3‐20「私、祭ってきらいだったんですよね」

「あんたは、ほんとによくみてるんだな」


 後から累神レイシェンミャオに耳打ちをした。


「俺は一緒に喋ってたのに、星辰の不調に気づかなかった」


「意外とそういうものですよ。側にいるほど、気づかないといいますか」


 累神レイシェンがあらためてミャオの観察眼に舌を巻いたようだった。

 しばらく休憩したら、星辰シンチェンの顔色が戻ったので、今度は展覧会を観にいった。

 広場には諸国の威信を賭けた展示物が陳列され、大勢の観光客が列をなしている。これもまたえびす祭の楽しみのひとつだ。


 実際に経験すると、商人たちが政ではなく、祭典を優先したのが妙にも理解できた。商売魂の盛んな彼らがこんな祭りを諦められるはずがないのだ。儲けられるだけではない。商人の誇りがかかっている。


 展覧会に出陳されているものは多種多様だ。

 星からは望遠鏡と六分儀と眼鏡だった。そういえば、累神レイシェンが逢ったという占星師は眼鏡をかけていたとか。掛けさせてもらったが、妙は眼がいいので、ぼやぼやになっただけだった。ほかにも南部にある小国からは更紗さらさという織物、西部からは熱気球、北部からは硝子をつかった鏡と、素晴らしい発明品が諸国から集結していた。

 星辰シンチェンが特に興味を持ったのは玉軸受ボールベアリングなるものだった。


「凄い発明ですね。これを取りいれたら、なんでも造れてしまいそうです」


「えっと、なにがどうすごいのか、まったくわからないんですけど」


 妙は砂漠のスナギツネみたいな顔で、円盤のなかで珠がころころするのを眺めていたが、星辰シンチェンは頬を紅潮させて力説する。


「これがあれば、摩擦を軽減して、荷重を伝達することができるんですよ」


「へえ、坊ちゃん、この仕組みがわかるのかい」


 側にいた研究者が嬉しそうに声をかけてきた。


「もちろんです。これがあれば、あらゆる物を動かすことができますね。人類の大きな前進ですよ。すごいなあ」


「ただ、大量生産ができなくてねぇ」


「たくさん造れるようになったら、もはや革命ですよ」


 やたらと話が弾んでいるが、妙は聴いているだけでも頭がじんじんと痺れてきた。


「なんか、珠がころころしてるだけなんですけど。累神様はあれ、どうつかうものか、わかりますか?」


「ん、あれか、……さっぱりだな」


 累神レイシェンが頭を横に振る。

 入道雲を破るように爆竹が弾けた。

 振りかえれば、太鼓を奏でながら舞獅ししまいがこちらにむかってきた。綾錦あやにしきの被り物をした舞獅が何頭も絡みあいながら行進する様は、いかにも厄難を蹴散らしてくれそうな勢いがあった。


「あれが舞獅なんですね、すごい」


 星辰シンチェンは歓喜を通り越して、感動している。後宮でも催しの時に舞を披露することはあるが、男衆が操る舞獅ししまいは男子禁制の後宮ではみることができない。


「いってきてもいいぞ。星辰くらいの年齢だったら、頭から咬んでもらえるはずだ」


「ええっ、それはちょっとこわいです」


「なんでも舞獅に咬まれると、健やかに育つとか」


「ほんとですか。だっ、だったらいってみようかな」


 健康という願掛けをきいて、星辰が舞獅のもとにかけよっていく。舞獅はこころよく星辰の頭をがぶりを咬んでくれた。いやああと星辰が悲鳴なのか、歓声なのか、わからない声をあげている。


「……私、祭ってほんとはきらいだったんですよね」


 ぽつと妙がこぼす。

 細く、喧騒に埋もれそうな声だった。或いは埋もれてしまってもいいやと投げられたつぶやきだ。累神はそれを拾いあげて、そうか、とだけいった。


「賑わう祭のまんなかで、だあれも迎えにこなかったから」


 両親が失踪したのは祭りの晩だった。ここまで盛大な祭りではなかったが、それでも舞獅が披露されて、大盛りあがりだった。まだ七歳だった妙は舞獅にかまれてべそをかき、母親に笑われた。これで健やかに育つわよといって、背をたたかれたのを憶えている。父親が慰めるように凧を握らせ――それが、最後だった。


「俺が、迎えにいくよ」


 累神レイシェンミャオの袖をひき寄せた。


「あんたがどこにいても捜しにいく。約束する」


 約束の証だと、累神がかんざしを差しだす。

 桃色の珠飾りのついたかんざしだ。珠には猫の細工が彫られ、先端にはうす桃の房がついていて、枝垂れ桃の花を想わせる。


「え、これ」


「つけてくれるか」


「……あ、ありがとうございます」


 妙は戸惑いながら、髪に挿す。


「こういうの、つけたことないんですけど、変じゃありませんか?」


「変どころか」


 累神が照れくさそうに微笑む。


「想像していたよりも可愛い」


「そ、そうですか……よかったです」


 なぜだか、こちらまで恥ずかしくなってきて、妙は視線をさげた。頬が紅潮しているのがわかる。

 確かめるようにかんざしに触れた。

 嬉しいな、と妙は無意識に唇だけを動かす。こんなに胸が弾むのはいつ振りだろうか。

 夏を盛りと咲き誇る花々のように、妙も星辰も累神も笑いが絶えなかった。だが、夏の花は朝に綻んでは、黄昏にしぼむものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る