3-13 予言者の姐と錦珠の野望
北側の日陰にあるためか、夏だというのに、殿舎のなかを吹き抜ける風は肌寒かった。
あの後、
皇子の乳母は母方の外戚から選ばれる。彼女も例外ではなく、続柄としては錦珠の大叔母にあたるのだとか。
「まずは、この事を御伝えせねばなりませんね――」
意をけっしたのか、乳母が沈黙を破って語りだす。
「皇帝陛下に毒を盛り、暗殺したのは
「ああ、そうだろうとおもっていた」
思い設けていた現実を、累神は静かに受けいれる。
「そう、ですか。……累神様には敏腕の占い師様がついておられますから、すべてを看破されているのも得心がいきます」
乳母が頭を垂れる。
(いや、どんだけ占い師万能だとおもってんだよ。神かよ、あ、そうか、占い師って神が懸かってるんだっけ……)
占い師にたいする幻想というか、妄信めいたものを感じて、妙は辟易とする。特に第一皇子御抱えの、とか、宮廷の、といった後ろ盾にあれば、誰もがそれを疑わない。これだから、累神も占星師の言葉ひとつで廃嫡になったのだ。
「錦珠坊ちゃまも占い師……正確には、予言者だといっておられましたが、神妙なる御力を持つ
「その
「はい。確か、五年程前だったでしょうか。錦珠坊っちゃまが都から突如、ひとりの姑娘を連れてきました。彼女は特別だといって」
「それは、
積年の想いがこみあげて、妙は瞳を潤ませる。
ずっと捜し続けていた。
辛い時も嬉しい時も、
もう一度だけ、あの微笑に逢えるのならば。
「
「……それ、が」
乳母が不意に言葉を詰まらせ、瞳をふせた。
強烈にいやな予感がして、妙が頬を強張らせる。
「なにか、あったんですか」
聴きたくない――碌でもない現実が待ち受けているとわかっていながら、妙は確かめずにはいられなかった。
「
鈍い衝撃があった。
後ろから頭を殴られたような。或いは底のない穴に落とされるような。
「う、そ……ですよね」
声の端々が震えていた。
視界が昏くなって、強い眩暈に見舞われた。身を乗りだそうとして、よろめいたのを
「姐さんが、……死んだなんて、そんな……な、なんで」
「……順を追って、語らせてください」
乳母は涙をこぼして額をこすりつけた。
「そうはいっても、
敵の軍が北部から侵攻してくる、南部で地震がある――
「それだけで終わっていれば、どれほどよかったでしょうか」
だが、昨年の春、
皇帝陛下が毒殺される――と。
満月の晩、食後に茶を飲んだ皇帝が血を喀き、命を落とすところを視たのだと。
皇帝陛下は百種の茶杯からその時々、違った杯を選び、茶をそそがせる。毒殺を避けるためだ。
「だが、
ほんとうは、錦珠こそが皇帝暗殺を策していたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます