第二部《耳》を貸さない
2‐1女官占い師、大凶の日
やること、なすこと、うまくいかない時というものがある。
占いでいうところの大凶、というやつだ。
女官占い師である
発端は昼の
腹ペコで仕事を終え、今度こそご飯を食べようと屋台で
幸いにも水は浅かったが、頭までずぶ濡れになった。慌てて紙袋に入っていた包子を確かめる。つぶれて、べっちょべっちょだ。
ああ、また食べ損ねたと、
「なにしてるんだ、あんた」
後ろから声を掛けられる。
振りむけば、
「いやあ、にゃはは、橋から落ちちゃいまして。だいじょうぶですよ」
「だいじょうぶじゃないだろ」
照れ隠しに笑ってみせれば、累神は盛大にため息をつき、腕を差し延べてきた。
「ほら、つかまれ」
「ひとりであがれますよ」
「無理だろ」
「階段までまわれば、なんとか」
そうはいったものの、階段までは遠かった。おとなしく、累神にひきあげてもらった。橋にあがったが、髪からも服からも雫が垂れ続けている。
「そんなずぶ濡れの格好でいたら、風邪ひくぞ」
「でも、私、風邪ひいたことないんで」
「いいから、ついてこいよ」
夕がたの後宮の大通は混雑していた。溢れかえる雑踏のなかでも紅の髪をなびかせた累神はまわりの視線を集める。妃嬪たちが湧きたつように声をあげて振りかえった。
人通りの絶えた路地に差し掛かり、妙は安堵する。
質素な殿舎があった。軒からは
やけにがらんとした宮だ。調度は最低限で、花などが飾られている様子もない。
「ここ、誰の宮ですか?」
「俺の宮だけど?」
想像だにしていなかった言葉に
都では第一皇子は後宮に通いづめだと噂されていた。だから宮廷から渡ってきているのだと想っていたが、後宮で暮らしていたとは。
妙が呆気に取られているうちに累神がいなくなる。暫くして彼は
「これに着替えてくれ」
「ええっ、そんなわるいですよ……くしゅっ」
移動しているうちに大分と乾いたが、確かに寒い。
「終わったか?」
着替えを終えた
「わ、ありがとうございます」
それにしても、女官のいる様子がない。
「女官はつけていない。ふつうに暮らすだけだったら、俺ひとりでもできるからな」
「え、じゃあ、これも累神が淹れてくださったんですか」
皇子がみずから茶を淹れるなんて聞いたこともない。
「訓練した女官が淹れている物と違って、味が落ちるかもしれないが」
「そんなことないです」
茶は渋くなく、かといって薄くもなく、絶妙に淹れられていた。
「
素直に感想をいうと、累神は嬉しそうに瞳の端を緩めた。
「よかった。母様によく淹れていたから、な」
(考えてみたら、
だからといって、あらたまって身の上を尋ねるような関係でもないと妙は考えなおす。
茶を飲むうちに腹の底から温まってきた。
「何から何まで、すみません」
「たいしたことをしたつもりはないが……ああ、そうだ。借りをつくりたくないんだったら、ちょっとばかり、つきあってくれないか」
いやな予感がする。累神に誘われるときは大抵が物騒なことだ。
「また、事件じゃないですよね。今度は鼻がそがれた死体がでたとかだったら、謹んでご遠慮したいんですけど」
「事件は関係ないから、安心してくれ。いまから都に用事があってな。連れあいが必要なんだよ。一緒にきてくれないか」
「都? 私は女官なので、後宮を離れることはできないんですけど」
妃妾は
だが、累神は笑った。
「そのための服だろ」
いくら第一皇子とはいえ、かんたんに規則を破っていいのだろうか。妙がなにか言いかけるまでもなく、朝からなにも食べていなかった腹がぐううと鳴った。累神がここぞとばかりに口の端を持ちあげる。
「旨い飯をたらふく食わせてやるからさ」
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