2‐19「あんたが旨そうに食べてると」

 さすがは揚げ鶏の専門店だ。

 揚げ鶏だけでも十種はある。ミャオがどれを選ぶべきかと真剣に頭を抱えていると、累神が全種の盛りあわせを頼んでくれた。


 どどんと揚げ鶏が運ばれてきた。鶏ももをまるごと揚げたものから、香味のたれにつけこんだもの、塩麹のから揚げまである。


 まずは、まるごと揚げ鶏にかじりついた。


 カリッ――


 心地いい食感が弾け、滴るほどの脂があふれだした。かみ締めれば、弾力のある鶏から旨みがじわっと拡がる。


「くうぅ、熱々ですよ、最高ですよ!」


 妙が幸せそうに笑みをあふれさせる。


大蒜生抽にんにくしょうゆだれがまた、たまらんですねぇ」

「それはよかった」


 累神レイシェンは箸には触れず、ミャオが旨そうに唐揚げを頬張るのを穏やかな眼差しで眺めている。

 そういえば、累神が嬉しそうに食事をしているところは、みたことがなかった。商談の時は豪商につきあって杯を傾けていたが、その程度だ。


「累神様は食べないんですか?」

「ああ、……まあな」


 累神レイシェンが咄嗟に脚を組みかえた。あれは落ちつかないという証だ。つまり、妙に指摘されたことが気まずかったのだ。めったに感情の振り幅を表すことのない累神がこうもあからさまに心境を表すとはよほどに隠したいことがあるのか。


「別にいいですよ。無理に聞きだそうとはおもっていませんから」


「……味が、わからないんだよ」


 累神レイシェンがぽつとこぼした。


「なにを食べても、旨いと感じない。だから、食事は苦手だ」


 妙は絶句しかけて、なんとか声をしぼりだす。


「で、でも、薬水の違いはわかったじゃないですか」


「甘いか、甘くないか、くらいはわかるさ。だが、それだけだ」


 食が喜びではない。それは食べることを最大の娯楽とする妙からすれば、想像するのも苦痛なほどの絶望だ。


「医官に診てもらったことは?」


「舌には異常はないと」


 食とは命を維持するために必要なものだ。旨い物を食べて、腹を満たす――それは本能から湧きだす歓喜だ。

 食の幸福感は、みずからの命にたいする肯定にも繋がるものだと、妙は考えている。

 食を拒絶するとは、命を拒絶することだ。


 妙は心理を紐解き、ひそかに息をのむ。

 だとすれば、累神レイシェンには、みずからの命にたいする拒絶感――があるのではないか。それが、時々累神が覗かせる空虚とも結びついているのだろうか。


「だから、あんたが旨そうに食べているのをみると……なんだろうな、楽しい。味がするような気分になれる」


 累神はそういって、満ちたりたように眥を綻ばせた。

 結局、累神は妙が揚げ鶏を食べ終わるまで、箸を取らず、ただ黙って嬉しそうに眺め続けていた。

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