識だったが、そういうところはあっただろうな」


 累神が妙に視線をむける。妙は熱々のたこ焼きを頬張って「うまぁ」と歓声をあげていた。屋台の男が嬉しそうに喋りかけてきて、妙はそれにこたえ、あれこれと感想をいっている。


「彼女は、見破ってくれる。俺が隠しているものを全部。それでいて、看破しても、踏み荒らさない。だから、俺は――ああ、そうか。……好き、なのか」


 燃える星の眸を綻ばせて、累神が相好を崩す。

 妙がちょうどたこ焼きをもって、累神たちのところに戻ってきた。


「星辰様、これ、めっちゃおいしいですよ。たこ焼きというそうです。東の果てではお祭りの時にかならず、これを食べるんだとか。星辰様もおひとつ、どうですか?」


 妙はたこ焼きに爪楊枝を刺して、星辰に差しだした。かつお節と青のりが散らされたたこ焼きから、食欲をそそるにおいが漂う。


「え、あ、……いいでしょうか、食べても」


「いいんじゃないか。屋台の飯に毒をいれる輩はいないだろうし、妙に毒味をしてもらったようなものだからな」


 星辰はたこ焼きをふうふうしてから、食べた。


「ん、すごく、おいひぃです。変わった味ですね」


 熱いので、はふはふしながら、星辰は眼を輝かせた。

 妙がよかったと微笑む。


「ですよね。屋台の叔叔おじさんいわく、そうす、というらしいですよ。ね、あそこの日陰で休憩しながら、一緒に食べませんか」


「いいんですか。ありがとうございます、妙大姐」


 気分が昂揚しているから、星辰自身も気がついていないだろうが、徐々に唇が紫がかってきていた。不調とまではいかないが、そろそろ休憩を取らせないと。

 妙は星辰を日陰に連れていき、休ませた。

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