2‐13第三皇子あらわる

「相変わらず大繁盛だな。はじめてきた時の倍になってないか」


 夢蝶モンディエ嬪の宮に続く列を眺め、累神レイシェンがため息をついた。廻廊を埋めつくすどころか、宮のまわりにまで列が続いている。


「後宮にいると、日頃から神経をすり減らしますからね。競ったり、妬んだり妬まれたり、馬鹿にしたりされたり。体調を崩す人もそりゃ多かろうですよ」


 入梅を過ぎてからは、時々雲から日が差す程度で雨続きだった。

 雨の時は薬水も造れないため、久し振りの晴天に夢蝶モンディエ嬪を訪う患者が殺到している。

 調査にきた時からは約十五日が経ち、累神レイシェンはその後も度々視察にきていたというが、ミャオはあれきりだった。


「ほんとに私も一緒じゃないとだめですか」


 夢蝶モンディエ嬪に喧嘩を吹っ掛けておいて、また患者の振りをして再訪するには、かなりの胆力が要る。


「それは喧嘩した側の責任だ。俺には関係ないな」


「うう、薬は貰いませんからね!」


「わかったわかった、帰りに揚げどりを食わせてやるから」


「う、毎度それに乗るとおもったら」


「乗ってくれないのか」


「……乗りますけど」


 揚げ鶏に惹かれたのは事実だが、夢蝶モンディエ嬪のことも気に掛かってはいた。

 彼女は非常に危うい。人助けという言葉を盾に嘘を正当化しているからだ。


 その時だった。


「……星辰シンチェン?」


 混雑のなかに知人を見掛けたらしく、累神が袖を振る。相手も宦官に扮していた累神に気づいたようだ。人混みを離れて近寄ってきた。


 幼い少年だ。十三歳ほどだろうか。

 痩せすぎといってもいいほどに華奢で、夏だというのに、厚いおりの服に外掛はおりを重ねていた。瞳は、累神と揃いの黄金だ。黄金の瞳は帝族の証なのだとか。

 星辰シンチェンと呼ばれた少年は累神レイシェンにむきあい、礼儀ただしく頭をさげる。


哥様あにさま、御久し振りでございます」


 累神をあにと呼ぶということは、第三皇子のミン 星辰シンチェンか。妾腹しょうふくである事に加え、まだ幼く、都ではめったに話題にあがることもなかったが、第三皇子がいることだけはミャオも知っていた。


星辰シンチェン、なんでこんなところにいるんだ」


「母様に連れられて。あに様こそ、御具合が宜しくないのですか?」


「いや、俺は調査があってな」


 星辰シンチェン累神レイシェンが官服を着ている訳にも察しがついたのか、左様でしたかと苦笑した。


「おまえこそ、また体調を崩しているのか」


「変わらずです。御典医からは、産まれついてのものなので落ちつく時期はあってもよくなることはないだろうと。ただ、母様は納得できない様子で……特にこの頃は」


 星辰シンチェンは言葉を濁す。

 ミャオは後ろに控えていたが、星辰がふと妙に視線をむけ、瞳を輝かせた。


あに様、ついに女官を迎えられたのですか。よかったです。おひとりではなにかとご不便だろうと案じておりましたので」


「いや、彼女は俺の女官ではないよ。もっと、たいせつなひとだ」


「え……あ」


 どう受け取ったのか、星辰が頬を紅潮させた。


「たっ、たいへん失礼いたしました」


 第三皇子に頭をさげられ、妙がひえっと後ろにさがる。


イー ミャオです。累神レイシェン様には御馳走に……ええっと、御世話になっています」


妙大姐ミャオおねえさまですね。ぼくはミン 星辰シンチェンと申します。よろしくお願いいたします。……でも安堵致しました。あに様に信頼のおける御方ができて。ぼくはとても嬉しいです」


 星辰シンチェンは屈託なく微笑んだ。

 愛想笑いではなく、心から累神レイシェンを慕っているのが感じられる。

 累神もまた、星辰を可愛がっている様子だ。第一皇子と第三皇子というと、ばちばちに競いあっているものだと想像していたので、妙は意外におもった。まあ、哥弟きょうだいなかがよいに越したことはない。


 それにしても、と妙は星辰シンチェンの袖もとに視線を投げた。ふさのついた袖から時々覗く指のかたちをみれば、彼が健全でないことはあきらかだった。

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