2‐12かたちのない薬
「赤の他人を導けると想いこむ傲慢さには敵いませんけどね」
「傲慢といわれるのは心外ですわね。わたくしは他人様につくしたいと純粋に望んでいるのですよ。一人でも多くの哀れな患者を助けたい――ですから顧客を増やし、必要な御方に薬が渡るよう努めているのです」
「熱心ですね」
「助けられなかった御方でもいるのですか」
夢蝶嬪が咄嗟に指を組む。親指を隠して指を組むときは、後ろむきな葛藤を隠している証拠だ。
図星らしかった。
「等しく他人につくすなんてことは、そうそうできるものではありません。人の意識にはかならず、境界線がある。あなたは親しい御方を他人に投映している。だから、献身できる――違いますか」
綿毛のような
「ひとつ、昔話を致しましょうか。母の、話です」
瞳いっぱいに黄緑の光の群を映して、彼女は語りだす。現実の風景を映しているようで、その視線は遥かな時のかなたに馳せられていた。
「母は
「酷い話です。母はほんとうに苦しんでいたのに、気のせいだなんて! その話は父の耳にも届き、仮病をつかう浅ましい女だと
振りむいた夢蝶嬪の瞳は、涙で濡れていた。
「かたちのない患いには、かたちのない薬が
だから夢蝶嬪は、薬を貰えない、或いは薬が効かない患者たちのために
「これでわかっていただけるでしょうか。私は哀れな人たちを助けたいだけなのだと」
彼女の言葉に嘘は、ない。
だが、彼女がしていることは、まるきりの嘘だ。
「それでも、偽薬は偽薬です。貴方は薬の知識もない、ずぶの素人のはず」
「貴方は他人を騙している。悪意による嘘だろうと、善意からの嘘であろうと、嘘であるという現実は覆らない。嘘を重ね続けた結果もまた――これは、神の
「貴方はかならず、嘘をついたことを後悔する」
託宣という言葉に夢蝶嬪は一瞬だけ、頬を強張らせたが、すぐに唇の端を緩める。
「ご心配を賜りまして、恐縮です。ですが、杞憂ですよ。だってこれは
彼女は結局、最後まで聞く耳を持たなかった。
ただ、ひらひらと微笑むばかり。
「そうですか、……残念です」
想いこみは強い。だが、危険なものでもある。
濡れた風が妙の髪をなでた。
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