2‐14天才皇子は〇〇が悪い

「失礼ですが……星辰シンチェン様は御胸が御悪いのですか」


 ミャオが尋ねると、星辰シンチェンは瞳を見張る。


「なぜ、お分かりに? 医官に診ていただいても、なかなか解らなかったのに」


「ええっと、そうですね」


 さすがに神がいているので、というのは胡散臭すぎる。


「指のかたちをみれば、わかります」


 星辰シンチェンは痩せていたが、指先だけが異様なまるみを帯びていた。琵琶のばちのかたちだ。


「これは心房しんぞうに疾患を抱えておられる御方にみられる指です」


「すごい。医官様みたいですね」


「そんなたいしたものじゃないですよ」


 妙に医の心得はない。あるのは観察眼だけだ。


(後は、経験かな。知りあいに心房しんぞうを病んでいる叔叔おっさんがいたから)


 累神レイシェンが感心したようにこちらをみている。


星辰シンチェン、捜しましたよ。なにをしていたのですか」


 身分の高そうな妃がやってきた。紺碧こんぺきの絹に袖を通し、瑠璃の耳飾りをつけている。着飾りすぎていないからこそ気品を漂わせていた。背後には女官をふたり連れている。


「母様、すみません、哥様あにさまがおられたのでご挨拶を、と」


 妃はあらためて累神レイシェンの格好をみて、露骨に眉を顰めた。


「畏れながら累神皇子レイシェンおうじ――御忍びであっても、宦官かんがんの服を身につけるのは控えたほうが宜しいかと。帝族の品格がさがります」


 男の物を切除された宦官は侮蔑の対象だ。家畜にも劣る扱いをうけることもある。帝族である累神が宦官に扮しているというのが、妃には辛抱ならない様子だ。


「これは、貴方様だけの恥ではないのですよ」


フェイ妃、貴方には……いや、星辰シンチェンには迷惑をかけないさ。むしろ、第一皇子の放蕩振りが噂になったほうが、第三皇子の優秀さが際だつんじゃないか」


 間に挿まれた星辰シンチェンが戸惑い、哀しそうに累神レイシェンをみている。

 妃はため息をつき、頭を振った。


「申し訳のないことですが、順番が参りましたので、これにて失礼いたします」


 フェイ妃は星辰を連れて、踵をかえす。やや遠ざかってから星辰が振りかえり、累神に頭をさげた。


「なんというか、その」


「嫌われている、だろう」


 累神レイシェンが口の端をあげた。


「心理が読めなくとも、それくらいはわかるさ」


 哥弟きょうだいに確執はなくとも、その親には様々な思惑があるのか。ミャオには縁遠いが、宮廷の闇を覗いたような気分になった。


「星辰は自慢の弟だよ。彼は十歳の時には科挙に受かった」


「え、えぇええっ、天才じゃないですか」


「そう、天才なんだよ、星辰は」


 累神が微笑ましげに眥を緩める。


「しかも、心根も浄い。穏便ハト派は彼を新たな皇帝に、と望み、支持しているが、幼少期から病弱でな。せってばかりいる。こんなところに頼るくらいだ。彼が健全であれば、とまわりから言われて、妃もそうとうに焦っているだろうな――さ、俺たちもいくか」


 妙と累神も殿舎にむかった。

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