2‐21第二皇子来たる
女官の仕事は、結構な重労働だ。
炊事やら掃除やらで朝から晩まで慌ただしく、妃妾のわがままに振りまわされることもしょっちゅうだ。今朝も妃妾がものぐさがって何ヶ月も洗濯物を溜めていたらしく、洗濯の量が突如、五倍膨れあがった。
(朝から洗濯、洗濯、洗濯……いつになれば、終わるのか。ああ、腕が痺れてきた……)
「なにか、いいことありました?」
「ふふ、わかっちゃう? ね、みてちょうだい、いつもと違うと想わない?」
「え、……そうですね」
先輩女官に尋ねられて、妙が考える。
髪はいつも通りに結いあげられているし、服も女官の制服だ。かわうそを想わせる顔だちにも変わりはないが。
強いて、いうならば、真っ赤な唇が異様に際だっている。
「口紅、替えました?」
「あ、やっぱりわかっちゃうんだ! 予約していた口紅が入荷したの! ほら、見掛けたことがあるでしょ? 累神様に瓜ふたつの掛け軸で宣伝してるあの口紅よ!」
見掛けたことがあるどころか、その掛け軸を企画したのが
「
「このあいだまでは、第二皇子の……なんでしたっけ、
「
男に
(これは
「そういえば、累神様が女官と一緒におられるところを見掛けた同僚がいたんだけど」
妙はびくうっと肩を跳ねあげた。
「わ、私じゃないですよ!?」
先輩女官は「そんなのわかってるって」と笑った。
「累神様だって女は選ぶでしょ。というか、実際、選り取り見取りだし」
「にゃははは、ですよねぇ」
雑談をしているうちに洗濯が全部終わった。息をついたところで命婦がやってきた。
「終わったんだったら、今度はおつかいだよ。後宮の北にある布屋にいって、品物を受け取っておいで」
「ええ、いまからですか……」
先輩女官が辟易として肩を落としたが、命婦は命令だけして、さっさといってしまった。女官は命婦には逆らえない。
荷車をひき、ふたりして布屋にむかった。
帰り掛けに雨が降りだす。
「あちゃあ、ついてないね……洗濯もの、誰かが取りこんでくれたかな」
預かった布が濡れないよう、筵を被せたところで、後ろから声を掛けられた。
「ねえ、ちょっといいかな」
振りかえれば、銀の髪をした麗人がたたずんでいた。
結いあげた髪に挿した
果敢なげで、
(ん、花魄……? ついさっき、聴いたような)
「えっ、えっ、
先輩女官が縮みあがった。
第二皇子である
「どうか、そんなふうに畏まらず」
微笑む錦珠の背後で幾百幾千の蓮が咲き誇る――現実にはそんなことはないのだが、先輩の瞳には後光が映ったに違いなかった。
「で、ですが」
「妃嬪たちが後宮で穏やかに暮せるのは、君のような女官が誠実に働いてくれているからだ。だから、僕達もこころおきなく後宮に渡ることができる。ほんとうにありがとう」
「と、とんでもないことでございます」
慈愛に満ちた言葉をかけられ、先輩は今にも気絶しそうになっている。
錦珠は先輩女官に語りかけながら、後ろにいた妙に視線を投げてきた。
「彼女が
「左様ですが……」と答えた先輩が瞬きを繰りかえす。
「ちょっとばかり、易 妙に尋ねたいことがあってね。悪いのだけれど、君は先にいってもらえるかな。すぐに帰すから」
第二皇子がただの女官に話があるとは考えにくい。妙はいやな予感がして、咄嗟に先輩の背に隠れた。
「あ、あの、た、たいへん申し訳ないんですが……」
妙は丁重にお断わりしようとしたが。
先輩は「もちろんです。御随意に」と、かんたんに妙を渡してしまった。
「……第二皇子様が如何なる御用でしょうか、私はそのぉ、ただの女官でして」
「ただの女官か。ふふ、違うよね。占い師さん、でしょう?」
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