18「人なんか裏があってなんぼ」

 専属占い師に神の託宣たくせんがあったと、通達したのは累神レイシェンだった。

 三日後、日中の正刻午後十二時。後宮にある円型劇場の舞台を借りて、託宣に基づき、事件の真相を明らかにすると。

 第一皇子直々の報せということもあって、朝蘭チャオラン嬪の宮に務めているものばかりではなく、事件に関心を寄せていた妃嬪や女官、宦官かんがんたちが続々と劇場に集まってきた。


「やっと、着替えが終わったのか」


 女官たちと入れ替えにひか房室しつを訪れた累神レイシェンは、待ちくたびれたとばかりにいった。

 華やいだ袖をはためかせ、ミャオが息まいて振りかえる。


「なんだって、こんな格好しないといけないんですか!」


 緋の絹で織られたじゅに、青碧のくん。帯は橙。奇麗に編みあげられた綬帯じゅたいには真珠がついていた。古典の色調で統一された襦裙いしょうは、いかにも高貴な身分の者が身につけるといった趣を漂わせており、妙は袖を通しただけでも身震いがした。値を想像するだけでも怖ろしい。


「第一皇子つきの占い師が女官服をきてたんじゃ、格好がつかないだろう。それにあんたがいったんじゃないか。印象は大事だと」


「それは、華やかに飾りたてても、様になる人の話ですよ」


 つけたこともない紅を挿して、額には花鈿かでんまで施されている。鏡を覗くだけでも気恥ずかしいというか、落ちつかない。


「だったら、問題ないな」


 累神レイシェンミャオの髪を指に絡めてすくいあげ、唇を寄せた。


「綺麗だよ、あんた」


 これまでいわれたこともないような言葉にかっと頬が熱を帯びる。この男には毎度調子を崩されてばかりだ。妙は胸のうちで毒づきながら、はいはいと振りはらった。


「例の彼には、ちゃんと声をかけてくれましたか」


「ああ、第一皇子の権限をつかって、有給にさせた」


「え、そんなんできるんですか。私も今度、有給にしてくれません?」


 累神は肩を竦めてから、ぽつといった。


「しかし、人のウラというのは、おぞましいな。お綺麗に取り繕って、裏でなにを考え、どんな悪意を育てているかも解らない」


 累神レイシェンはすでにミャオの推理を聞いている。


「そうですかね。人なんか裏があってなんぼですよ。誰かを想いやるから、嘘をつくこともあれば、取り繕うこともあります。ほんとにおぞましいのは、表も裏もなくなった時ですよ」


「そういうものか」


「そういうものです」


 間もなく開演だ。


「いいんですか。私の推理が違っていたら、貴方が大恥をかくことになりますよ」


「そうだな。けど、あんたは――はずさない。ぜったいにだ」


「神も祖霊もついてないのに?」


 累神レイシェンが笑った。


「だからだよ」


 みているだけでも胸を締めつけられるような笑いかただった。そんなふうに微笑まれたら、腹をくくるほかにない。


「どうせだったら、神サマまで欺いてこい」


 言われるまでもなく、とばかりに妙が唇をひき結んで踏みだす。


 占い師は舞台にあがった。

 もつれた謎を解くために。

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