2‐20心のウラは表
雨は、商売における最大の敵だ。
特に道端で
「あの」
ひとつの傘に身を寄せた母親と息子がたたずんでいた。その顔には見覚えがある。
「わわっ、
花鈴妃は豪商の妹であり、依頼の発端となった御子の母親だ。
彼女の側らには男の子がいた。
「噂を尋ねて参りました。貴女に御逢い、したくて」
はて、高貴な御方に捜されるようなことをしただろうか。
「度胸のある
「はっ……あ、あれは、ですね」
言い訳を考えようとあせっていると、花鈴妃はふふっと微笑んだ。
「感服したのですよ。貴女の強さに」
「へ」
想像だにしなかったことをいわれ、妙が唖然となる。
「貴女に叱咤された
「想いかえせば、私は彼を叱ってばかりでした。勉強を怠れば、叱り。成績があがっても、褒めてあまやかしてはいけないとおもって、また叱り――彼を優秀な官僚に育てることだけが、母親となったわたくしの務めであると。彼のためを想って、突きはなしていたつもりでしたが、……辛い想いをさせただけでした」
花鈴妃は喋りながら、小さな頭をなでる。
「帰ってから、息子を抱き締めました。そうしたら、彼は嬉しそうに笑って……あの、異様な震えがとまったんです」
彼女の眼差しはこれまでとは違い、穏やかで、母親の愛に満ちている。
「想いかえせば、あれは、彼の心が助けをもとめていた証拠だったかもしれません。気づけたのは貴女のおかげです」
「私はなにもしておりませんが……でも、よかったです」
落ちつきを取りもどした彼をみて、妙は頬を綻ばせた。
「心というのは身のうらにあって瞳には映らないものですから、疎かにしてしまいがちですが、ほんとうは表も裏もひとつです」
華の後宮なんて、嘘だった。
雅やかに飾りつけられているだけで、その裏は都の路地裏と大差がない。競い、足掻いて、幸せに食らいつき、命をすり減らしている。
福が三割、禍が七割の世知辛い時勢のなかで。
「どうか、おふたりに福がありますように」
花鈴親子は嬉しそうに頭をさげ、遠ざかっていった。
妙はふと考える。累神の母親はどんなひとだったのか。彼は愛されていたのか。それとも――。
(ああ、なに、考えてるんだか)
考えたところでどうなるのか。かといって、そんなところにまで踏みこむような関係ではないはずだと思考を振りきる。
(というか、そもそも、この関係ってなんなんだろう)
皇子と女官という身分差からは想像もつかないほどに親しく、だからといって、恋愛関係ではない。相棒というのも微妙だし、友達かといわれたら首を捻る。逢ったら逢ったで事件やらを持ちこまれるのに、逢えないときにかぎって、想いだしてしまう。今だってそうだ。
(傘、持ってるかな)
そんなどうでもいいことを考えて、妙はひとつ、ため息をついた。
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